女子バスケ×ブランド戦略最前線:WNBA選手が切り拓く“共感マーケティング” #WNBA vol.2

サムネイル:サブリナ・イオネスク(ニューヨーク・リバティ)提供:AP/アフロ

女子バスケットボールの世界は、一見すると少し分かりにくい構造をしている。

東京五輪で日本代表は銀メダルを獲得した。世界に通用する実力を証明したにもかかわらず、国内リーグの集客規模は男子のBリーグにまだ及ばない。競技レベルと人気が必ずしも比例していないのだ。一方で、バレーボールのように女子の方が高い注目度を獲得している競技もある。この差はどこから生まれるのだろうか。

「競技特性」の一言で片づけることもできる。しかし今、世界に目を向けると状況は大きく変わり始めている。特にアメリカの女子プロバスケットボールリーグWNBAでは、市場規模の拡大とともに、ファッションやSNS、インフルエンサー戦略を取り入れたマーケティング施策が次々と実行されている。競技そのものだけでなく、“選手というブランド”をどう育てるかに重心を置いたアプローチだ。

本稿では、なぜ今、女子バスケ市場が拡大しているのか。そしてWNBAがどのようなプロモーション戦略を打ち出しているのかを紐解きながら、女子バスケを盛り上げるためのヒントを探っていく。人気は「結果」ではなく、「設計」できるのか。WNBAの事例は、その問いに対する一つの答えを示している。

前回記事:
アメリカは女子バスケも最強なのか。「WNBA」とは一体?

関連記事:
なぜ日本の女子バスケは銀メダルを獲得できたのか。そして日本女子バスケの現在地は?【女子バスケの軌跡 Part.2】

なぜ今、女子バスケのマーケティングが注目されているのか

スポーツビジネスの世界で、女子バスケットボール──とくにアメリカの WNBA(Women's National Basketball Association)は近年、これまでにない注目を集めている。リーグ視聴率・観客動員・SNSエンゲージメントはいずれも歴史的高水準に到達し、その結果としてブランド企業のマーケティング投資が急増しているのだ。2024シーズンのスポンサー関連のメディア価値は 1億3600万ドル超(約190億円) に達し、Relo Metricsのレポートでは前年比で大きな伸びを示したという。

この背景にはいくつかの構造的な変化がある。一つは、視聴者とデジタル・エンゲージメントの拡大だ。2024年のレポートでは、SNSの投稿ひとつあたりのブランド価値が他の主要リーグを上回る高い数値を記録しており、同リーグがブランドとファンをつなぐプラットフォームとしても価値を高めていることを示している。

また、女子スポーツ市場そのものに対する企業の関心も高まっている。マーケティングリサーチ会社の調査では、米国のプロ女子スポーツのスポンサーシップ数が前年比で20%超伸び、バスケを含む競技への広告投資が活発化していることが報告されている。

こうした潮流を受けて、WNBAは選手そのものをブランド資産として育てる仕組みづくりにも着手している。リーグと選手会は共同で、オフシーズンでも選手が国内で活動できるよう「Player Marketing Agreement(選手マーケティング契約)」プログラムを導入。選手はリーグ公式のマーケティング活動に参加することで追加収入を得ると同時に、リーグ全体の認知向上にも寄与している。

つまり、プロモーションの中心が単なる広告費の投入から、選手一人ひとりの存在価値の最大化へとシフトしているのだ。これが、今まさに女子バスケのマーケティングが世界的に注目される根幹である。

“Player Marketing Agreement”が変えるWNBA選手の外部展開

WNBAが他リーグと一線を画している点のひとつが、「Player Marketing Agreement(PMA)」の存在だ。これはリーグと選手会(WNBPA)が合意した制度で、選手がリーグの公式マーケティング活動に参加する代わりに追加報酬を受け取る仕組みである。

この制度は2020年の労使協定(CBA)改定で導入された。PMAに選ばれた選手は、リーグ主導のプロモーションイベントやスポンサー案件、メディア露出などに優先的に参加する。従来、多くのWNBA選手はオフシーズンに海外リーグでプレーして収入を補ってきたが、PMAによって国内でブランド活動を行いながら収益を確保する道が拡大した。

実際、AndscapeはPMAについて「選手のブランド価値向上とリーグの可視化を同時に進める仕組み」と報じている。リーグと選手が協働して“スターを育てる”構造が整備されたことは、従来の女子スポーツリーグにはなかった戦略的転換点といえる。
また、2020年の新CBAでは平均年俸の引き上げやマーケティング機会の拡充が盛り込まれ、「選手をリーグの資産として育成する」方針が明確に打ち出された。これは単なる報酬改善ではなく、リーグ全体で選手個人のブランド構築を後押しする制度設計である。

