
今から17年前の2008年、青森県八戸市に誕生したプロアイスホッケークラブ・東北フリーブレイズ。
アジアリーグを3回優勝しながら、地域の幼稚園などに選手自らアポを取り、地域の子どもたちがアイスホッケーに親しめる活動を続けてきた。
今回の第3回では、東北巡回興行の舞台裏、2024年8月には東京にホームタウンを移した理由など、地域プロチーム運営のリアルに迫る。
クラブの取締役兼監督であり、2024-2025シーズンの日本代表コーチも務めた若林クリスさん氏の語る言葉に、アイスホッケーの魅力を信じる真摯さと、地方に生きるプロスポーツチームのタフさがあった。(全3回の3回)

写真:若林クリス/提供:東北フリーブレイズ
▶なぜ乱闘が起きるのか?──“ファイト”に隠されたアイスホッケー文化【第1回】
実業団チーム廃部の中で誕生したプロチーム・東北フリーブレイズ
── 2008年の創設から約17年、その歩みを簡単に教えてください。
クリス:創設当時、日本のアイスホッケー界は古河電工、雪印、そしてコクド西武も廃部になり、低迷していた時期でした。
日本経済全体にも閉塞感が漂っていたその頃、東北フリーブレイズがアジアリーグに新規参入ということで、久しぶりの明るいニュースとして受け入れられて、私自身もチームにとても勢いを感じました。
創設から6,7年の間に、そんな雰囲気の中で三度の優勝を果たしました。
── 順調ですね。

写真:観客の応援に応える選手たち/提供:東北フリーブレイズ
クリス: そこから、次のステップとして、地域や社会への貢献、選手自身への教育に力を入れ、クラブの総合力としては進化してきましたが、勝利にうまく結びつけられない時期が続きました。
いまは、勝利と地域貢献を初めとした活動、その両方の実現を目標に活動しています。
東京都をホームタウンに加えた理由
── そんななかで2024年8月から、八戸市に加えて東京都をホームタウンとしました。これはどんな意図があったんでしょうか。
クリス: 組織として、チームとして、意識をもう少し広く持ちたいという思いです。
東京で試合をし、活動することで、私たちのチーム、選手はもちろん、日本のアイスホッケーそのものの認知をもっと高めたいですね。
首都圏で人気が上がれば、メディアの露出も増えますし、私たちの価値も上げられると思います。
練習拠点は引き続き八戸ですし、ホームマッチは今後も東北でも開催していくので、あくまで活動拠点は東北です。
アイスホッケーにかかるコスト
── アイスホッケーは、遠征では何人くらいで移動するんでしょうか。
クリス:選手、スタッフを入れて30人弱ですね。日光、横浜、東京にも、チームバスで移動します。
北海道は、八戸-苫小牧間でフェリーがあるので、バスを積んで夜フェリーで寝て朝着きますね。
──大人数なのでコストもかかりますよね。
クリス:遠征費もそうなんですが、防具費が物価高騰によって10年前と比べると2倍以上になってますね。
── アイスホッケーの防具の費用感が全然わからないです(笑)。
クリス:一番高額なのは、スケート(靴)とスティックです。
スケートはだいたい1シーズンで1台で済むんですが、なかには折れやすい選手もいます。プロ選手の場合、スケートは1台約15万−20万ですね。
──おお...、高価ですね。
クリス:そして、スティックは1本約6万円。だいたい選手ひとりにつき、1シーズンで最低12本は使います。
──そんなに。
クリス:リンク維持費や、会場使用料も、費用は大きいですね。

写真:試合の様子/提供:東北フリーブレイズ
選手が動くと心も動く
── チケット収入や放映権をすぐに上げることは難しいので、チームのスポンサーセールスがかなり重要ですよね。
クリス:そうですね。地域の繋がりがとても大事で、信頼関係を作れると、東北、八戸の方々は義理人情に厚く、本当に温かいです。
あと、選手が動くと心も動くんですよね。
── と、いうと。
クリス:うちは、営業やイベント、ジュニアスクールや学校訪問などの地域貢献活動も、選手主体で行っています。アポ取りから選手がやることが多いですね。
その姿勢や活動に対して、地元の方々や、スポンサーのみなさまも熱く応援していただいています。

