最高の一瞬『静かな眼差し』

 

6月12日~14日、愛知県のパロマ瑞穂スタジアムで開催された、第110回日本陸上競技選手権大会を撮影してきました。

最初の写真は、女子やり投の北口榛花選手です。5回目の投てきで60メートル86の好記録を出して優勝を飾り、アジア競技大会日本代表内定選手となりました。その裏側で、私が深く惹かれたのが、投てきへ向かう前の「静かな時間」でした。

この写真は、北口選手がこれから投げるやりを見定めている瞬間です。私が取材していたカメラマンエリアのすぐ横には、選手たちが使用する色とりどりのやりが整然と立てて置いてありました。やりには厳格な規定があり、女子の場合は全長2メートル20〜30センチ、重さ600グラムと決められています。しかし、その僅かな個体差やグリップの感触が、選手の繊細な感覚を左右します。北口選手は並んだやりをじっと見つめ、時にグリップを握ってその感触を確かめていました。

彼女がやりの向こう側に立った瞬間、これだ!と直感しました。カラフルなやりの群れをあえて大胆に前ボケとして配置し、その隙間から覗く彼女の鋭い眼差しを撮ろうと考えたのです。

通常、これだけ手前にやりが乱立していると、カメラのオートフォーカスは迷い、手前のやりにピントを引っ張られてしまいます。かつてならマニュアルフォーカスを使いピントを合わせるような難しいシチュエーションです。しかし、私が使用しているキヤノンEOS R3の瞳検出機能は極めて優秀でした。やりの隙間にある彼女の瞳を瞬時に見つけ出し、外すことなくピントを追従し続けてくれたのです。

機材への絶対的な信頼があったからこそ、私はピント合わせのストレスから解放され、構図の微調整と最高の表情が訪れるタイミングだけに集中することができました。息を潜めてチャンスを待ち、ここぞという瞬間にシャッターを切りました。

この直後、北口選手は無数にあるやりから運命の1本を抜き出し、あの豪快な投てきへと挑んでいきました。投てきシーン以外に「静」の集中力を切り取ることができました。
 

 

 

高橋 学(たかはし・まなぶ)
1975年、福島県福島市生まれ。東京ビジュアルアーツ写真学科でスポーツフォトを専攻。1996年より(有)ジャパンスポーツで実績を重ねてフリーランスに。現在はサッカー、フットサル、陸上、フィギュアスケートなど様々なスポーツを取材している。日本スポーツプレス協会会員/国際スポーツプレス協会会員