ビジネスとして見るNBA vol.4-1 _ 選手契約にまつわるイロハ

NBAをビジネス視点で深掘りする企画「ビジネスとして見るNBA」。
前回の第3弾は前後編として、NBAに所属するチームが「どのようにお金を使っているか」について紹介した。もっとも、一番多くお金をかけている部分は選手の契約であることは間違いなかったものの、今回の第4弾では選手契約に関する中身に突っ込んでいく。

「サラリーキャップ」は前回記事でも紹介したが、この上限を超えたか超えていないかで判断されることが多い。当然ながら超えていればリーグにラグジュアリータックス(贅沢税)を支払わないといけないが、チームを強くすることはできる。ただ一方で、今年のNBA FINALSに出場していたオクラホマシティ・サンダーとインディアナ・ペイサーズは、どちらもサラリーキャップを超えずにその範囲の中で強いチームを作った。

今回はそのような具体例も織り交ぜながら、選手の契約について見ていこう。

前回記事:
ビジネスとして見るNBA vol.3-2 _ アリーナ建設と赤字チーム-

サラリーキャップ

改めてではあるが、サラリーキャップについて触れておきたい。
前回の記事でも紹介しているため簡潔にまとめるが、要はお金持ち球団がお金の力だけでスーパースターをかき集められないように、リーグの全チームが同じくらいの戦力を揃えられるようにするために設けた選手契約の上限がサラリーキャップである。

額面で言うと2025-26シーズンは「1億5,460万ドル(約226億円)」と決まっている。金額は毎年少しずつ上がっているが、少なくともこの約226億円で14人or15人と契約をしないといけない。もちろん、この契約額を超えて契約しても問題ないのだが、その場合は超過した額面に応じて、リーグに対して違約金(ラグジュアリータックス)を支払う必要がある。
「今年はなんとか優勝したい」と思うチームが短期決戦で直近数年の違約金を払う覚悟で契約を結ぶこともケースとしてはある。

サラリーキャップの中に収めようとした場合、単純計算で15人の選手1人ひとりに15億円ずつ均等に支払いをすれば225億円でクリア。ただNBA選手の年俸の基準で考えると、15億円の選手は正直今後の未来を期待されている若手か中堅の選手かベテランか、くらいのものであろう。誰に・どのくらいお金を使うかが、各チーム1番の腕の見せ所である。

次章では、お金を使ったチームと使わなかったチームについて、それぞれの背景も含めて紹介していく。

一番多くお金を払ったチームと一番少なくお金を払ったチームの比較

2024-25シーズンで、選手契約に一番お金を使ったチームと一番使わなかったチームを比較していこう。先に伝えておくが、どちらのチームも優勝はしていない。一番お金を使ったチームに関してはPLAYOFFSすら出場ができず、一方でお金を使わなかったチームがPLAYOFFSに出場した。

一番多くお金を払ったチーム:フェニックス・サンズ

サンズは選手契約に319億円(2億1,634万ドル)を使っていた。
これはサラリーキャップの226億円はもちろん、ラグジュアリータックス課税対象となる273億円も突破して、確実にラグジュアリータックスを支払うことが最初からわかっていた。結果的に、選手契約の319億円+ラグジュアリータックスの224億円(約1億5,200万ドル)で合計約543億円(約3億6,600万ドル)を支払ったため、NBAの歴史の中でも過去最高に選手にお金を使ったこととなった。そんなサンズのロスターをまずは見ていこう。また、細かな専門用語に関しては、本記事の後半で解説する。

選手名 年俸 契約概要
Bradley Beal $53.67M 5年契約、2026‑27年に選手オプションあり
Devin Booker $53.14M 延長含む契約(Bird Rights付き)
Kevin Durant $51.18M 4年契約(Bird Rights付き)
Dillon Brooks $21.12M 4年契約(Bird Rights付き)
Grayson Allen $16.87M 4年/$70Mの延長契約(Bird Rights付き)
Royce O'Neale $10.12M 4年/約$44M契約(2026‑27まで)(Bird Rights付き)
Mark Williams $6.27M ルーキー契約1年目(2023年ドラフト)
Khaman Maluach $6.01M ルーキー契約
Nick Richards $5.00M 1年契約
Ryan Dunn $2.66M 成績条項込の契約
Jordan Goodwin $2.35M 1年契約
Oso Ighodaro $1.95M 2nd ROUNDルーキー契約
E.J. Liddell $0.707M 部分保証/ミニマム契約
Nassir Little $3.11M 4年契約(Bird Rights付き)

