スポーツ界のアベンジャーズが明かすハンドボールリーグのビジョンとは

スポーツ界で大きな動きを見せているハンドボールリーグ。B.LEAGUEで初代事務局長を務めた葦原一正氏の招聘に始まり、北京五輪の銀メダリストである太田雄貴氏ら個性豊かなメンバーを理事に任命し世間を驚かせた。

8月28日に新シーズン開幕を迎えさらなる注目が集まるなか、彼らはどのような変革を起こすのか。昨年までJリーグの理事を務め、今年からハンドボールリーグの理事に就任した米田惠美氏にインタビューを実施し、リーグ運営の上で最も重要とされる「ガバナンス」や新リーグに向けたビジョンについて話を伺った。

スポーツ界に必要なガバナンスとは?

──米田惠美さんは昨年までJリーグ理事を務められ、今年からハンドボールの理事に参画されました。どういった経緯でしょうか?

米田惠美(以下、米田) 私がJリーグ理事をしている頃から、(一般社団法人日本ハンドボールリーグの代表理事を務める)当時Bリーグにいた葦原一正さんとは付き合いがあり、スポーツとビジネス、両方の言語が話せる数少ない人だと思っていました。「いつか一緒に働いたら楽しそう」と思っていたら、その機会が思ったより早くきました。葦原さんからは、「この業界にはガバナンスの話ができる人が少ない。最初が肝心なのでそこを中心に入ってくれ」という話を受けました。

──「ガバナンス」という言葉は葦原さんも常々口にされていますが、これは一体なんでしょうか?

米田 統治の仕組みです。組織のなかで誰が意思決定するのか、それを誰がチェックするのか、意思決定する人をどう選ぶのかなど関わる人たちの責任と権限の所在を明確にする話です。個人的には価値創造や分配の仕組みまで含むと思っています。私自身は、Jリーグを離れてから再びスポーツに関わるならガバナンス改革からと思っていました。スポーツ界全体の課題であるというのが葦原さんと私の共通認識です。

結構根本的な治療が必要ですが、そうなるとルールメイカー側に行き、新しいルールでの良いモデルを見せなければいけません。私1人でやるには限界がある。課題の共通認識がある人とやらなければいけないなと思っていた中で、その条件が整ったのがハンドボールリーグでありフェンシング協会だったということです。

──スポーツ界の様々な問題を紐解いていくと、全てはガバナンスに行きつきそうですね。

米田 元々、スポーツ団体は法人格などの構造上、自浄作用が効きにくいということでガバナンス・コード(企業統治指針)ができました。また、既存の仕組みで選ばれた人間にとっては、その既存のシステムを壊したくないのが心情。なので自浄作用が働かないわけです。

既存のシステムでは、集中した権限に対しての監督機能や、何がグッドで何がバッドなのかの判断基準も明確になっていないケースがある。その共通認識がないと、個人が間違った方向に行った時に軌道が修正できないとか、感情的に対立して前に進まない状況に陥ります。個々の資質に頼るのではなく仕組みとしてカバーすべきです。

ただ、既存のシステムが変わるのは、よほどの危機の時か、半数以上の人間がそのシステムを変えたいという認識を持っている時です。今のハンドボールリーグは、フレッシュなメンバーでやれるのでチャンスです。

──Jリーグのような大きな組織は別として、例えば小さな組織では「バレないだろう」の考えもあるのでは?

米田 組織の大きい小さいは関係ないです。レベルの違いこそありますが、多くのステークホルダーがいる以上、アカウンタビリティ(説明責任)を発揮しなければいけないのは同じで、それが必ずしも十分でないという問題はどこも共通ではないでしょうか。

──スポーツ界特有の問題?

米田 スポーツ界は「ステークホルダーの多さ」と「ミッション性が3つある」という2つの特殊性があると思っています。

例えばナショナルからパナソニックにブランド名を変えるという話で考えると、多少顧客が悲しむことがあっても、組織で決めたらそれでOKです。しかしFC町田ゼルビアがクラブ名を変えるとなった時に、ファン・サポーターが大号泣してそれによってオーナー(株主)や経営者が一度は決めたことを変えました。これは一般企業では起きえない話です。ステークホルダーが多いが故に、一般企業以上にコミュニケーションを多岐にわたって取らなければいけない。このプロセスを省いてしまうと運営が難しくなります。

ミッション性の観点でいうと競技性、事業性、社会性の3つがあり、人によって大切にするものが異なります。価値観が異なる以上「そうだよね」と合意に至りにくい。にも関わらず、スポーツ界は決め方や優先順位づけが曖昧になりがちです。だからルールメイクやアカウンタビリティが大事だという話になるのです。

──世間と組織での対話が必要になる?

