世界を笑顔にした「奇跡の勝利」【舩越園子コラム】
PGAツアーの「RBCカナディアン・オープン」は、開幕直前の火曜日にPGAツアーとLIVゴルフの統合合意が発表され、選手ミーティングが緊急開催されるなどの大騒動になった。PGAツアーに忠誠を誓い続けてきた選手たちは、その発表に驚いたり怒声を上げたりで、戸惑いを隠し切れない様子だった。
心が大きく揺れている状態のまま、すぐさま試合に臨む選手たちが気の毒にも感じられたが、それでも日々、好プレーを披露した彼らは「さすがは一流プレーヤーだ」と感服させられた。
最終日を2位タイで迎えたローリー・マキロイ(北アイルランド)が華々しい逆転勝利を挙げるストーリーに大きな期待が寄せられていたが、残念ながら彼は精彩を欠き、スコアを伸ばせないまま、9位タイに甘んじた。
だが、マキロイが振るわずとも、カナダ出身の35歳、ニック・テイラーが母国の人々を大いに沸かせてくれた。
テイラーは初日に「75」を喫しながらも2日目に「67」と巻き返し、カットラインすれすれで予選を通過。3日目にコースレコードとなる「63」をマークして優勝戦線に浮上すると、最終日はスコアを6つ伸ばし、単独首位でホールアウトした。
しかし、後続組だった32歳の英国人選手、トミー・フリートウッドに並ばれ、サドンデス・プレーオフにもつれ込んだ。
1ホール目は、ともにバーディー、2ホール目と3ホール目は、ともにパー。互角の戦いが続いたが、その中でもテイラーのアグレッシブな攻めっぷりに終始、目を引かれた。
深いラフからでもディボット跡からでも3番ウッドや5番ウッドで果敢にグリーンを狙い、冴え渡るパットでスコアを作り出していったテイラーの攻撃的なスタイルは、サドンデス・プレーオフ突入後も変わらず続いた。
圧巻は4ホール目の18番パー5。フリートウッドが3打目でピン3メートル半を捉えた後、テイラーが挑んだ22メートルのイーグルパットは磁石に吸い寄せられるようにカップに吸い込まれ、その瞬間、テイラーの勝利が決まった。
通算3勝目。そして、カナダのナショナルオープンでもあるこの大会をカナダ人選手が制したのは、1954年以来、実に69年ぶりの快挙となった。
03年の「マスターズ」を制し、カナダ人初のメジャー覇者となった母国の英雄マイク・ウィアーや選手仲間たちが見守る中、ウィアーに憧れてプロになったテイラーが奇跡のロングパットを沈め、歴史的優勝を飾ると、2万人にも届きそうな大観衆の興奮は頂点に達した。
母国の友の勝利を祝おうと、シャンパン・ボトルを手にしてグリーン上を走り寄ったアダム・ハドウィンは、乱入したギャラリーと間違えられ、セキュリティにタックルされて押さえ込まれるハプニングまであったが、そんな出来事さえもが、カナダの人々の喜びの大きさを物語っているかのようだった。
勝利を決めた直後のテイラーは、ほとんど放心状態だった。
「信じられない。何と言ったらいいのか。とても勝ちたかった大会で、ついに勝てた。本当に…言葉が出てこない」
母国のファンの大きな期待を感じながら優勝争いを演じることは「とんでもないプレッシャーだ」とウィアーが言っていた。
しかし、そのとんでもないプレッシャーを受けながら戦うテイラーと対戦していたフリートウッドは、ミスすれば拍手されてしまうアウェイならではのとんでもないプレッシャーを感じながら戦っていた。
それでもフリートウッドは、プレーオフ1ホール目ではテイラーの見事な寄せをサムアップで讃え、4ホール目でテイラーが22メートルのイーグルパットを沈めたときは、スマイルで彼の勝利を祝福した。
そんなフリートウッドのスポーツマンシップが、テイラーの勝利に花を添えてくれた。
それにしても、テイラーの22メートルのウイニングパットは本当に見事で、一斉に万歳し、拍手喝采したカナダの人々の歓喜には、きっと世界中の人々が笑顔を誘われたのではないだろうか。
開幕前は衝撃のニュースで驚きに包まれたカナディアン・オープンが、最後にはうれしい衝撃に包まれ、最高の締め括りになった。それは、揺れ動くゴルフ界に翻弄されているゴルフファンのために、ゴルフの神様が授けてくれたご褒美だったのかもしれないと思う。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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