ビジネスとして見るNBA vol.3-2 _ アリーナ建設と赤字チーム

NBAをビジネス視点で深掘りする企画「ビジネスとして見るNBA」。
第3弾の前編では、NBAのチームが、新規参入する際の加盟金、選手契約とサラリーキャップ、また遠征費について紹介した。サラリーキャップは、なるべく全ての試合が拮抗するように設定された契約金額の上限のことを指しているが、上限を超えて贅沢税を払ってでも優勝を見据えた選手編成をするチームが少なくない。
今回の後編では、捉え方次第では選手よりも大切なアリーナの運営費やスタッフの人件費、プロモーション費用の3つについて細かく見ていこう。またシビアだが本記事の最後には、総集編として黒字チームと赤字チームについても触れていく。近年は日本でもアリーナ建設が非常に進んでいるが、お金さえあれば建てることは簡単なのである。大切なのは、建てたアリーナをどう運営していくか、なのだ。

前回記事:
ビジネスとして見るNBA vol.3 -リーグの支出-

前回の振り返り

振り返りの意味も込めて、改めて「チームの支出」は以下の通りである。

内訳

放映権 年間約210億円(推定最大値)
スポンサー 不明(ウォリアーズと楽天の20億円などから察するに100億円前後)
マーチャン 年間約333億円(推定平均値)
チケット 年間約82億円(推定平均値)
合計 概算500億円前後の収入(チームによる)

 

チームの支出の概要

1 リーグへの加盟金
2 選手の年俸(サラリーキャップ・ラグジュアリータックス)
3 選手の移動・宿泊費
4 ホームアリーナの運営費
5 コーチやスタッフ、フロントスタッフなどの人件費
6 プロモーション費用

前半のまとめ/チームの支出

加盟金(加盟時のみの1度だけ) 約60億ドル(約8兆7,000億円)になると予想
サラリーキャップ(毎年) 約226億円
遠征費(毎年) 約8億円
※(収入)リーグからの遠征の日当 約7,500万円
合計 約234億円の支出(加盟金を除く)

今回は「4〜6」について触れていくが、仮にチームの収入が500億円とした場合、すでに約234億円の支出が出ているため、残りは266億円となる。

【後編】チームの支出

4:ホームアリーナの運営費

まず運営について語る前に、アリーナの建設費について話をしたい。
当然建物であるため、使えば使うほど老朽化が進むわけだが、NBAほどのアリーナを建て替えるもしくは新設する場合は、莫大なお金が必要になる。
当然、これはNBAに限った話ではなく、日本においても新しくアリーナやビルなどを建設する際は非常に大きなお金が動く。このアリーナの建設方法は、世界共通で概ね以下の4つの方法がある。

アリーナの建設・運営方法

1 民設民営 民間企業や民間のチームなどが、自分たちでお金を出して建設し、建設後も自分たちで運営をする。自由度が高い一方で売れても売れなくても自分たちの責任。
2 公設公営 国や市、州、あるいは自治体などが、公共施設として建設し公共施設として運営する。簡単に言うと「税金で作って税金で運営する」ため、何よりも公共性が重視される。
3 公設民営 国や市、州あるいは自治体などがお金を出して建設するものの、建設後の運営は民間企業に委託するもの。双方のノウハウが融合して良いものを作れるが、公共性と利益のバランスが重要。
4 民設公営 非常にレアケース。民間企業が建設して、国や自治体などが運営権を購入して運用する。

 

NBAのような夢のアリーナとして、公設民営で建設された沖縄アリーナ

NBAの場合は「1・民設民営」が近年は増加しているが、これは儲かっているNBAチームであることが前提。「より自由度高く設計をし、自分たちが理想とするアリーナを作りたい」という思いがあり建設に踏み切っている。ただ、建設費用は非常に高い。
参考までに、以下の表を見てほしい。

設立年 建設方法 チーム名/場所/施設名 建設費用概算 収容人数
2019年 民設民営 ゴールデンステイト・ウォリアーズ
サンフランシスコ
「チェイス・センター」
14億ドル
(約2,000億円)
約19,000人
(スイートなど含む)
2018 公設民営 ミルウォーキー・バックス
ミルウォーキー
「ファイサーブ・フォーラム」
5億ドル
(約735億円)
約18,000人