米田 はい。突き詰めると、スポーツって誰のためにやっているのかということです。競技者が好きで集まってやっているなら、その組織のなかだけわかっていればいい。でも、事業収入を得る、ファン・サポーターがいる、自治体や官公庁からの支援を得るという話になると、もう国民全体と対話しなければいけません。そういう認識を、スポーツ団体の経営陣が持っているか持っていないかは大きいと思っています。

──米田さんみたいな方が入ることで、都合の悪い団体もあるのでは?

米田 あるでしょうね(笑)。マイポリシーでやっていたところに、透明性やルールを入れると気を害する人はいます。大抵「あいつはわかっていない」という話になりますよね。導入のレベル感は組織によって変えるべきと思いますが、時代の流れやスポーツ団体の本来のあるべき姿、また、価値観の違いが人間の感情的対立に発展しないためにも、ガバナンス、統一ルールの導入やアカウンタビリティを整えることは大事だと思っています。

ハンドボールリーグ理事会はアベンジャーズ?

──米田さんが参画することになったハンドボールリーグですが、今後はどういうモデルに仕上げていくのですか?

米田 まだ固まったプランがあるわけではないです。そこを描くことに理事たちは最も時間をかけています。正直ストレスは全くなくて、色んな意見は出ますが乗り越えられない壁などはないと思っています。みんな何かしら変わりたい、打破したいという空気感を持っていますから。

葦原さんを含め事務局の方々は、各クラブへのアンケート調査だけで終わらずに、現地に出向いて対話をしています。理事メンバーも、多様かつプロフェッショナルでとても楽しいです。「なかなかこのテンポで話せないよね」という濃い議論をしています。

──米田さんも含め、理事には太田雄貴さんなどアベンジャーズのような個性豊かな方が多く、とても珍しいですね。

米田 皆さん、スポーツの歴史的な背景をよくわかっていて、それぞれに経験・知見があります。それが単一ではなく複合的かつ柔軟なので、平面で議論していたものが、いつの間にか立体的になる面白さがあります。とてもポテンシャルがあるなと思います。

ハンドボールにも様々な強みがあるので、「だいたいこんな道のりでいけるんじゃないか」というイメージは私の中では見えています。あとはどこで皆の夢や目標を合わせ、どのラインに基準を敷くのか。もしかしたら最後はシビアな話が出てくるかもしれません。そこは胆力を持ってやらなければいけないなといですね。

──シビアな話とは、例えばライセンス的なもの?

米田 最後に「こういうリーグにします」という基準を決める。その基準から落ちるところが出てくるのか、みんなをインクルーシブ(包括的)にやるのか、それによって犠牲になるものを経営陣含めてリスクを取れるのか。そういった決めの問題です。何事にも決めることは責任が伴う。そこの覚悟を持って仕事をしています。

──今シーズンのハンドボールリーグは8月28日に開幕しますが、葦原さんは1年目に大きな変化はないと言われています。米田さんを含めた理事の目線の先にあるリーグはどういうものですか?

米田 満員のアリーナはワクワクしますよね。ハンドボール界にとどまらず、スポーツ文化、週末もしくは夜にスポーツ観戦にいく風景が日本でも当たり前になって欲しい。家計費の中にスポーツ予算が入っているとか、試合にいって競技だけでなく食べ物や音楽、演出を含めて楽しむことができる。そのイメージ像はサッカーでもハンドボールでもフェンシングでも変わらないです。あとは競技を超えた社会への価値提供も考えていきたいです。

Jリーグには百年構想というものがあって、『緑の芝生で老若男女がスポーツを楽しむ』という風景を(初代チェアマンの)川淵三郎さんはビジョンとして描いていました。ハンドボールはどういうビジョンをみんなに見せるのか。そこをもう少し詰める必要があります。

──Bリーグは同じアリーナスポーツで参考にできる部分も多いと思いますが、「あえてハンドボールだから見たい」というものを作っていく?