ブラッドリー・ビール、デビン・ブッカー、ケヴィン・デュラントのスター3人で、すでに$150M以上(約221億円)を超えているため、ほぼこの3人でサラリーキャップはいっぱいである。NBAは最低給料の約2億円だから、非現実的だが残り12人に全員最低給料の2億円ずつ支払って合計24億円。こうすれば、3人の給料と合わせてもラグジュアリータックスを払う必要はなくなる。

そもそもこの3人のスーパースターを獲得した時点で、そのチームがサラリーキャップのことをきにすることはほぼない。ましてやサンズは優勝するつもりだった。2023年に新オーナーとして就任したマット・イシュビアは簡単に言うと「金は出すから今すぐ勝て」という方針だったことも大きい。そういったチームの方針だったから、過去最高の支払額になったのだ。

ただ皮肉なもので、サンズは2023年にマットが来て、スーパースター3人を揃えたというもの「全てを賭けた優勝狙い」は2年連続で完全失敗。2023-24シーズンは、PLAYOFFSの1回戦でミネソタ・ティンバーウルブスに0勝4敗。2024-25シーズンはPLAYOFFSにすら出場ができなかった。高額サラリーとタックスを払いながら結果を出せなかったため、各メディアからは「史上最大級の投資失敗」という批判を浴びてしまった。また2年連続の失敗であることや高齢化のこともあり、BIG3とも言われたスター集団はあっけなく今年のオフに解体。デュラントはロケッツへ。ビールはバイアウトでクリッパーズへ移籍し、一方で地元のスターでもあるデビン・ブッカーとは大型契約を結び直した。今後はブッカーを中心としたチーム作りをしていくことを明言しているが、直近2年間のようなラグジュアリータックスをたっぷり支払うようなチーム作りは、もうしばらくしないであろう。

一番少なくお金を払ったチーム:デトロイト・ピストンズ

ピストンズはサラリーキャップを下回るミニマムラインのギリギリである208億円(約1億4,000万ドル)でチームを構成した。チームによっては、上手く戦力補強ができなかった場合「今年は優勝は諦めるか」というスタンスを取る(NBAではこのスタンスを「タンク」とも言う)チームもあるが、ピストンズの場合はシーズン開始前に新しく就任した新GMのトラジェン・ラングドン氏が「支出を抑えて若手育成+再建」という方針を掲げたことによって、過剰な投資をせずに若手たちの活躍をじっくり見守った。それが功を奏して成績に繋がったのかもしれない。

選手名 年俸 契約概要
Tobias Harris $25.4M 2年/$52M(2024–25初年)
Tim Hardaway Jr. $16.2M 1年契約(2024–25のみ)
Isaiah Stewart $15.0M 4年延長契約/$15M
Cade Cunningham $13.9M 5年延長契約総額約$224 Mの初年
Dennis Schröder $13.0M トレード加入、3年契約/$39M規模
Ausar Thompson $8.38M ルーキースケール(4年契約)
Ron Holland II $8.25M ルーキースケール(4年契約)
Jaden Ivey $7.98M ルーキースケール(4年契約)
Simone Fontecchio $7.69M 2年/$16M契約
Malik Beasley $6.00M 1年契約(2024–25)
Jalen Duren $4.54M ルーキースケール(4年契約)
Marcus Sasser $2.76M ルーキースケール(4年契約)
Lindy Waters III $2.20M ベテラン最小契約(1年)
Paul Reed $1.43M 2年/$11M(2024–25: 最小)
Bobi Klintman $1.26M 4年契約(2ndラウンド指名)

ピストンズの場合は若手育成に加えて再建もテーマにあったため、元々長くチームにいたトバイアス・ハリスと再び契約を結ぶことになる。彼は中堅の選手であるがスーパースター的な活躍ができる選手でもある。実はこのハリスが去年のピストンズの中では年俸が一番高く「約37.5億円(約2億5,400万ドル」。先ほどのサンズのスーパースター3人がそれぞれ70億円超えだったことを見ると小さく見えるかもしれないが、チームにとってはハリスが必要だったのだ。そして1番のスーパースターとして期待がかかるケイドは、ルーキー契約を終えてようやく今年から自由契約になったが、それでもそこまで大きな金額ではない。

