
(Photo by bee32)
甲子園には魔物が棲むーー。野球ファンなら誰しも知っている言葉である。好投を続けていたピッチャーが9回から大きく崩れたり、無名の弱小校が強豪校をあっさりと打ち破ったり…。そんな“原因不明”で“理解不能”な展開が起きると「魔物」の仕業であるとされるのだ。
だが、確実に魔物は存在する。過去に甲子園のマウンドに立った筆者だから分かる。
今年の甲子園でも“魔物の一端”を垣間見た瞬間があった。
(Photo by gyro)
その日は序盤から長打が飛び出す展開で長時間の試合となった。中盤以降も両チームにチャンスが訪れ、試合は2時間半を越える長丁場を迎えていた。
甲子園の場合、プロ野球とは異なり、1日3,4試合が予定されている。1つの試合が長引けば、次の試合が遅れてしまう。必然的に審判員は試合を早く終わらせようと考える。
とはいえ、試合を早く終わらせるのは難しい。当たり前だが、2アウトでチェンジにするわけにはいかない。すると試合の端々で急ピッチに展開が進んでいくことになる。
例えばランナーがいない場合に行う、アウトを取ったあとのボール回しが認められくなることがある。野球では、ピッチャーとキャッチャー以外、ボールに触れる時間が少ない。そのため、他の選手たちは体をほぐしたり、リズムを作ったりするためにボール回しをルーティンのように行うのが一般的だが、これが認められなくなる。
それだけではない。審判からの掛け声も変わるのだ。甲子園球場に足を運んだことのある読者なら分かると思うが、交代のたびに審判からそれぞれベンチに声を掛けられる。それが「急ピッチの試合」になると審判から急かされるように守備位置につくことになる。それまで、毎回チェンジのたびに「元気よく行こう!」などと声を掛けられていたのが、一転して「急いで急いで!」と言われてしまうことがある。
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さらに極めつけがストライクゾーンの拡大だ。試合を早く進めるためにボール半個から1個分、ストライクゾーンが拡大するのだ。雨が降ろうものならさらに広がることがある。私も現役時代、「謎のストライクゾーンの拡大」に悩まされた。選手たちは明確に感じており、「試合、終わらせにかかってるな。ギリのところは振っていくしかない」と選手同士で耳打ちしあったものだ。
(Photo by pkripper503)
だが、今年の甲子園では代打で登場した選手がその餌食になってしまった。ストライクゾーンの拡大も、スタメンで数打席を経ている選手であれば、比較的簡単に気付くことはできる。だが、代打ではそうはいかない。ボールを見極めて見逃したボールが本来のストライクゾーンから外れているにも関わらず、見逃し三振の宣告を受けてしまったのだ。まして、その選手は、負けているチームの終盤に出てきた代打である。もしかすると彼の現役最後のプレーであるかもしれないのに…と考えると少し残酷な気もする。
「魔物」の手管の一つひとつはささいなことかもしれない。だが、球児たちはプロのアスリートではない。ましてや負けたら終わりの大舞台に立ち、大観衆に囲まれているのだ。「何かいつもと違う」と感じるだけでも高校生のメンタルを乱すのは十分なのかもしれない。パンパンに張り詰めた風船のような精神が破裂しそうになる瞬間、魔物は鋭く牙を剥くのだ。
(Photo by Baseball field)
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