ランニングシューズ『アシックス_エボライド』

これまで、ここでいくつものランニングシューズを紹介してきた。どれも長い距離を早く走りたいという、ランナーの普遍的な欲求に応えるべく、新たなテクノロジーを結集し、アイデアのブラッシュアップを続けていた。今回、紹介するアシックスの「エボライド」も当然そうした積み重ねから生まれたランニングシューズであり、早く走るためというテーマにも変わりはない。

だが、「エボライド」はそのアプローチの仕方にこだわりがある。「早く走ることを目指すために、無駄のない走行効率を追求して、快適性を高めたシューズです」と語るのは、この「エボライド」に携わる、アシックスジャパンの小林優史さん。みずからも小学生時代から走りはじめて、年間15~20回のロードレースに参加するツワモノだ。お話をうかがった日の、前の週末にも150kmのウルトラマラソンに、この「エボライド」をはいて参戦したばかりだという。

そもそもアシックスはスポーツシューズの世界で、日本ばかりでなく、世界的に高い評価を集めるグローバルなブランド。古くは君原健二、円谷幸吉から、有森裕子、高橋尚子、野口みずきといった、きらぼしのようなランナーたちが、アシックスのマラソンシューズとともに世界と戦ってきた。そんな名門が、 “前へ!楽に!” というコンセプトのもとで開発した革新的なランニングシューズ「エボライド」の最大のもち味は、 “ガイドソール” と呼ばれる前部が大きくカーブしたソールの構造だ。

上の写真を見れば、通常のランニングシューズよりも前部が反りあがった “ガイドソール” の特徴がよくわかるはずだ。この反りのカーブによって、ランニング中の足首の屈曲を減らして、足首関節のエネルギー消費を抑える。そのため疲れにくく、走行効率を高めることができるのだ。「エボライド」の走り心地を、小林さんは、 “転がるような” と例えてくれた。

つまり、下り坂を駆けおりていくときのように、自然と前傾して足が前へ出る感覚。さらに足の蹴りをあまり意識しなくても、足が前へ出ていくイメージだろうか。「上り坂はいいのですが、下り坂は、はきはじめたばかりのときは少し戸惑うかもしれません。また足首のエネルギー消費を抑えるということは、蹴り出すときに使うふくらはぎの筋肉が楽に感じるということにもなります」。小林さんの話を聞いて納得する。

このシューズをはくことで、地面に着地するときから、地面を離れる蹴り出しまでの一連の動きの中で、足は無駄なくスムーズに動き続ける。それをもたらす “ガイドソール” のイメージは、走行中にまわり続ける自転車の車輪にあったという。この走行効率を追求した “ガイドソール” を搭載したモデルは「エボライド」をはじめ、「メタライド」、「グライドライド」の3モデル。 “ENERGY SAVING FAMIRY” と呼ばれる。その最新作である「エボライド」は3モデルの中でもっとも軽く、クッション性に優れ、さらに価格的にもリーズナブル。幅広い走力のランナーに向けて作られている。

軽さを目指すために、シリーズの核となる “ガイドソール” の性能は維持しながら、構造はよりシンプルに変更した。たとえば軽量化を実現するためには、ミッドソールをこれまでの2モデルのような厚さにはできない。そのため2層構造を基本としてきたミッドソールは、やわらかく、しかもスーパーボールのような反発性のある、独自開発のスポンジ材 “フライトフォームプロペル” の1層構造を採用した。さらにアッパーに用いられるメッシュまで軽量化を徹底した。

そしてキモとなる “ガイドソール” にも手が加えられた。それはソール前部の反りの変化だ。接地面積とも言い換えられる、ソールの反りのないフラットな部分は、その面積が狭いほど、転がるような走りの感覚を増していく。ところが「エボライド」はほかのモデルと比べて、反りのカーブが緩やかになっている。そのため接地面積は広くなってしまうことになる。だがこれはミッドソールの構造など、ほかのモデルとの違いから導きだされたもので、決して、転がる感覚を犠牲にしたわけでない。「エボライド」にもっともふさわしいカーブを求めた結果だ。

この理想の前足部のカーブを見つけるための調整は大変だったと小林さんは振り返る。たとえば、構造的に薄くしなくてはならない前足部分は、「エボライド」の場合、すでにミッドソールが1層になったように薄くなっていた。そのため反りを大きくしてしまうと、強度などから硬くせざるを得ない。これではクッション性がもち味のミッドソールの実力を生かすことができない。こうした試行錯誤のため、通常より人手もコストをかけて、数多くのサンプルを製作して、最高のカーブを見つけ出していったという。

こうして「エボライド」にふさわしい“ガイドソール”の反りに合わせて、靴底にあたるアウトソールにも工夫が加えられた。ランニングシューズのアウトソールには、特に前足部分に、足裏の左右に走る印象的な溝をよく目にする。これは前足部分を曲げやすくすることで、足の蹴りをサポートするためだが、「エボライド」にはこうした溝が存在しない。

その理由は、曲がりやすい溝が入ることが足首を使うことにつながるから。「エボライド」ならではの、足首を使うことなく、転がっていくような走りの感覚には、アウトソールの左右を横切る溝はプラスにならないのだ。さらにアウトソール前部から中部にかけては軽量でクッション性に優れた素材、後部には耐摩耗性に秀でた素材が使い分けられている。

アッパーのメッシュも足のサポートを重視する部分の編みは密に、通気性を重視する部分の編みは粗く、といった具合に計算された変化がつけられている。こうした細やかな配慮もシューズの快適性には欠かせないポイントだ。

「エボライド」のこだわりとは、特殊な素材の力を借りて、シューズによって走らされるのではなく、自分の力で走っているという感覚を得られることではないだろうか。重心が自然と前傾して、転がるように足が前へ前へと進んでいく。「エボライド」をはいて走ると楽しいという小林さんの言葉は、こうした実感から生まれたものなのだろう。これはエリートからビギナーまで、このシューズをはいたすべてランナーが感じることなのかもしれない。

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