このようにミニマムな契約でじっくりと若手の成長を見ようとしたが、スーパースターであるケイド・カニングハムを中心とした若手選手たちの勢いが凄まじく、結果的には44勝38敗で第6シードからPLAYOFFSに進出した。第6シードは、その前のPLAY-INトーナメントに出場することなく、いきなり本戦から出場できる枠のため、ピストンズに取ってはある種の快挙とも言える形だった。加えて1回戦の相手にもなったニューヨーク・ニックス相手に勝利を収めたが、これがチームにとっては実に17年ぶりのPLAYOFFSでの勝利となり、街は大いに盛り上がった。リーグで最も安い支出ながらPLAYOFFSに復帰するという「コスパ再建」に成功しつつあることで、各メディアからも非常に注目を集めている。

非常に若く勢いのあるチームを再び応援する人も多く、おそらくピストンズは今年上手くいっただけに、もう数年は若手の成長を見守りつつ必要に応じた補強を続けていくはず。ケイドと共に、若手選手たちがかつてのバッドボーイズの姿を取り戻せるか注目だ。

次の章からは細かい契約の話になるが、そもそもサンズを例にすると「3人で超大型契約をする時点で、サラリーキャップの意味を成してない」と思うかたもいるだろうし、新人契約やバイアウトなどの意味がわからない方も少なくないだろう。そういった部分を解説していく。

サラリーキャップの抜け道

サンズを例にすると、そもそも3人で221億円という大型契約を結ぶことができる時点で、サラリーキャップという制度に疑問を持つ方も少なくないだろう。サラリーキャップはNBAの戦力の均衡を保つために実装されている制度であるからだ。
サンズの場合はサラリーキャップにある抜け道を上手く活用したことによって、これだけの超大型契約を結ぶことができたが、以下で紹介していく。

サラリーキャップを超えて契約する場合の条件

キャップ以下 自由契約+MLE+BAE
ソフトキャップ超過 Bird系・MLE(フル)・BAE・Trade Exception
第1エプロン超過 Bird系・MLE(制限付き)・Trade Exception(制限あり)
第2エプロン超過 Bird系・最低年俸契約・一部トレードのみ(超制限状態)

(※1)MLE=ミッドレベル例外:FA選手の獲得(状況によって変動)
(※2)BAL=バイアニュアル例外:FA選手の獲得(2年に一度だけ使用可。最大約$4.7M/2年の契約が結べる)
(※3)Bird系=通称「バード・ライツ」:自チームの選手との再契約に使うことができる権利

そもそも「エプロン」とは、サラリーキャップを超えた後のラグジュアリータックスのボーダーラインのこと。第1エプロンだとまだ軽めの制限だが、第2エプロンだとほぼ補強手段がなくなる。このようにしてNBAはチームの契約に制限をかけていたが、サンズの場合はこのセカンド・エプロンを突破して契約を結んだため、工夫して例外の契約などを結ぶことは全くできなかった。サンズが使い倒した契約内容は、以下の通りである。

Bird権 ブッカー、エイトン 核の維持に不可欠
トレード KD、ビール 大型契約を直接引き受け
MLE 最初の年のみ使用可 以降はCBAにより使用不可に
ベテランミニマム ゴードン、渡邊雄太など 第2エプロン超過でも可能な補強策
トレード例外 活用余地なし キャップの余白が無いため意味薄

▼セカンド・エプロン突破による制限は以下の通り

MLE使用不可 FA補強できない
サイン&トレード受入不可 戦力補充トレードが不可能
トレードでの差額吸収不可 「複数選手⇔1人」のトレード不可
キャッシュ付きトレード不可 他チームに金銭援助できない
7年超ドラフト指名凍結 指名権送出制限

上記の通り、なんとかギリギリで例外契約を使い倒したものの、蓋を開ければお金で解決するか、選手を放出する以外に方法はない状態になってしまっていた。さらに、そこまで色々頑張ったけども結果が出なかったため、今年のオフに選手を放出して体制縮小に舵を切っている。決して良い判断とは言い切れないが、そこまでして優勝をしたかったサンズの行動力とアイデアを出せる頭の柔らかさには脱帽である。

