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【不正投球問題の本質:後編】投手たちは規制に猛然と反発。だが、彼らは本当に被害者なのか?<SLUGGER>

「スパイダータックを使っているか?」と会見で聞かれて答えられなかったコール。実際に規制後は回転数が低下し、“クロ”とみられている。(C)Getty Images
2021年6月に発覚した当時、球界で大きな話題を集めていた「不正投球」問題。投手がボールに粘着物質を付着させることはそれまで黙認されていたが、回転数向上のため“悪用”するケースが目立ったことから、MLB機構が規制を強化。シーズン途中での措置に投手たちは一斉に猛反発した。だが、彼らは本当に“被害者”なのか。事態を広い視野で捉えてみよう。

※スラッガー2021年9月号より転載(時系列は7月16日時点)

6月4日、『スポーツ・イラストレイテッド』電子版が不正投球の蔓延についての記事を発表し、一連のスキャンダルを「新たなステロイド」と呼んだ。しかし、マンフレッドが語っていたように、MLB機構は今年3月の時点で問題を追及することを決めていた。記事によって、重量挙げの選手が重いバーベルを持ち上げやすくするために開発されたスパイダータックという粘着物質がとりわけ悪名を馳せた。

6月8日、会見でスパイダータックを使ったことがあるかどうか訊かれたヤンキースのエース、ゲリット・コールははっきり否定できなかった。

「正直言って、どう答えていいか分からない」。約15秒間にわたって答えを探していたコールは言った。「ベテランから若手、前の世代から今の世代へと受け継がれる習慣があるんだ」

この答えによって、コールは一連の不正投球問題の象徴的存在となった。昨オフ、スピンレートの高さが買われて1年1000万ドルの契約を得たギャレット・リチャーズ(レッドソックス)は、新しい投球スタイルを確立しなければならないことに対して、公然と不満を漏らした(「これまでのキャリアで、今回みたいな変更を迫られたことはなかった」、と彼は言った)。
レイズのエース、タイラー・グラスノーは6月14日に負った故障をルールの厳格化のせいだと非難した。彼はその試合で右ヒジ靭帯の部分断裂と右前腕の屈筋を痛めた。グラスノーによれば、日焼け止めとロジンの混合物を使えなくなったため速球とカーブを強く握らざるを得ず、それが腕の異常につながったのだという。

「シーズンの真っ最中に、それまでとまったく違うことをしろなんて正気の沙汰じゃない」と彼は言った。「こんなのバカげている。何らかのギブ・アンド・テイクがあるべきだ。ただ取り上げるだけで何も見返りがないなんておかしい。ピッチャーはボールをちゃんとコントロールしたり、しっかり握ることができる必要があるんだ」

投手はボールをコントロールするために異物を必要としているという考えを、マンフレッドは退ける。不正投球がはびこっていた今シーズン序盤、死球の割合が記録的なレベルで上昇していた、と彼は指摘する。ただ、それがたとえ事実だとしても、メッツのスラッガー、ピート・アロンゾは同意しない。

「99マイルのボールがしっかり握れないからすっぽ抜けるなんて、俺はごめんだね」と彼は言う。アロンゾはまた、MLB機構は毎年、その年FAイヤーを迎える選手に合わせてボールに細工をしているという説を披露した̶̶投手の年俸を抑えたい時は飛びやすく、打者の年俸を抑えたい時は飛びにくくするというのだ。

この説の信ぴょう性は怪しいものだが、選手とコミッショナー事務局の間に広がる不信感を物語っている。マンフレッドは粘着物質を必要とする投手たちの懸念に耳を傾けるべきだったし、合法的な他の選択肢について選手会と折衝すべきだった。それに、あらかじめ粘着性のあるボールを導入するという選択肢もあった

しかし選手会は、MLBがアリゾナ秋季リーグでそうしたボールを試験的に使った際には承認しなかった。また、選手会とMLB機構の不和を考えれば、代用のボール導入に両者が合意することは疑わしい。もちろん、投手たちも3月のマンフレッドの警告を真剣に受け止め、ボールをしっかり握るための別の方法を模索するべきだった。しかし彼らは、実際に罰則強化が導入されるまで不正行為を続けた。
今回の問題はさまざまな面でステロイド時代と似ている。ただ、ステロイドの使用には長期的な健康リスクが伴うという明らかな危険があったことは違う。04年まで、MLBではステロイド検査は行われていなかった。つまり、選手たちは罰則を受けるリスクもなく、自由にステロイドを使うことができた。多くのケースで、ステロイドを使った選手たちは好成績を残して高年俸を獲得し、使わなかった選手たちは取り残された。

同じように、技巧よりパワーを優先するアナリストの影響で三振率が上昇すると、投手たちはそれを維持するために何が何でもスピンレートを上げようとした。彼らは、ステロイド時代と同じように、MLBが規制を強化しないだろうと考えていたのだ。

球界はステロイド時代の教訓を心に刻んでおくべきだった。つまり、放っておけば選手は不正行為に手を染めるということだ。三振の急激な増加傾向や、スピンレートの不自然な上昇を真剣に受け止め、もっと早く手を打つべきだった。
マンフレッドはこの問題について、出口戦略を必要としている。審判がすべての投手をチェックする現状を永遠に続けるわけにはいかないからだ。たとえイニング間であっても、ゲームの自然な流れを阻害してしまう。

インプレーのボールが増えれば増えるほどゲームは魅力的になるというマンフレッドの主張に、私は同意する。現行のルールをしっかり実施することも理に適っている。

しかし、ランダムチェックの方がより合理的だろう。その場合でも、すべての投手が違反行為発覚のリスクを負うことになる。また、投手たちへ誠意を示すためにも、機構はボールを握りやすくするための異物使用を認めるべきだろう。もちろん、不公平なアドバンテージを生むものは禁止しなければならない。

結局のところ、不正行為はベースボールに害しか及ぼさないのだから、根絶すべきだ。スパイダータックの使用については言葉を濁したコールだったが、その一方である否定しがたい事実を指摘した。

「結局のところ」と彼は言った。「この件について、俺たちは全員が同じ方向を向くべきなんだ」。

文●タイラー・ケプナー/『ニューヨーク・タイムズ』紙

【著者プロフィール】
ペンシルベニア州出身。13歳で自作の雑誌を制作し、15歳でメジャーリーグの取材を始める。大学卒業後、『シアトル・ポスト・インテリジェンサー』紙を経て、『ニューヨーク・タイムズ』紙でメッツ、ヤンキースの番記者を務め、2010年からナショナル・ベースボール・ライターとなった。Twitter IDは@TylerKepner。

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