この仕組みによって、WNBAは「競技のリーグ」から「選手ブランドを中心としたメディアプラットフォーム」へと進化しつつある。PMAはその象徴的制度だ。

Coach × WNBA:スポーツとファッションのコラボ最前線

WNBAのマーケティング戦略を語るうえで象徴的な事例が、米国のラグジュアリーブランド Coach とのパートナーシップだ。2023年、CoachはWNBAと複数年契約を締結し、リーグの“公式ハンドバッグパートナー”に就任。単なるスポンサー契約にとどまらず、選手を起点としたファッション発信を本格化させた。

この取り組みの特徴は、「アスリートを広告塔にする」のではなく、選手の個性やストーリーをブランドの文脈に組み込む点にある。Coachはドラフト会場やオールスターなどのイベントで選手にスタイリングを提供し、選手自身のSNSを通じてファッションを発信。競技の外側での露出機会を創出した。

アメリカの『Vogue Business』は、WNBAとファッション業界の接近について「トンネルウォーク(試合会場入りのファッション)がメディア価値を生む新たな接点になっている」と報じている。NBAで広がったカルチャーが、WNBAではより“自己表現”と強く結びつき、ブランドとの親和性を高めているという。また、WNBA選手がファッション業界にとって「本物のロールモデル」であり、Z世代女性との接点を持つ存在だと紹介している。ブランドにとっては単なる視聴者リーチではなく、価値観を共有できるパートナーとして機能する点が重要だ。

この戦略は、従来の“スポーツ×スポンサー露出”とは明確に異なる。試合会場の看板広告ではなく、選手のInstagram投稿やイベント登場がメディア化する。ブランドは広告枠を買うのではなく、選手というインフルエンサー資産に投資する。
実際、マーケティング分析会社Relo Metricsは、WNBAのスポンサー関連メディア価値が2024年に記録的水準へ達したと報告している。ファッションブランドを含むスポンサー露出の大半は、デジタルおよびソーシャル上で生み出されている。
CoachとWNBAの提携は、女子スポーツが「競技」から「カルチャー」へ拡張している象徴的な出来事だ。そこでは勝敗だけでなく、スタイル、自己表現、社会的メッセージが価値を生む。

女子バスケのマーケティングが今注目される理由は、まさにここにある。
競技力ではなく、カルチャー創出力でブランドと結びつく。その最前線に、WNBAとファッション業界の連携がある。

Sophie Cunninghamに見るSNS活用術

WNBAのマーケティング戦略を「制度」や「ブランド連携」ではなく、よりミクロな視点で見ると、そこには“個人メディア化する選手”の存在がある。その好例がSophie Cunningham(ソフィー・カニンガム/インディアナ・フィーバー所属)だ。

Cunninghamはコート上での闘志あふれるプレーだけでなく、InstagramやTikTokを通じた発信でも注目を集めてきた。試合前のファッション、トレーニング風景、仲間との舞台裏、率直なコメント──投稿内容は一貫して“作り込まれすぎていない”。その自然体の表現がファンとの距離を縮めている。
米の各メディアでは、WNBA選手のソーシャルメディア活用について「リーグの成長を後押ししているのは、選手のオーセンティック(本物)な発信だ」と紹介したり、WNBAのスポンサー価値向上の背景として、選手主導のSNSエンゲージメントを挙げたりしている。企業にとっては、単なる試合中継よりも、選手個人の投稿の方が高い反応率を生むケースも少なくない。従来の広告モデルではなく、選手自身の声がブランド価値を生む構造が形成されつつあるのだ。

選手が語る「自分らしさ」を売るプロモーション戦略

近年のスポーツマーケティングにおいてキーワードとなっているのが「オーセンティシティ(Authenticity)」だ。とりわけ女子スポーツでは、社会的テーマや自己表現と結びついた発信が支持を集めやすい。

WNBAはリーグとしても、選手の個性発信を後押ししてきた。社会問題へのスタンス表明や、ジェンダー平等への取り組みなど、選手の言葉がニュースとして扱われる場面も多い。WNBA選手が「単なるアスリートではなく、カルチャーリーダーとしての影響力を持ち始めている」と報じるメディアも散見されるが、ここで重要なのは、“自分らしさ”がマーケティング資産に転換されている点だ。従来のスポンサー契約はイメージ管理が優先されたが、現在はむしろ個性が強いほど価値が高まる傾向にある。

Cunninghamのように、強気なキャラクターを前面に出す選手もいれば、ファッションや社会活動を軸にブランドを築く選手もいる。リーグはその多様性を抑制せず、むしろ拡張している。

 

この投稿をInstagramで見る

 

Sophie Cunningham(@sophie_cham)がシェアした投稿


Instagramで約137万人のフォロワーを持つソフィー・カニンガム

WNBAに学ぶ、女子バスケを盛り上げる3つの戦略

ここまで見てきたように、WNBAの成長は偶発的なブームではない。市場拡大、制度設計、ブランド連携、選手のSNS活用──それぞれが戦略的に組み合わさっている。その構造を整理すると、日本の女子バスケにも応用可能なヒントが浮かび上がる。

