渋谷という街が示す、都市型スタジアムとスポーツの可能性
渋谷といえばどのようなイメージを持っているだろうか。若者の街。流行の発信地。渋谷ビット・バレー。常に人があふれ、裏も表も様々なものが混沌とまじりあう場所。
そんな街を舞台に、スポーツとエンタテインメントの聖地をつくりあげようとする構想がある。それが、“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”だ。代々木公園の中にスタジアムをつくり、一帯をスタジアムパークとして生まれ変わらせようというもの。
その用途はスポーツに限らず、音楽やカルチャーイベント、地域のお祭りや運動会に至るまであらゆるエンターテインメントを365日体感できる。
都市型スタジアム構想を議論する舞台となったのは、「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2018」。日本トップリーグ連携機構の川渕三郎氏、ディスクガレージ代表の中西健夫氏というサッカー界と音楽界のキーパーソンを交えたディスカッション「都市とスポーツとエンタテインメントの未来」から、スポーツを軸にした街づくりの可能性を探ってきた。
都市生活との融合で、エンタテインメントはどう変わるのか
渋谷区観光協会代表理事・渋谷未来デザイン理事の金山淳吾氏のファシリテーションのもと、前述の二名に加え、元サッカー日本代表の福西崇史氏、教育界からは、『ビリギャル』を著作とする作家でもありながら、学習塾「坪田塾」を運営する坪田信貴氏。そしてクリエイティブ界からはロフトワーク代表の林千晶氏と、あらゆる業界を横断したパネリストが集まった。
金山氏の説明によると、“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”の中では、自然と街、スポーツが互いに融合しあい、そこに集うすべての人が、スポーツを身近に感じながら様々なカルチャーと触れ合うことができる。
試合が開催される日以外にも、あらゆる大会やイベントが開催され、もちろんパーク内では個人が思い思いのスポーツを楽しむこともできる。さらに災害時には避難所としても活用され、ダイバシティに富む都市の人々の安心と安全を守る施設になる。
元来サッカースタジアムと言えば、駅から遠い、もしくは最寄り駅自体が都道府県の中心地から離れているという印象が強いのではないだろうか。東京のサッカー競技場と言えば思い浮かぶのは味の素スタジアムだが、これも都心の新宿から最寄りの飛田給までは電車で30分前後。さらにスタジアムまで徒歩で15分ほどかかる。
もし渋谷にスタジアムができたなら、都民であれば会社帰りや買い物がてらに気軽にスポーツ観戦に訪れることができる。周囲には様々な飲食店が並び、周辺の駅や交通手段も多いので、帰りの客足も分散される。ビール片手に試合の感想を語り合ってもいいし、買い物の続きをしてもいい。
こうなると、スポーツ観戦はまるで映画館に行くような気軽なものになる。ゲーム終了直後から我先にと駅めがけて歩き出すサッカー観戦あるあるも過去のものになりそうだ。
満席にならないことを恐れるのではなく、満席にするために何ができるか川渕氏は、このようなアイデアが民間から生まれたことの重要性を強調した。ビジネス感覚—つまりコスト意識の高さがこれからのスポーツ産業の成長に欠かせないからだ。
たとえば、VIPルームの設置。官主導のプロジェクトであれば、コストカットの観点から豪華な設備は受け入れられにくい。しかしヨーロッパに目を向ければVIPルームはスタジアム収益に非常に大きな役割を果たし、代わりに一般席の価格を抑えることにもつながっているという。
さらに、日本人の「ネガティブシンキング」からの脱却をも訴えた。「収容人数が多いスタジアムを建設しようとすると、埋まらないのではないかという懸念が先に生まれる。失敗を避ける思考ではなく、まず大人数が入る場所をつくり、どうしたら満員にできるかを考えることが必要」と語気を強めた。
このイベントの約2週間後に行われた浦和レッズVSヴィッセル神戸の試合では、5万5千人の収容人数を誇る埼玉スタジアム2002のチケットが完売した。その要因は今年神戸に加入したイニエスタ選手の効果であることは明らかだ。
満席にならないことを恐れるのではなく、満席にするために何ができるか。民間企業の事業戦略のノウハウが、スタジアム運営をビジネスモデルとして成立させるための選択肢を広げてくれることが期待される。
こうした考えに、音楽界からも賛同の声が上がった。コンサートの企画・運営を行うディスクガレージの中西氏によると、昨今叫ばれているコンサート業界の成長の頭打ちの原因は、アリーナ不足だという。
