
天理の長身エースが“たった2球種”で星稜に挑んだ意義。全国舞台で掴んだ自信「もっと打者を抑えられる投手に」
真逆のピッチングスタイルを持つ右腕による投手戦だった。名門校対決となった選抜高校野球大会の第4日目に行なわれた第2試合は、延長戦の末に、星稜が5-4で天理を下した。
星稜のエース、マーガード真偉輝キアンがスラッターを軸にしつつ、多彩な変化球で投球を組み立てたのに対し、天理のエース南澤佑音はたった2つの球種で勝負するスタイルで投げ合った。
どちらも、超高校級というレベルではなかったものの、長く時間をかければモノになりそうな投手同士だけに、その投げ合いは印象に残った。
「カットボールが武器だとは聞いていて、対策は練っていたんですけども、打席に立ってみるとバットに当てさせてもらえないぐらいの素晴らしいボールだった。このまま完封で負けるのかなと思うほどでした。バットに当たらない試合は新チームからあまりなかったんですが、もう脱帽です」
天理の中村良二監督がそう振り返ったのはマーガードの変化球のレベルの高さだ。53歳の指揮官は「カットボール」と表現したが、スライダーとカットを混ぜ合わせたようなボールの攻略に苦労した様だ。
一方の南澤は、188センチの長身ながら腕をやや下げたフォームでぐいぐいと攻めた。球種はストレートとスライダーしかない。だが、それをインコースへ投じる攻めのスタイルで、星稜打線に的を絞らせなかった。
試合は、まさに一進一退の攻防だった。4回表に犠牲フライで1点を先制した星稜が、8回に失策のランナーを3番の斉賀壱成の適時二塁打で返して1点を加点。だが、その裏、天理は先頭打者の四球からバント処理ミスで無死2、3塁の好機を掴むと9番の重桝春樹が放った適時二塁打で同点に追いついた。
星稜は、ここで投手をマーガードから2年生右腕の武内涼太にスイッチ。彼もまた、フォークなど変化球を多彩に操る使い手らしく天理打線を翻弄。追加点を許さなかった。
延長10回表に、星稜が犠牲フライで1点を勝ち越したが、その裏の天理は2死1、2塁から4番・内藤大翔の適時打で同点に。それでも、11回表に星稜が相手守備の暴投から2点を勝ち越すと、その後の天理の反撃は1点にとどまり、雌雄は決した。
どちらも粘り強い打撃を見せたものの、要所で投手陣の活躍が目立った試合だった。だが、変化球を多投する星稜投手陣にうまく逃げ切られたというのが天理の印象だろう。
中村監督はこう振り返っている。
「監督同士を比べても、ピッチャーや打線全てにおいて星稜さんの方が1枚上手だったなっていう試合でした。この大会はどこの学校も調整不足は否めないと思うんですけども、要所をしっかり抑えられた星稜さん。うちは終始追い付くのがやっと。何とかくっついて展開にしかできなかった。4対5の1点差とはいえ、力の差を感じるゲームでしたね」 指揮官がそう振り返るほどの差がありながら、接戦に持ち込めた背景にはエースの力投がある。昨春の選抜も経験していた南澤は、当時のエースだった達孝太(現日本ハム)が脇腹を痛めて準決勝の登板を回避した際に1イニングだけ登板を果たしているのだ。
当時とは役回りも異なり、ピッチングフォームを変えての今大会の登板だったが、この日のピッチングで光ったのは、真っ向から立ち向かっていた点だ。
とくに印象的だったのは10回表1死三塁のピンチの局面だ。結果的には犠牲フライを打たれてしまうのだが、8球連続してストレートを左打者の懐へと投げ込んだのだった。球速は130キロを超えた程度なのだが、その潔い挑み方に将来を見た。
本人が言うには、球種はストレートとスライダー以外にシュートやチェンジアップ、フォークを持っているらしい。しかし、試合で使えるほどのレベルには達しておらず、今回はストレートとスライダーでの勝負を挑んだそうだ。
南澤はこの日のピッチングの手応えをこう振り返っている。
「今日はストレートを中心にしましたけど、それでも押して行けたのは自信になりました。昨秋と比べてもキレが増しているのかなと。それは手応えになりました」
変化球を多彩に操れた先輩の逹にしても、この日の対戦相手だったマーガードと比べても、球種やその精度において劣る部分は多い。しかし、未完成な段階で真っ向から勝負を挑んでいけた経験はこの先につながるだろう。
かつて山口俊(現巨人)が、高校3年の春にストレートを磨くために、ストレートとカーブだけで大会を投げ切る覚悟を決めたことがあった。その当時と比べると、多彩な変化球を投げるのが、いわば一般的となった昨今の投手ではあるが、南澤が130キロのストレートでも向かっていった意義は、もっと先にあるような気がしてならない。
「今大会は打たせて取ることだけを目指してきましたけど、これからは三振を取れる。しっかり打者を抑えることができる投手になりたいです」
南澤はそう語っている。達との距離も、今大会に出場している投手と比べても、まだまだ超えなければいけない壁は多い。しかし、それはあくまで高校3年春までの時点の話だ。この夏、そして、もっと先にどういう投手になっているかの第一歩を踏んだ舞台と言えるのではないか。
188センチの長身右腕の成長ぶりが今後の楽しみになりそうだ。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
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