①「リーグ主導でスターを育てる」──制度設計型マーケティング

WNBAは2020年のCBA改定により、Player Marketing Agreement(PMA)を導入。リーグが選手のマーケティング活動を支援する制度を整備した。
ESPNはこの新CBAを「女子スポーツ史上、最も進歩的な労使協定の一つ」と報じている。

ここで重要なのは、スター誕生を“偶然”に任せていない点だ。リーグが選手の露出機会を設計し、スポンサーと接続し、メディア露出を後押しする。個人任せではなく、リーグ全体でブランドを育成する構造がある。

②「カルチャーと接続する」──ファッション・社会性との融合

WNBAはスポーツの枠を超え、ファッションや社会的メッセージと積極的に接続している。
たとえば、ラグジュアリーブランドCoachとの提携は、試合会場を“カルチャー発信の場”へと拡張した象徴的な事例だ。

アメリカの各ファッションメディアは、Coachとの提携が決まった際ファッション業界が女子バスケに注目する理由について、「Z世代女性と価値観レベルで接続できる稀有なプラットフォームだからだ」と分析している。つまり、競技の勝敗だけではなく、自己表現や価値観がブランド資産になる時代に入っている。

③「選手をコンテンツ化する」──SNS時代の共感資産形成

WNBAのスポンサー関連メディア価値は2024年に過去最高を記録し、約1億3600万ドルに到達したと前章でも紹介した通りRelo Metricsは報告している。

その大半はデジタルおよびSNS経由で生み出されている。これは、選手の投稿やストーリーが“広告枠”以上の価値を持っていることを意味する。例えばSophie Cunninghamのように、個性を前面に出した発信はファンとの心理的距離を縮め、スポンサーにとっても魅力的な接点となる。

 

この投稿をInstagramで見る

 

A'ja Wilson(@aja22wilson)がシェアした投稿


ATHLETE OF THE YEARに選出されたエイジャ・ウィルソン

まとめ:スポーツ×ブランドの新たな勝ち筋:「共感資産」の形成

WNBAの成長を支えているのは、単なる視聴率の上昇やスポンサー数の増加ではない。その根底にあるのは、「共感」が経済価値へ転換される構造の確立だ。WNBAは、選手を単なる競技者として扱わない。Player Marketing Agreementの導入により、リーグ主導でスターの露出機会を創出し、ブランドと接続する制度を整えた。さらに、ラグジュアリーブランド Coach との提携に象徴されるように、スポーツをファッションやカルチャーと横断させることで、試合会場を文化発信の場へと拡張している。

そこでは広告の“接触回数”よりも、選手個人への感情移入や価値観への共鳴が重視される。たとえば Sophie Cunningham のように、自身の言葉で発信し続ける選手は、ファンとの心理的距離を縮め、その関係性自体がブランド価値となる。米Forbesも、WNBAが競技リーグを超えた「文化的影響力」を持ち始めていると指摘している。

つまり、今の女子バスケに求められているのは、競技力の証明だけではない。選手の物語、自己表現、社会との接点をどう設計し、どう積み重ねていくか。その蓄積こそが「共感資産」となり、スポンサー価値やファンロイヤリティへと転換される。

人気は偶然の産物ではない。共感は、戦略として設計できる。
女子バスケの未来は、勝敗の先にある“物語の設計力”にかかっている。

【参考】
<第一章>
https://forbesjapan.com/articles/detail/92107
https://forbesjapan.com/articles/detail/86288
https://www.mckinsey.com.br/en/industries/technology-media-and-telecommunications/our-insights/closing-the-monetization-gap-in-womens-sports-a-2-point-5-billion-dollar-opportunity
https://press.relometrics.com/wnba-teams-generated-record-136-million-in-sponsor-media-value-for-brands-as-social-media-engagement-soars-according-to-new-report-from-relo-metrics
https://www.advertimes.com/20240418/article457018/

WNBA program grows players’ brands, league’s visibility

<第二章>
https://www.vogue.com/article/the-wnba-fashions-new-brand-building-opportunity
https://www.forbes.com/sites/tianarandall/2025/07/16/beauty-brands-are-investing-in-womens-sports-heres-why/
https://www.businesswire.com/news/home/20241028225142/en/WNBA-Teams-Generated-Record-%24136-Million-in-Sponsor-Media-Value-for-Brands-as-Social-Media-Engagement-Soars-According-to-New-Report-from-Relo-Metrics

<第三章>
https://www.espn.com.au/wnba/story/_/id/47750233/wnba-cba-collective-bargaining-agreement-negotiations-path-deal-compromise