たとえば東京ドームは、野球の巨人戦や毎年恒例のイベントから先に枠がうまり、残った日を多くのアーティストの公演が奪いあうという現象が起きている。「伸びてないのではなく、伸びられない。興行のための場所が全く足りていない」と業界の現状を訴えた。このように、人気がないのではなく、場所がないことによる機会損失がいたるところで起きているのだ。
競技場建設は、稼働率の議論抜きには語れない。音楽をはじめ、他のエンタテインメントの融合を当初から考慮した設計が実現すれば、スポーツの試合開催日以外の利用が促進され、利益確保にもつながる。場所がほしいエンタテインメント業界と、安定した収益を上げたいスタジアム側の利害が一致することになる。
そこに渋谷という立地条件が加わる。昔から音楽とともにあったこの街と、その街を愛する人。彼らがこのカルチャーの融合を後押しする。
スタジアムづくりを超えた街づくりの発想が、スポーツを通じた新しいコミュニティを生み出していく。
成功の鍵となる“シビックプライド”
この“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”構想がその狙い通りの結果を生むか、もしくはただの巨大なハコとして負の遺産となるのか。その鍵を握るのが、シビックプライドの醸成である。
なぜなら、元来のスポーツ好き、音楽好きだけが集まる場所として栄えるだけでは、SCRAMBLEは生まれない。その街に住む人、訪れる人のすべてが、このスタジアムを中心とした街づくりに共感し、誇りに思うことで初めてこの構想は完成する。
クリエイティブ・エージェンシーである株式会社ロフトワークの代表を務めながら、地域産業の創出にも携わってきた林千晶氏は、「いろんなものや人が区切られていない空間」を生み出すことが重要と話す。つまり、スポーツとエンターテインメントを中心につくられながらも、それらに関心が薄い人にとっても開かれた空間でなければならないという。
「実はスポーツにも音楽にも詳しくない」と彼女自身は明かしたが、そうした人々にとって関係のない場所だと認識されたとたんに、批判の対象になる可能性があることを指摘した。その末路が、都内にいくつもあるボール禁止、大声禁止の公園である。
そんな結末を避けるために必要なことは、「裾野を広げる」こと。スポーツであれば、“競技”のための“試合”が行われる場所というイメージでは、まだ敷居が高く、区切られた存在になってしまう。
ふらっと立ち寄って体を動かす。地域の運動会が開かれる。こどものダンス会場になるなど、生活者の目線へとハードルを下げていくことで、産業と個人の垣根が徐々に取り払われていくのではないだろうかと林氏は提案する。
「“どこかの産業や企業が儲かる”という図式が見えるものに、人は心を動かされない」という言葉は、民間主導のプロジェクトが陥りやすい結果への警告だ。生活者視点と利益追求。この両輪のバランスが、愛される街づくりの肝となる。
公園を訪れる人すべてがこどもたちの先生に生活者との結びつきを強める一手が、教育業界の参入である。自身も学習塾の塾長を務め、『ビリギャル』の作者でもある坪田信貴氏は、こどもがより能動的に勉強に取り組むためには、義務教育にエンターテインメントの要素を取り入れていくことが必要だとした。
さらに様々な“大人”に出会うことがこどもの夢を広げるとも語った。坪田氏によると、「幼稚園のこどもに聞いた将来なりたい職業のアンケート結果は、今も昔も変わらない。それは、こどもが生活のなかで目にする職業が昔と変わっておらず、職業観が広がらないから」と、こどもたちが育つ世界の狭さを指摘した。
この事象は知識の箱と呼ばれ、人は自分が知らないことを夢見ることすらできないのだ。“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”では、スポーツを軸にあらゆる文化や人が交差しあう。ここを訪れるこどもたちは、様々な知識や人に出会うだろう。坪田氏はこの構想の実現により渋谷が「憧れが生まれる街」になると言うと、そのキャッチコピーに他のパネリストから感嘆の声が上がった。
林氏も同意見を述べ、代々木公園のなかにつくられた(※)「まちのこども園」がうたう、公園を訪れる人すべてがこどもたちの先生になるという考え方を紹介した。
そこでは“先生”はときに学生やサラリーマン、大道芸人であり、そこにスタジアムができれば、スポーツ選手や応援団も加わるかもしれない。あらゆるものが区切られず、誰のものでもある空間だからこそ互いにかかわりあうことができると話した。
(※)まちのこども園・・・都内で認可保育所を複数運営するナチュラルスマイルジャパン株式会社が、東京大学との共同研究の一環として開園した認定こども園。「こども主体のまちぐるみの保育」を理念としており、地域資源を活用した教育プログラムを実施している。
Follow @ssn_supersports