写真:アイスホッケー体験会の様子/提供:東北フリーブレイズ
── それはすごいですね。他のスポーツも含め、さすがにアポはスタッフが取るチームがほとんどだと思います。選手もよく理解してくれましたね。
クリス:これからの時代のアイスホッケーのプロということを理解してきたんだと思います。
日本のアイスホッケーは、実業団リーグが競技を牽引した時代に人気が高まり、当時ほとんどの選手たちが企業の社員、しかもバブルの頃なので、アイスホッケーだけをやって待遇面も良かったんです。
今はほとんどがクラブチームになり、ただ競技をしていればいい時代ではなくなったことを選手たちも実感しています。

写真:学校訪問の様子/提供:東北フリーブレイズ
お金をもらってホッケーやるのがプロではない
── でも、野球やサッカーと違い、成熟したプロリーグがない競技の“プロ”の定義は難しくないですか。
クリス:おっしゃるとおりで、当初は選手もただ“お金をもらってホッケーやるのがプロ”という程度の認識でした。
実際にどれだけお客さんを集めているのか、地域にどれくらい必要とされているのか、そこまで考えられるプロではなかったんですよね。
今の選手たちは考えが変わってきてますので、これからがとても楽しみだなと思ってます。

写真:ジュニアスクールの様子/提供:東北フリーブレイズ
理想は選手が地域の看板になること
── どういう形が、これからのアイスホッケーのプロ選手の理想なんでしょうか。
クリス:選手自らが地域の看板になることだと思います。サッカーやバスケットなどに比べて、アイスホッケーは選手の入れ替わりが少ないんです。チーム数が少ないことも理由ですが。
私たち東北フリーブレイズでも、1,2年でチームを変わることはほとんどありません。
そうすると、選手自身が地域との関係を作りやすいので、自分から地域の人たちの中に入っていって、まずは自分を応援してもらう。その後チームも、という流れになっているのを感じますね。

写真:アイスホッケー体験の機会を多く提供する/提供:東北フリーブレイズ
── 面白いですね。日常ではあんなに優しい選手が、リンク上ではものすごく熱くファイトするから余計に応援したくなりますよね。
クリス:そうなんですよ(笑)。私たち東北フリーブレイズの試合は、応援の雰囲気も盛り上がっているとファンの方に喜んでもらっています。
極上の観戦体験「FLAT HACHINOHE」
── それが、最新設備を備えた青森県のホームアリーナ「FLAT HACHINOHE」であれば、なおさらですよね。まだ映像で見ただけなんですが、行ってみたくなりました。
クリス:はい。4面のセンタービジョン、アリーナ内を周遊するリボンビジョン、プロジェクションマッピングという最新の演出設備を備えたリンクは、日本国内ではFLAT HACHINOHEだけです(※2025年8月現在)。
ぜひ、この空間でアイスホッケーを体感してほしいと思っています。

写真:盛り上がるFLAT HACHINOHE/提供:東北フリーブレイズ

写真:FLAT HACHINOHEで声援を送る観客たち/提供:東北フリーブレイズ
取材を終えて
この国にもアイスホッケーを根付かせたい。観れば必ず好きになる競技だから。
インタビュー中、クリスさんが特に力を込めた言葉だった。
近年、日本の多くのスポーツ競技で、“プロ”の定義が問われている。
バブル崩壊後、日本経済の停滞と共に実業団アイスホッケー部が撤退した荒野。そこに誕生した東北フリーブレイズの拠点が東北であったことも、その後、地域の人たちがプロチームに求めた絆や連帯を象徴している。
“氷上の格闘技”を激しく戦う選手たち、それもアジアの頂点を狙う選手たちが、八戸の幼稚園に1軒ずつ電話し、アイスホッケー体験を薦める姿を想像する。
これからのプロ選手の戦いかたがそこにある。

写真:東北フリーブレイズの試合の様子/提供:東北フリーブレイズ
▶なぜ乱闘が起きるのか?──“ファイト”に隠されたアイスホッケー文化【第1回】
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