マキロイと脳腫瘍の少年による感動ストーリー 世界中から涙と拍手【舩越園子コラム】
今週も米国のPGAツアーは試合が無い1週間だったが、欧州のDPワールドツアーではアイルランドの名門ザ・Kクラブで「ホライゾン・アイルランドオープン」が開催され、地元出身のローリー・マキロイ(北アイルランド)の優勝に期待が集まっていた。
マキロイは2016年に、この大会で勝利を挙げた「過去の優勝者」だ。そして、今季のDPワールドツアーでは、すでにシーズン2勝。腰痛が悩みの種ではあるが、調子は決して悪くない。だからこそ、今大会では開幕前からマキロイの優勝が大いに期待されていた。
そんな中、開幕前日にマキロイが7歳の少年を誠心誠意、楽しませた光景は、SNSを通じて世界中へ拡散され、大勢の人々の胸を打った。
「心優しいマキロイに勝ってほしい」。
そう願ったファンは、きっと倍増したのではないだろうか。
アイルランドに住む7歳の少年、マイケル・ホーガンくんはゴルフが大好きでマキロイの大ファンだが、脳腫瘍と診断された今は、辛い闘病を続けている。夢は、憧れのマキロイが「ハーイ、マイケル!」と自分に呼びかけるビデオメッセージを手に入れることだ。
重い傷病に苦しむ人々の願いを叶える活動をしている財団「メイク・ア・ウィッシュ・ファンデーション」のアイルランド支部の人々は、そんなマイケルくんの胸の内を知り、マキロイに伝えた。
すると、マキロイは「僕が動画で呼びかけるのではなく、練習日に僕が実際にマイケルに会うというのは、どう?」と提案。それが実現したのが、今大会開幕前の水曜日だった。
マイケルくんに笑顔で歩み寄り、しばし会話を交わしたマキロイは、マイケルくんに自身の練習ラウンドを披露。マイケルくんは乗用カートに乗り、ロープの外側からマキロイの一挙手一投足に見入っていた。
9番ホールにやってきたときのこと。マキロイはマイケルくんをロープの内側に入れ、距離計の使い方を教えて、セカンドショットの距離をマイケルくんに計ってもらった。
「143ヤード? じゃあ、PWで打つね」
グリーン上では、大人用のパターを短く切った子供用パターをマイケルくんに手渡し、実際にパットを打たせて「一緒にプレーしている」という感覚をマイケルくんに味わわせていた。
最初は緊張気味だったマイケルくんの表情は徐々に緩み、最後にはうれしそうな笑顔が溢れ返った。
マイケルくんの父親は「こんな素晴らしい経験をさせてもらったことを、マイケルは決して忘れないと思う」と感動しきりだった。
だが、この経験で一番心を動かされたのは、もしかしたらマキロイだったのかもしれない。
「マイケルと過ごした数時間は、とても充実した時間だった。いろんなことを考えさせられ、いろんなことに感謝する気持ちになった」
賞金やポイント、名誉やプライド、見栄や意地を忘れ去り、「マイケルくんの願いを叶え、励ましたい」というピュアな想いでマイケルくんと接したマキロイ。だからこそ、彼の心は洗われた状態になり、無欲無心で戦うことにつながったのではないだろうか。
かつて、2011年「マスターズ」で独走態勢になり、夢の初優勝に迫りながら、最終日の後半で大崩れして、心に深い傷を負った。だが、彼は翌月、傷心の中で国連大使としてハイチへ赴き、恵まれない環境と貧困の中で必死に生きる現地の子どもたちと直に接した。
「あのとき僕は、ペットボトルの水が当たり前のように飲める幸せを心底実感した」
マキロイが「全米オープン」を制覇し、メジャー初優勝を成し遂げたのは、その翌月だった。メンタル面を清らかに整えることが、結果的にゴルフに役立つことを、マキロイはあのとき私たちに教えてくれたように思う。
とはいえ、今週のアイルランドオープンでは、3日目に「66」をマークして首位に2打差まで迫る快進撃を見せたものの、最終日はラウンド半ばからショットが乱れ始め、16位タイに終わった。
だが、最終日を単独首位で迎え、マキロイとともに最終組で回ったヒュルリー・ロング(ドイツ)は「ローリーと一緒で夢のようだった」。そのロングに1打差を付けて勝利したスウェーデンのビンセント・ノーマンも「ローリーを抑えて勝てたことが、うれしい」。
マイケルくんだけではなく、優勝を競い合った選手たちにも喜びを授けたマキロイを、ゴルフの神様がそのまま放っておくことは、きっとないと私は信じている。
文・舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
Follow @ssn_supersports