通算6勝目につながった「9年落ちパター」と「原点回帰」【舩越園子コラム】
PGAツアーの今季レギュラーシーズン最後の「格上げ大会」となった「トラベラーズ選手権」。3日目を終えた時点では、トップ10にはリッキー・ファウラー、ジャスティン・トーマス、スコッティ・シェフラー(いずれも米国)、トップ15にはローリー・マキロイ(北アイルランド)や松山英樹らの名前があり、最終日は華やかな優勝争いになることが予想されていた。
しかし、サンデー・アフタヌーンはキーガン・ブラッドリー(米国)の独り舞台となった。2アンダー「68」で回ったブラッドリーが2位に3打差のトータル23アンダーで通算6勝目を挙げた。
ブラッドリーは37歳の米国人。2008年にプロ転向し、2011年にPGAツアーにデビューすると、その年、早々に「バイロン・ネルソン選手権」で初優勝を挙げ、さらには初出場した「全米プロ」でメジャー初優勝を達成した。
当時のブラッドリーの最大の武器は、体の一部にクラブを固定させる『アンカリング』でストロークするロングパターだった。しかし、2016年にアンカリングが禁止され、レギュラーパターを握るようになってからのブラッドリーはパットに苦しむようになった。それでも2018年の「BMW選手権」を制し、トッププレーヤーとして踏みとどまっていたが、パットのランキングは、一時は185位まで下降した。
しかし、2021年からはパット専門コーチとして知られるフィル・ケニョン氏の指導を受け、2014年製のパターを握り始めてからは徐々にフィーリングを取り戻していった。昨年の「ZOZO」チャンピオンシップで勝利を挙げることができたのは、パットが再びブラッドリーの武器に戻ったからだった。
先週の「全米オープン」では予選落ちを喫したが、幼い2人の息子を連れてパットゴルフに行き、気分転換を図った。
そして今週は初日から「62」と好発進し、最終日は2位との差を4打差へ、5打差へと広げていった。それでも終盤はミスを連発し、続けざまにボギーを3つも叩いたが、「大差でリードしていたことに助けられ、ホームタウンで優勝できたことが夢のようだ」と喜びを噛み締めた。
ブラッドリーのパットのフィーリングを戻してくれたというパターは、2014年製のオデッセイ『VERSA JAILBIRD』。アライメントの助けになる白と黒のモノトーン・デザインが特徴的なオーバーサイズのマレット型パターだ。
先週の全米オープンで堂々優勝したウィンダム・クラーク(米国)も、クラークと最終日最終組をともに回ったファウラーも、みな同じパターを握っているところが、実に興味深い。
ファウラーは自分のキャディが手にしていたパターを何気なく試し、「とても気に入ったので、同じものを作ってもらった」。
クラークは、ファウラーがいい感じでパットしている様子を見て、「まったく同じスペックの同じパターを作ってもらった」ところ、すぐさま好調になり、「ウェルズ・ファーゴ選手権」と全米オープンを続けざまに制した。
そしてファウラーは全米オープンで5位タイになり、今週は3日目に自己ベストとなる「60」をマークして、2週連続で優勝争いに絡んだ。最終日はスコアを伸ばし切れなかったが、パッティングは好調を維持している。
選手たちの復活や活躍、栄えある優勝にこれほど貢献しているパターだと知ってしまうと、「使ってみたい」という衝動に駆られる。すでに米国のオークションサイトでは800~1000ドル、10万円超の値が付けられる人気を博している。
だが、ブラッドリーはアンカリング禁止から5年以上、いろいろなパターを試しては苦悩し、ようやくこのパターに辿り着き、失っていたフィーリングをやっとのことで取り戻した。それは、かつて自分がいた場所に舞い戻ったような感覚なのだと思う。
そういえば、トラベラーズ選手権の舞台、TPCリバーハイランズはコネチカット州。ブラッドリーの出身地はバーモント州で、どちらも米国北東部のニュー・イングランド地方に属している。
72ホール目。勝利を確信したブラッドリーがグリーンに向かいながら両手を挙げて大観衆に呼びかけると、「キーガン! キーガン!」の連呼が巻き起こったワケは、その場所が彼の生まれ故郷だったからだ。
故郷は原点、出発点だ。つまずいたとき、疲れたとき、故郷に戻ってみるのは一考である。新たな発見があるかもしれないし、忘れていた何かを取り戻せるかもしれない。
人生でも、ゴルフでも、パットでも、原点回帰は大切である。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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