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元日本ハム・谷口氏の発言が呼んだ波紋。番記者が記名で「戦力外予想」するアメリカと日本の違い<SLUGGER>

女性ファンから絶大な人気を誇った現役時代の谷口氏。今後は球団職員として第二のキャリアを歩む。写真:産経新聞社
「今はSNS時代です。でも『戦力外』を簡単に予想しているのだけは許せなかった。『何が楽しいの? 会社をクビになるのと一緒だよ』と。特に僕は3~4年、ずーっと続いていたわけです。そんなの、一番わかっているのだって自分ですよ」

 現役を引退したばかりの谷口雄也氏(元日本ハム)が、先日さるネットメディアの取材に際して語った言葉である。ある程度の年齢になれば、成績不振や故障などによって出場機会が減少した選手は、翌年の構想から外れるのではないか——と危機感を覚えるだろう。神経を尖らせている状態にあって、そのような書き込みを目にすれば、反感を覚えて当然だ。

 選手のツイッターやインスタグラムなどに、直接そうした内容を書き込むのはもってのほか。そうでなくとも、単なる好き嫌いで要不要を論ずるのもNGだ。けれども、プロ野球は毎年必ず戦力外になる選手が出てくるもの。「来季の戦力構想」に言及する際、その点は避けて通れない。
  例えば、谷口氏が在籍していた日本ハムに関しては、近年はドラフトの季節になると「捕手と遊撃手の即戦力を指名すべきだ」との意見がファンの間で多数聞かれた。SNSだけでなく、新聞や雑誌など公共の目に触れるメディアでもこうした予想はされている。それはこの2つのポジションが客観的に見て弱点だったからで、はっきり言葉に出してはいなくても「今いる選手には期待できないから代わりを入れろ」と言っているのに等しい。プロ野球チームは勝利を目指す集団であり、そのために必要な力量がなければ、厳しい声が出るのは当たり前だ。

 またこのオフ、中日からFAとなった又吉克樹がソフトバンクへの入団を表明した際には、少なからぬメディアが人的補償から外れる28人のプロテクト枠を予想していた。そこに名前がないのは、必要とされる選手として上から28番目までに入っていないことを意味する。戦力外予想とはニュアンスが多少異なるとはいえ、基本的には同じことだ。

 それに、外国人選手に関しては昔から「クビ確実」といった厳しいコメントも含め去就予想がごく普通に行われていて、誰も異を唱えない。日本語が読めない外国人には何を書いても構わない、ということなのだろうか。谷口氏が具体的にどのような書き込みを見たかは不明だが、個人のSNSにそこまで配慮を求めるのはどうなのだろう。無責任な意見が垂れ流されている場に足を踏み込まないことも、選手側の自衛手段として必要なのではないか。 MLBに目を向けてみると、SNSどころか地元新聞社や放送局のウェブサイトや番組で、しかも日々チームに帯同している番記者が実名で「来季獲得すべき選手」「そのためにトレードに出すべき選手、戦力外にしていい選手」などを、ごく普通に予想したり提言したりしている。それに対して選手たちが不平を唱えることも滅多になく、ファンから「選手がかわいそう」とか「リスペクトが足りない」などという声も聞かれない。野球に限らず他のスポーツでも同じだ。

 もちろん、アメリカと日本では文化が違うと言ってしまえばそれまで。MLBでは、レギュラークラスの選手でも球団の構想から外れた場合は簡単に戦力外とされる。これまた日本ハムで話題となった「ノンテンダー」がいい例だ。選手の移動が日常茶飯事で、30球団もあるので、仮に解雇されてもセカンドチャンスがいくらでもある。何なら日本や韓国に行ってもいい。翻って、NPBでは一度戦力外になると、選手としての再雇用は容易ではない事情がある。日本選手やファンがアメリカと比べてセンシティブになるのは、その点が理由かもしれない。

 戦力外予想に晒され続けた選手と言えば、谷口氏と日本ハムの同期入団で、引退した年も同じだった斎藤佑樹氏がいる。彼に対してはSNSやネットニュースのコメント欄で何年も罵詈雑言が投げつけられ、公共の媒体でも取り上げられた。どちらもその趣旨は「ろくな成績を残していないのに、なんでクビにされないのか」というものだった。ただし前者は匿名による個人攻撃、後者は実体の明らかな書き手が、論拠を示して(必ずしもそうでない場合もあったが)批判しているという、明確な違いがあって一緒くたにはできない。 谷口氏の意見は選手サイドの貴重な本音であり、こうして議論の種となったのだからその意味では間違いなく有意義だった。また、今回、谷口氏が苦言を呈していたのはSNSに向けてであって、メディアにではない。スポーツ関連のマスコミでは、あからさまな戦力外予想などはしないからだ。

 けれども、選手とメディアの利害は常に一致するものではない。スポーツに限らず政治や芸能なども同じだが、どれほど人気があったり権力を持っていたりしても、取材対象に過度に配慮し、またその支持者/ファンのご機嫌を窺って真っ当な報道ができなければ、その媒体に存在価値はない。

 相手の人格を否定するような言辞を用いず、しっかりした論拠を示すのであれば、「戦力外予想」も立派な報道の一つだ。悪意に満ちた誹謗中傷は論外だとしても、そこから「SNSでもメディアでも、選手が不快になることは書くべきではない」との結論に至るとしたら、論理の飛躍だろう。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB——“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球「ドラフト」総検証1965−』(いずれも言視舎)。
 

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