ゴールデンステイト・ウォリアーズは、2019年に約19,000人収容できる「チェイス・センター」を「民設民営」で新たに建設したが、この費用は約14億ドル(約2,000億円)かかっている。ウォリアーズの本拠地はサンフランシスコだが、サンフランシスコという土地だから、これだけの金額になっていることも一部考えられる。実際、ミルウォーキー・バックスが2018年に18,000人収容できる「ファイサーブ・フォーラム」というアリーナを「公設民営」で建設したが、約5億ドルほど(約735億円)。収容人数に大きな違いはないが、建設費用がここまで違うのは、ウォリアーズが自分たちのやりたいことを実現するために作っているからである。当然良い悪いの話ではない。バックスのファイサーブ・フォーラムも素晴らしいアリーナである。

ただ、どうしても近年はこのように「自分たちで1から作りたい」というニーズが高まっているため民設民営のアリーナが増えつつあるが、それでもまだほとんどのNBAのアリーナが「3・公設民営」である。

チェイス・センターのこけら落としの日のNBAの投稿

そもそも、NBAのアリーナはNBAの試合がある時だけ稼働しているわけではない。NBAのシーズンは10月から7月であり、またホームゲームが行われるのはPLAYOFFSを除いてたったの41回しかないため、前日練習を入れて倍だとしても、残りの約250日は毎日何かしら動かして行かないとマネタイズは難しい。

具体的に、NBAの試合がないときはアーティストのコンサートをしたり、何かしらのイベントを行っていたり、あるいは施設を開放してアリーナツアーなどを行っている。そもそもチェイスセンター内には人気の飲食店も多く並んでいるため、試合がない日でも「チェイスセンターにご飯を食べに行く」ことが普通にある。このように「常にお客さんが入る状態」を作っている。

ただし、アリーナの運営は「家」と同じで以下の維持・管理にお金がかかる。

維持管理項目
1 施設自体の維持管理、修繕費
2 公共料金(水道、電気、ガス)
3 清掃、衛生管理費用
4 セキュリティ、警備員人件費
5 設備の保守点検、駐車場の管理など

NBAの全てのチームがこの「アリーナ運営維持費」に関しては公にしていないが、概ねこれらにかかるお金は「数千万ドル規模(仮に1,000万ドルだとしても日本円で約15億円)」と予想されている。よって、少なくとも15億円の支出があるとするならば、15億円以上はアリーナを動かして稼がないといけない。

1つの例として、特例ではあるがチェイス・センターを挙げる。チェイスセンターはなんと年間約9億ドル(約1,300億円)の売上があると言われている。
よって、数千万ドルの運営維持費は問題なく支払いつつ建設費のローンを多めに支払っているであろう。多大な利益を生んでいるアリーナであることは間違いないが、参考までにチェイス・センターの売上の内訳は以下の通り。

チェイス・センターの売上の内訳

命名権収入 JPMorgan Chaseが20年間で約3億ドル(年間約1,500万ドル/約22億円)
スポンサーシップ契約 Adobe、Oracle、Google Cloudなどから年間約1億ドル(約140億円)
チケット販売 600ドル(平均チケット単価) x 16,500人(平均入場者数) x 41回(ホームゲームの回数)
=約4億ドル(約6,594億円)
スイート席とプレミアムシート 年間契約が前提。グレードがあるが高い順でAは30席で約4,100万ドル/Bは約40席で4,400万ドル/Cが60席で2,100万ドル
=計1億ドル(約140億円)(※1)
コンサート・イベント収益 ウォリアーズの試合以外で50〜80回ほどイベントが開催されており、アリーナの収入は推定で「約3億ドル(約538億円)」と言われている。(※2)

5については、ウォリアーズの試合以外にもコンサートやイベントが開催されている際の収入を指す。NCAA(アメリカの大学バスケ)の大会や、女子のWNBAの試合、またアーティストのライブなどが行われる。ちなみに7月末にはレディー・ガガのライブがチェイス・センターで3日間行われる。

これだけ儲かっているアリーナも珍しいが、このようにしてNBAのアリーナは、NBAの試合だけではなく様々な用途で活用されている。

チェイス・センターのXにて、レディー・ガガのコンサートの告知

5:コーチやスタッフ、フロントオフィスなどの人件費

前回の記事では「選手」の年俸について紹介したが、当然ながら選手だけでチームが回っているわけではない。ここではコーチやフロントなどの人件費について紹介していく。

チームの職種と平均年俸の一覧

職種 年俸
ヘッドコーチ 平均約500万ドル(約7億円)
アシスタントコーチ 平均約100万ドル(約1.5億円)
GM 平均約300万ドル(約4億円)

▼以下、職種によるが総勢80名程度は在籍

アナリティクス担当 平均12万ドル(約1,700万円)
スカウト 平均7万ドル(約1,000万円)
トレーナー 平均9万ドル(約1,300万円)
一般社員 (職種にもよるが)平均10万ドル(約1,400万円)