米田 私も葦原さんもコピペが嫌いな2人なので(笑)。ハンドボールとバスケットボールでは、似ている部分もありますが異なる強みを持っていると思っています。競技団体ごとに戦略は違うので、ハンドボールならではのものを作っていきたいですね。

「20代の理事がいてもいい」

──先ほどのお話で「理事会が楽しい」とありました。ハンドボールリーグの理事会は年齢層もかなり低く、他の競技団体と比べると異例だと思いますが?

米田 通常は理事会を構成する方々の年齢は60ぐらいが平均だと思いますから異例ですね。それはスポーツ界の特殊性で、役員の任期の関係や無報酬であることから、ある程度仕事を終えられた方、金銭的に余裕がある方で理事を構成することが多いです。

しかしアドバイザー的な位置付けではなく、しっかりと時間的にコミットする人間も必要です。これは20代や30代がよくて、40代や50代、60代がダメと言う話ではありません。一般論として、若い世代だと過去の成功体験に囚われないスピード感や柔軟性、政治的な駆け引きや忖度が比較的少ないということかと思います。

後はトレンドの部分。世の中のトレンドをどの世代が作っているかという理解は、スポーツ界のエンタメ性を考えたり、マーケティングをやる上で重要です。例えばオリンピックの開会式や閉会式は、世代で感想が違うなと感じています。ミレニアル世代とZ世代の価値観も大きく違っていて、ミレニアル世代を先端だと思っていたらもう大間違いだよと。

個人的には20代の理事がいてもいいと思っています。若者たちと話していると、自分の固定観念を覆されるし学びが多い。「30代若い」と言われる業界はなんとかしないといけないと思っています。

──それこそハンドボールではTikTokで有名になった土井レミィ杏利選手がいます。

米田 レミたんのあの価値観を業界にインストールしたいですね。「競技だけに集中すべし」って思う人はいらっしゃいますが、世界的には競技で得られる収入よりもスポンサーからの収入が多い選手は増えています。

発信力や価値観、人間性に付随してファンやスポンサーがついてくると思います。競技だけをやればいいという考え方はもうだいぶ古いかなと。これは生態系をどう考えるかということで、競技をする草の根の人たちの会費で競技全体の生態系をなんとかするのか、見る人やスポンサーも含めた大きな生態系を考えるのか。つまりは目線の違いだと思います。

──ハンドボールが目指す生態系は?

米田 ハンドボールリーグには実業団があるので、企業というものを通じたスポンサー興行の側面が強い。日本特有の実業団運営の良さもあります。ただ、観る層へのアプローチを積極的にするかどうかは産業規模に影響します。ファン・サポーターに対して価値提供をしっかりするのかどうか。最終的にはどの円で生態系を回すのかという話だと思います。大きすぎると疲れますが、少しずつ大きくしないと生態系が小さいままで終わると思っています。

──ハンドボールリーグがやろうとしていることが成功モデルになると、他の業界も取り入れようというムーブメントが起こると思います。理事会の方々はスポーツ界に変革をもたらせたいとの思いがあるのでは?

米田 それはハンドボールリーグメンバーみんな思っています。葦原さんも太田さんとも他の競技にも参考になるモデルを作ろうとよく話しています。競技を愛することは大切だが、仮にその競技出身者じゃなくても、経営できる人が増えるのはいいことだし、異なる視点を組み合わせるといい化学反応が起きますよ。スポーツ団体の1つのあり方というふうに思ってもらえるといいですね。

■プロフィール
米田惠美(よねだ・えみ)

2004年に新日本監査法人入社、 2006年に慶應義塾大学経済学部卒業。公民様々な業種の監査や経営アドバイザリーを担当し、2013年に独立と共に組織開発パートナーである(株)知惠屋を共同設立した。米田公認会計士事務所代表。保育士資格を持ち在宅診療所の立ち上げにも従事した。2017年にJリーグ フェローを経て、2018年よりJリーグ理事(社会連携・組織開発担当)としてスポーツ×社会課題の推進とガバナンス改革に従事。2021年からはハンドボールリーグの理事に就任。

■クレジット
写真:JHL提供
インタビュー:北健一郎(Smart Sports News編集長)、上野直彦
構成:川嶋正隆