• HOME
  • 記事
  • 野球
  • ヤクルトとオリックスは「時代を映す鏡」だった! 両軍が球界に吹き込んだ新風【氏原英明の日本シリーズ総括】<SLUGGER>

ヤクルトとオリックスは「時代を映す鏡」だった! 両軍が球界に吹き込んだ新風【氏原英明の日本シリーズ総括】<SLUGGER>

ヤクルトの「育てながら勝つ」というビジョンは日本シリーズでも発揮され、見事に日本一に輝いた。写真:塚本凛平(THE DIGEST写真部)
 日本シリーズの練習を見ながら、ふと気づいたことがあった。

 両チームとも、監督がどこにいるのか分からないのだ。

 監督だけではない。コーチ陣もどこにいるのかが分からない。ノックバットを持っているか、バッティングゲージで時間配分を測っている面々がそうだと分かる程度だ。

 そう。監督然、コーチ然としている指導者がいないのである。選手が伸び伸びとプレーしやすい環境を整え、自分たちはその手伝いする。選手たちのパフォーマンスを最大限に引き上げようという配慮が感じられたのだ。

 この点も、両チームが日本シリーズまで勝ち上がってきた理由のひとつにも思えた。今回のシリーズでは、選手のパフォーマンスが最大限に引き出されていた。とくに投手起用に関しては「日本の歴史が変わった」と言ってもいいほどだった。
  まず衝撃的だったのはヤクルトが、第1戦で先発して7回1失点の好投を見せた高卒2年目の奥川恭伸を、第6戦の先発に立てなかった点だ。

 奥川は巨人とのクライマックスシリーズ初戦でプロ初完封。長いイニングをゲームメイクできる能力は、今のヤクルト投手陣でも上位に入るはずだ。しかし、この期待の右腕に対して、高津臣吾監督は無理をさせなかった。日本シリーズでも初戦を任せるほどに信頼を置きながら、同時に本人のコンディションにも配慮したのだ。

 これには、高津監督がシーズン中から続けてきた“マネジメント”が背景にある。奥川は今季18試合に先発したが、いずれも登板間隔を9日以上を空けている。登板後は抹消することがほとんどで、無理な登板は避けてきた。おそらく、チームの過去の失敗を踏まえた起用だろう。

 過去の失敗というのは、2007年ドラフト1位で入団した由規が顕著な例だ。由規は1年目から1軍デビューを果たすと、2年目から開幕ローテーション入り。ほとんどが中6日での起用だった。3年目の10年こそ規定投球回数に到達して2ケタ勝利と活躍したものの、4年目以降は故障を繰り返して大成することはできなかった。デビューからチームに定着するまでの期間で急ぎ過ぎた感は否めない。

 とはいえ、時に田中将大(楽天)のように高卒ながらデビュー直後から活躍を続ける選手もいる。由規のケースも球団が完全に判断ミスしたとまでは言えないが、それでも日本シリーズで高津監督が下した判断は間違っていないと思う。結果として日本一をつかみ、奥川の将来と引き換えに勝利を犠牲にしたわけではないからだ。

 若手に頼らず、頑張りどころは中堅やベテラン、外国人選手らに託す「勝つためのマネジメント」も光っていた。第3戦に先発した小川泰弘や第4戦の石川雅規は、中5日、あるいは中4日で第7戦の登板準備を進めていたし、胴上げ投手になったマクガフは第3戦から4連投。高津監督は“人を選んで”起用していたというわけだ。
  一方のオリックスも、日本球界に新風を吹き込んだ。シーズン中から徹底してきた「ブルペンの連投は2日まで」のスタイルを日本シリーズでも貫いた。

 シーズン中にやってきたことを日本シリーズという檜舞台でも実施するというのは、簡単なようで難しいことだったと思う。リリーフ陣が打ち込まれるケースも多く、ブルペン運用について評論家から苦言を呈されもしたが、あくまで従来の起用法を“初志貫徹”し、全試合で接戦を演じたのは評価の対象になるのではないか。

 さらに言えば、登板過多を避けたのは「疲労軽減」だけが目的ではなかった。次の言葉には、中嶋聡監督の信念も垣間見える。

「疲労もあるけど、コンディションの問題があるからね」

 この言葉の裏付けとなる場面は、第5戦のヤクルトの救援陣にあった。それまで好投していた石山泰稚が同点の7回に登板して1失点。マクガフも9回表に勝ち越し弾を浴びている。2人とも3試合連続の登板であり、明らかにパフォーマンスが落ちていた。
  信頼度が高い投手を疲労の残る中で登板させるよりも、元気いっぱいの投手を起用する。中嶋監督は今季を通じ、常に選手がベストのパフォーマンスを出せるようなマネジメントを1年間実施してきたのだ。

 21年の頂点を決める戦いでしのぎを削った両軍の「選手のパフォーマンスを大事にするマネジメント」は、これからの野球界にとって主流になってくるのではないか。

 試合前練習の静かな空気は、日本の指導のあり方の変化を感じずにはいられない。

 思えば今年、春夏の甲子園の優勝チームは、準決勝で先発完投したエースが、決勝戦では救援に回った。エースは何がなんでもマウンドに立ち続けるものという考えが変わってきていることは、球界全体の流れとして起きているのかもしれない。

 21年の日本シリーズを戦った両者は、まさに「時代を写す鏡」だった。

文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』『甲子園は通過点です』(ともに新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。

【日本S第6戦PHOTO】オリ1(延長12回)2燕|ヤクルトが20年ぶり日本一!“代打の神様”川端慎吾がV打!
 

関連記事