ヘッドコーチは1名、アシスタントコーチは2〜4名体制が平均的。トレーナーは10名前後でスカウトやアナリティクス担当、GMなどで40人前後。そこに営業やPR、財務担当など数十名規模でいるため、基本的に1つのチームに大して100名程度は在籍している。

よって、概ねチームの年間人件費は、上記を合計して「約1,200万ドル(約18億円)」がかかっている。当然、上記は全て中央値を取っているため、チームによって上下はある。ただ、年間20億円弱は人件費に使っていると見込んで間違い無いだろう。

ウォリアーズのHCのスティーブ・カーの方が、選手よりも年俸が高いとメディアから煽られたシーン

6:プロモーション費用

NBAのプロモーションは、概ね以下4つをどのチームも実施している。

プロモーション内容
1 SNSや動画広告などのデジタルマーケティング
2 試合前後、試合中の演出、ハーフタイムショーのゲストの出演費
3 地域イベントやチャリティ活動などのコミュニティ活動
4 ファンフェスティバルやアリーナツアーなどのファンサービス

4は時に選手を稼働させることもあるが、基本的にはアリーナ内で行われることが多いため、そこまで大きな支出ではない。どのチームも1〜3にお金を使っている。試合があることを告知し来場してもらい、来場してもらったファンに楽しんでもらい、また来たいと思ってもらえないといけないからだ。

ただし、予算の規模はチームによって全然異なる。
ウォリアーズのように資金が潤沢にあるチームでは、年間約2,000万ドル(約30億円)をプロモーション費用に使っているし、一方予算のないチームは約500万ドル(約7億円)前後を、上手くやりくりしているという。
お金のあるなしに関わらずNBAのチームのプロモーションの主流は2つ。
1つは空中戦としてSNSなどを使って広げ、もう1つは地上戦として地域に実際に足を運んでファンエンゲージメントを高めるというもの。単にお金を使えば良いというわけではなく、お金を使って何をするかが大事である領域である。結果的に「派手」や「地味」など評価されてしまうことはあるが、それでもチームは限られた予算の中で全力投球しているに違いない。

NBA 75周年のプロモーションビデオ。この動画のように、NBAチーム単体のプロモーションもあればリーグ全体のプロモーションなどもある。

前後編まとめ

一度、4〜6の支出について整理しよう。

支出の項目 支出金額
4 ホームアリーナの運営費(建設費のローンを除く) 数千万ドル規模(仮に1,000万ドルだとしても日本円で約15億円)
5 コーチやスタッフ、フロントスタッフなどの人件費 概ね約1,200万ドル(約18億円)
6 プロモーション費用 中央値で1,000万ドル程度(約15億円)

 

1〜6のまとめ/チームの支出

支出の項目 支出金額
1 加盟金(加盟時のみの1度だけ) 今後は約60億ドル(約8兆7,000億円)になると予想
2 サラリーキャップ(毎年) 約226億円
3 遠征費(毎年) 約8億円
4 ホームアリーナの運営費 約15億円
5 スタッフ人件費 約18億円
6 プロモーション費用 約15億円
合計 約282億円(加盟金を除く)

※ほか、サラリーキャップを超えた分のラグジュアリータックスや、アリーナ建設にかかった費用のローン支払いなどの支出がある

例えばウォリアーズは、上記282億円の支払いに加えて、チェイスセンターの建設費の約2,000億円をローンでコツコツ返済しつつ、サラリーキャップの超過分で約300億円をリーグに支払っている。過去NBAからのリリースで「2021-22シーズンのウォリアーズは、リーグ史上最高の収益 (7億6500万ドル=約1,110億円)を記録した」とあったため、他のチームに比べると支出額が多くとも支払えてしまうとは思うが、それはウォリアーズだからできること。

以前の記事でも伝えた通り、各チームは低く見積もっても500億円の収入があると予想されているため、282億円の支出を経て残り218億円を、同じくアリーナのローンやラグジュアリータックスなどに支払ったりしていると、あっという間にお金が無くなってしまうことも安易に想像できる。

NBAチームで一番お金がかかるのはどうしても選手契約であるから、なるべくお金のないチームはここを節約しないといけないが、それで勝てないとファンはどんどん離れていってしまう。その塩梅が非常に難しい。だからこそ、これだけのビッグビジネスであるNBAでも、実はまだ赤字のチームはあるのだ。