ルーキー契約とデリック・ローズルール

一方のピストンズの場合、ルーキースケールの選手が5名もロスターに入っていた。ルーキー指名順によって契約金額が分かれているが、比較的安価であることは間違いない。ちなみに、そもそも新人選手との契約に使って良いとされるルールもある。

契約期間 基本4年間(2+1+1)構成:最初の2年は保証、3・4年目はチームオプション(球団側に選択権)
年俸 ドラフト順位ごとに スケール(目安金額) が定められており、契約額の上下は最大120%〜80%の範囲内で交渉可能
再契約のタイミング 4年目終了後に制限付きFA(RFA)となり、所属チームが他球団のオファーにマッチできる優先権を持つ
延長契約 4年目の前にルーキー延長契約(最大5年の大型契約)を結ぶことができる(例:ケイド・カニングハム)

今年の場合はクーパー・フラッグがドラフト1位で1年目にも関わらず約$13.8M(約21億円)の契約を結んだが、これはあくまでドラフト1位だから起きたこと。例えばドラフト10位の選手であれば約$6M(約9億円)。このように、ルーキーの中でもお手頃価格の選手を見つけられるかが、チームのGMの腕の見せ所ではある。安い金額で活躍してくれる選手ほど嬉しいものはないのだから。一方で、安い金額でとんでもない活躍をしてしまったことから「ローズ・ルール」と名付けられたその制度についても紹介していこう。

ローズ・ルールとは

2008年にNBA入りしてからわずか3年目の2010-11シーズンにNBAのシーズンMVPを受賞してしまったデリック・ローズが由来。彼は若干22歳でMVPを受賞。この年齢はリーグ史上最年少での受賞と記録されたが、ローズがMVPを取った年はまだ彼が3年目ということもあり、ルーキー契約の真っ只中であった(約$5M(約8.5億円))。
「MVPの選手がこんなにやすくて良いはずがない!」と多くの人が声を上げた結果、2011年のオフに「若いスターが早く正当な報酬を得られるようにする」ことを目的として、「ローズ・ルール」が制定された。

「ローズ・ルール」は簡単に言うと、ルーキー延長契約時に、サラリーキャップの最大30%の年俸を得られる制度のこと。サラリーキャップが90億円なら30億円もらえるといったイメージで間違いない。
ローズ・ルールの条件は、「MVP受賞(ルーキー契約中に1回)」「オールNBAチーム入り(ルーキー契約中に2回)」「NBAオールディフェンシブファーストチーム or オールスター先発(ルーキー契約中に2回)」の、いずれかを満たすことで条件クリアとなる。これを満たしローズルールによって高額な年俸を受け取ることが、今の新人選手たちのモチベーションになっていると言っても過言ではないだろう。

一部の例外について

マニアックな内容ではあるが、このようにしてNBAの選手との契約はさまざまな制限の中で上手く工夫をしながら取り交わされている。他にも細かいルールは多くあるため、ざっくりと以下にまとめて、この記事を締めくくりたい。次回後編では、このざっくりまとめた記事についてより詳しく紹介していく。

マックス契約とスーパーマックス契約の違い

マックス契約 スーパーマックス契約
対象選手 多くのスター選手や重要選手 オールNBA、MVP経験者などエリートのみ
支払額の上限 NBAのキャップと例外ルールに基づく マックスより約30%高い年俸
契約期間 4年(5年目オプションも多い) 5年(最終年はプレイヤーオプション)
目的 チームの主力確保 チームのトップスターの囲い込み

 

2WAY(ツーウェイ)とエグジビット10

契約名 目的 主な特徴 年俸の目安
2WAY契約 NBAとGリーグの兼任選手確保 NBA出場45日まで、Gリーグ中心 約50万〜80万ドル
Exhibit 10契約 トレーニングキャンプ用、Gリーグ誘導 解雇時Gリーグ加入でボーナス最大5万ドル支給 NBA最低年俸に近い(約100万ドル以下)

プレイヤーオプションとバイアウト

項目 意味 主な特徴 主な利害関係者
プレイヤーオプション 選手が契約継続を選べる権利 選手に有利、契約延長かFA移行か選択可能 選手
バイアウト 選手とチームが契約を合意解除、解約金支払いで終了 チーム・選手双方が合意、自由移籍が可能 チーム・選手双方