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セベ・バレステロス逝去から10年 ザ・メモリアルでのできごと【PGAツアー公式コラム】 | ゴルフのポータルサイトALBA.Net

ザ・メモリアルの会場で表彰されたレジェンド(撮影:GettyImages)

欧州を代表する偉大なゴルファーがこの世を去ってから10年が経つ。スペインのセベ・バレステロスが逝去したのは2011年5月。その1年前の「ザ・メモリアル」では、コースに“舞い戻った”彼の姿に誰もが敬意を払っていた。

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欧州ツアー50勝、マスターズ2勝、全英オープンで3勝。劇的なプレーでファンを魅了してきたカリスマは、2008年に脳腫瘍が見つかってから闘病生活を送っていた。その最中、これまでの功績をたたえて2010年のザ・メモリアルで栄誉賞を受賞。会場に足を運ぶことは叶わなかったが、練習場に設置されたスクリーンごしに映し出された全盛期のセベの姿は、その場の空気を一瞬にして変えたのだった。現役を引退してもなお、偉大なキャリアは少しも廃れることはない。

セベを「アーティスト」と例えたのは、セベの1歳下のデビッド・フェハティ。セベの全盛期に欧州ツアーでプレーしていた。アーノルド・パーマーがPGAツアーを代表する存在だとしたら、セベは欧州の顔。ファンやスポンサーから最も注目される存在だった。「彼が出てくるまで、欧州ツアーは“庭師”の集まりのようだった」と言うほど。たぐいまれなボールコントロール術で、常識外れのミラクルショットをいくつも生み出してきた。ライダーカップへも欧州代表として出場。セベの群を抜いたリカバリーショットやショットの正確性は、欧州ツアー自体の注目度も一気に押し上げた。

パドレイグ・ハリントンは、「彼には野性的な魅力があった」と語る。セベのルーツはスペインのペドリーニャ。幼少の頃、ゴルフクラブを買う余裕がなく、兄のお下がりの3番アイアン1本で打ち方を学んだという。さまざまな打ち分けを試し、難しいライからのリカバリーショットを想像しながら、オリジナルのショットを身につけていった。最大の特徴は手首の使い方にあったとフェハティは言う。「クラブをものすごく柔らかく握っていた。まるで小鳥を抱いているようだった」と振り返る。

16歳でプロ入りを果たし、17歳で欧州ツアーデビュー。19歳では早くも賞金王に輝いた。そして同年の全英オープンで、ジャック・ニクラスとともに2位タイになったことで知名度を一気に上げた。ニクラスがセベと対面したのは、それが初めてだった。「彼の打ち立てた記録もゴルフへの情熱も、すべてが偉大だった」と、一瞬で魅了された。

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