【番外編】黒字チーム・赤字チーム

今年はまだ出ていないため2023-24シーズンで見ていくが、残念ながらその時点で赤字のチームはたった2つしかない。NBAは全30チームあるが、27チームは数千から億単位(ドル)の黒字になっている。ちなみに、あと1つフェニックス・サンズはNBA史上最高額となる支出額(4億ドル超/約580億円以上)があったにも関わらず、最終的には±0だった。
最後に簡単に、この赤字の2チームについて紹介する。(※3)

ロサンゼルス・クリッパーズ:赤字額・約1億1,000万ドル(約164億円)

2024-25シーズンから新アリーナとして使われている「Intuit Dome(イントゥイット・ドーム)」の大規模初期投資と、ジェイムズ・ハーデンとカワイ・レナードという超スーパースター2人の高額年俸から発生した約1億1,400万ドル(約170億円)のラグジュアリータックスによって赤字に。

ただしクリッパーズの場合は「アリーナ建設に対して大規模な初期投資をしたこととラグジュアリータックスが重なったことで赤字になってしまった」という考え方。オーナーのスティーブ・バルマー氏は元マイクロソフトのCEOであり、当時の株式や資金運用によって資産が約1,000億ドル(約15兆円)はあると言われるほどの大富豪である。彼がオーナーであることも背景に、この年の赤字は戦略的赤字であることから、NBAはそこまでクリッパーズに対して心配はしていない。

2024-25シーズンから新アリーナとして使われている「Intuit Dome(イントゥイット・ドーム)」

ミルウォーキー・バックス:赤字額・約1,000万ドル(約16億円)

記事の冒頭にも、バックスが2018年に「ファイサーブ・フォーラム」という新アリーナを公設民営で5億ドル(約735億円)で建設したと伝えたが、実はこの建設費用は、ウィスコンシン州とミルウォーキーしの税収を活用して約3億ドル以上を賄ったものの、残りの約2億ドルはバックスが負担した。この2億ドル(約300億円)は現在もローンで支払っているとされている。

そもそもだが、ミルウォーキーという都市は人口60万人規模で、日本で言うと埼玉県のさいたま市の半分ほど。スモールマーケットではあるものの、MLBとNBAの2チームを持つスポーツ都市であり、古くからスポーツが根付いている街であることは間違いない。
ただ、どうしてもスモールマーケットだから不利なことはある。ニューヨークやロサンゼルスに比べると、スポンサーや放映権収入はどうしても限界が見えていて、どうしても大都市と比較してしまうと売上規模も小さくなってしまう。そんな中でバックスは、昨年までNBAのスーパースターのヤニス・アデトクンボとダミアン・リラードの2名の超高額契約を結んでいたことと、ラグジュアリータックスが約1億8,000億ドル(約266億円)を支払うことになった。当初は赤字覚悟で優勝を狙っていたが叶わず、結果的に大怪我をして来シーズン試合に出場ができないリラードを解雇して選手再編を進めている。
まだ黒字転換できるほどの編成にはなっていないが、バックスは投資家や元選手などの4名を中心とした共同オーナーグループ(※4)がオーナー権を持っている。よって、資金面で苦労しているわけではなく、クリッパーズ同様に戦略的赤字であるとも言える。

NBAに激震が走った、リラード解雇のニュース

チームの支出について、また赤字チームについて今回は紹介したが、支出の多くはアリーナもしくは選手契約であることが理解できたはずである。次回は、そんな選手契約について、さらに突っ込んで紹介していく。

前回記事:
ビジネスとして見るNBA vol.3 -リーグの支出-

(※1)
A:コートサイドラウンジスイート/最高クラス。コート目の前の専用ラウンジでコンシェルジュ付き。高級な食事と飲み物が提供される。圧倒的ラグジュアリーな空間
B:ミッドレベルスイート/Aには劣るが個室タイプのスイート。企業接待などによく使われる。中層階でコート全体が見渡せる。
C:シアターボックス/上層階にある個室感覚のボックス席。スイートの中では一番カジュアルな場所。ファンのグループ観戦などで人気がある。

(※2)https://www.sportsbusinessjournal.com/Articles/2024/10/28/chase-center-sf-economic-growth/?utm_source=chatgpt.com

(※3)https://basketnews.com/news-219718-2-nba-franchises-lost-money-during-last-season.html?utm_source=chatgpt.com

(※4)ミルウォーキー・バックスの共同オーナーグループは、以下4名。
▪️ウェス・エデンズ:イギリス・プレミアリーグのアストン・ヴィラFCの共同オーナー
▪️ジミー・ハスラム:NFLのクリーブランド・ブラウンズのオーナー
▪️ジェイミー・ディナン:ヘッジファンド「York Capital Management」の元CEO
▪️ジュニア・ブリッジマン:元バックスの選手であり、引退後は実業家として活動