青木真也は『青木真也』をやめられない。御田寺圭コラム #ONEX

『白饅頭note』の著者であり、有料noteにも関わらず57,000以上のフォロワーを持つ御田寺圭(みたてら・けい)さんの連載コラム。

今回のテーマは「青木真也の敗北に思う」です。

青木選手の長年のファンだという御田寺さんは、今回の試合で、宿敵・秋山成勲選手に勝つことで『青木真也の物語はエンディング』になると考えていたようです。しかし結果は2ラウンドでTKO負け。

その時に、悔しさとともに安堵してもいるような不思議な感覚になったといいます。今回の因縁の対決から感じた思いを綴っていただきました。

■クレジット
文=御田寺圭

■目次

因縁の対決は2ラウンドTKO

「自分は器じゃなかった」
「いつもさぁ、那須川天心にも武尊にもなれないんだよ」
「最後そうだよ。最後いつもそうなんだよ」

血のにじんだ傷だらけの顔をした男の声は、いつも以上に掠れていた。

2022年3月26日、シンガポールに拠点を置く格闘技団体「ONE」の十周年記念大会「ONE X」が行なわれた。そのなかで「長年の因縁」に決着をつけると意気込んで戦いに臨んだ青木真也選手は、宿敵・秋山成勲選手に2ラウンドの打撃によるTKOで敗北した。1ラウンドをあわやタップアウトのところまで追い詰めておきながら、打撃による逆転をゆるしてしまったのだ。

青木選手とはSNS上で個人的な交流もあり、なおかつ長年のファンである私はこの試合をリアルタイムで視聴していた。この試合の前、もし青木選手が秋山選手に勝利すれば、彼が今日まで紡いできた「格闘家・青木真也」の物語は、ひとつのフィナーレを迎えるのではないかという気がしていた。

多くのチャンスがありながら、それを逃し続けた

いち格闘技ファンとして、青木選手の試合のほとんどを見てきた。彼の長いキャリアにおける戦績は、きわめて勝率が高く、すばらしいの一言に尽きる。……しかし語弊を恐れずにいえば、彼はいつだって「向こう側」の存在であることを証明するための、ここぞという「闘い」においては、必ずと言ってよいほど敗れてきた。

DREAMでのヨアキム・ハンセン戦、Strikeforceでのギルバート・メレンデス戦、Dynamite!!での長島☆自演乙☆雄一郎戦、Bellatorでのエディ・アルバレス戦、ONEでのベン・アスクレン戦──青木真也が圧倒的な存在としてその名を刻み付けるためには、絶対に勝たなければならない戦いだった。

青木選手には、格闘家として「向こう側」に行く渡し船に乗れる大きなチャンスが、他の格闘家に比べれば幾度となく巡ってきた。しかしその悉(ことごと)くを取りこぼした。そして今回もまた「向こう側」の人間になるためのチャンスを逃した。

青木選手の試合後の悲壮な姿からは「お疲れさまでした!」とか「戦う姿に感動しました!」「次戦で捲土重来をはかってください!」などといった、よくある慰めと激励の表現は憚られる。だが、これが格闘家・青木真也の物語そのものを体現しているようにも思えた。

いくら勝利や成功を積み上げていっても、最後の最後では「お前は器ではない」と跳ね返され、もがいてもがいて、もがき続けなければならない──世の中で、そんな燻ぶった思いを抱える人は大勢いる。青木選手は、声援とともにかれらすべての想いを託され、「生きざま」を表現することを運命づけられている。

最後の最後で「向こう側」の景色を観れず、またこちら側の世界に戻ってきてしまう者。「最後そうだよ。最後いつもそうなんだよ」──と声を絞り出す彼の切実な心情が、私にも痛いほど伝わってきた。彼を応援する者の多くは、彼の言葉が自分の心情と重なり合ったに違いない。

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