妻のDV、イップスを克服して勝利した「長い道のり」【舩越園子コラム】
PGAツアーはレギュラーシーズン最終戦のウインダム選手権が開催され、勝利の行方とともに、翌週からのプレーオフ・シリーズ進出を目指す瀬戸際の選手たちの動向も大いに注目されていた。
プレーオフ第1戦のフェデックス・セント・ジュード選手権に出場するためには、フェデックスカップ・ランキングのトップ70に入ることが条件となり、ランク79位で今大会を迎えたジャスティン・トーマスには、とりわけ大きな注目が集まっていた。
メジャー2勝、通算15勝の実績を誇るトーマスは、これまで8年連続でプレーオフ・シリーズ進出を果たしてきた実力者だが、今季は不調に陥り、ランキングはみるみる下降。
しかし、プレーオフ進出とライダーカップの米国チーム入りを目指すトーマスは、その想いを糧に今週は好プレーを披露。11位タイで臨んだ最終日に、もうひと踏ん張りして7位タイまで浮上できれば、フェデックスカップ・ランキングでトップ70入りできると見られていた。
「この状況は、勝つことを目指すより難しい。優勝を目指す戦いなら、たとえ負けてもそれなりのものが残る。でも、この戦いはトップ70入りできなければ、プレーオフ進出はできず、何も残らず、悔しさだけは一生残る」
そう言って挑んだ最終日。トーマスは6番でバーディ、15番でイーグルを奪い、奇跡の大挽回を達成できそうな勢いを見せていた。しかし、16番で痛恨のボギーを喫し、バーディが絶対条件となった18番では、チップインしかけた第3打がぎりぎりでカップに沈まず、パーどまり。
その瞬間、体ごと地面にひっくり返って悔しがったトーマスだったが、ホールアウト後は「できるだけのことはやった」と爽やかな笑顔を見せていた。
最終ランクは71位にとどまり、本当に僅差でプレーオフ進出を逃した。しかし、ラストチャンスの大会のラストホールで小さな可能性に迫った粘り強さは、プレーオフ進出には届かなかったが、ライダーカップの米国キャプテン、ザック・ジョンソンの胸には響くものがあったのではないだろうか。
肝心の優勝争いは、上がり3ホールが荒天による一時中断に見舞われたものの、最終日を首位タイで迎えたルーカス・グローバーが安定したプレーぶりを維持し、2位のラッセル・ヘンリーらに2打差のトータル20アンダーで通算5勝目を挙げた。
グローバーは43歳の米国人選手。2004年からPGAツアー参戦を開始し、05年に初優勝を挙げると、09年には悪天候による不規則進行となった波乱の全米オープンを制し、メジャー初制覇。11年ウェルズ・ファーゴ選手権でも勝利を挙げたが、その後は極度のイップスに襲われ、成績は急降下した。
すると、今度は愛妻クリスタが家庭内暴力を振るうようになり、18年にはグローバーと彼の実母に手をあげ、ついには逮捕劇へ。
しかし、グローバーは妻に対しても自身のイップスに対しても根気よく向き合い、淡々と戦い続けてきた。愛妻をDVから立ち直らせ、独特の握り方でロングパターを操ることでイップスを克服したグローバーは、一昨年のジョン・ディア・クラシックで復活優勝。「この10年、もがき苦しんだ」と、涙を流した。
あれからさらに2年が経過した今大会では、2人の子供たちが見守る中、堂々、通算5勝目を挙げ、「あの10年、さらに、この2年。長い道のりだった」と、再び涙を流した。
長男グローバー・ジュニアくんは「ダディが勝った!ダディが勝った!」と無邪気に喜んでいたが、両親の長年の苦悩を間近に眺めてきた姉のルシールちゃんは、顔を歪めながら号泣。その姿に、思わず涙を誘われた。
グローバーもプレーオフ第1戦への進出をかけて今大会に臨んだ一人だったが、彼のフェデックスカップ・ランキングは112位から49位へ一気に上昇。
それでも「もっと練習し、もっと頑張ります」と涙声で語った勝者の言葉が、じんわりと胸に染み入った。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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