なぜアメリカでは「試合を全部見なくても楽しい」のか?「120分座って観る」はもう古い? - アメリカ4大スポーツ比較 vol.7 -

スポーツ観戦でスタジアムやアリーナを訪れたとき、あなたはその空間をどのように楽しんでいるだろうか。当然、最大の目的は「試合観戦」に違いない。応援するチームの勝敗に一喜一憂し心を揺さぶられる体験は、スポーツならではの魅力と言える。

一方で、チームやリーグの目線で見れば、わざわざ足を運んでくれた観客に少しでも満足してもらうため、試合以外の部分にも数多くの工夫を凝らしている。選手が戦う以上、リーグやチームが勝敗そのものをコントロールすることはできない。だからこそ、「勝ち負け」以外の体験価値を高めることが、彼らにとっては重要なテーマになっているのだ。

では、各リーグはどのような準備をし、観客に試合以外の楽しみ方を提供しているのだろうか。本稿では、アメリカ4大スポーツ(NFL、NBA、MLB、NHL)がスタジアムやアリーナで実施している具体的な施策を紹介していく。読み終えた頃には、次にスポーツ観戦へ行く時間が、これまで以上に豊かなものに感じられるはずだ。

前回記事:
Z世代が変えるスポーツの勢力図。アメリカ4大スポーツの未来予測 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.6 -

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【前提】スタジアム・アリーナ観戦が伸びている理由

まず、スポーツ観戦のあり方そのものが、近年大きく変化してきている。
当然ながら「試合観戦」は最も重要な要素ではあるが、それと同時に「その場でしか味わえない体験価値」が、スタジアムやアリーナへ足を運ぶ理由として強く意識されるようになってきた。

例えば、テーマパークを訪れる際、ショーを見るだけで満足する人はどれほどいるだろうか。もちろんそれだけで満足する人もいるだろう。しかし多くの場合、アトラクションに乗り、体験をし、食事を楽しむなど、人によって「メイン」となる価値は異なる。これまでのスポーツ観戦は、まさにこの「ショーを見る」ことが唯一の選択肢だったが、現在はそうした一元的な捉え方ではなくなりつつある。

実際、国内調査(※1)では、スタジアム市場が前年比57%増と大きく成長していることが報告されている。これは単なる観戦者数の増加にとどまらず、会場で過ごす時間全体の価値が高まっていることを示している。日本最大級の総合プロフェッショナルファームであるデロイト・トーマツの調査(※2)によれば、観客はスタジアムの雰囲気や仲間との感動体験の共有、観戦前後の過ごし方といった体験価値を重視する傾向が強まっているという。さらにグローバル比較においても、日本では「試合内容」そのものへの期待が高い一方で、アメリカでは試合前の情報収集や当日の過ごし方、どのような体験ができるかといった要素が、観戦満足度に大きく影響しているという分析(※2)が示されている。

こうした背景には、放映権ビジネスの成熟によるテレビ・ネット配信環境の進化がある。自宅にいながら高画質かつ多角的な視聴が可能になった現代において、「試合を見るだけ」であれば必ずしも会場に足を運ぶ必要はなくなった。その一方で、「行くのであれば、その場所でしか得られない体験をしたい」というニーズは、むしろ強まっている。

また、Z世代やファミリー層の中には、会場に来たからといって試合を最初から最後まで観ることを前提としない層も多い。SNS投稿や写真・動画撮影、食事、ファン同士の交流など、複合的な体験を重視する傾向があり、同じくデロイト・トーマツの分析(※2)では、そうした体験が来場満足度を左右する比重はむしろ高いとされている。

こうした観客行動の変化を押さえることが、これからのスタジアム・アリーナでの「楽しみ方」を語る上で、不可欠な前提となる。

スタジアム・アリーナの楽しみ方と、観客が感じる価値

前章で述べた通り、スポーツ観戦は単に「座って試合を見る」だけのものではなくなりつつある。試合前後、そして会場内での行動すべてが、観戦体験の一部として楽しまれる時代に移行している。

試合前

特にアメリカでは、試合前に仲間と合流して過ごす「テールゲートパーティ」が文化として根付いている。これはスタジアムの駐車場やアリーナ周辺のスペースを使い、友人や家族と食事やドリンクを楽しみながら、「今日の試合を楽しみにする空気」を共有する行動だ。試合前の一体感や期待感を高める、非常に重要な体験要素と言える。

コアなファンが多いアメリカならではの文化ではあるが、単に試合開始30分前に会場へ行くのではなく、あえて早めに足を運び、その空間そのものを楽しむ人が多い点は特徴的だ。観戦日は「試合を見る日」ではなく、「仲間と過ごす一日」として設計されている。

試合中

リアル観戦者の多くは、試合中もスマートフォンを活用している。選手成績や戦況データを確認したり、リプレイ映像をチェックしたりと、リアル観戦とデジタル体験を並行させる行動は、すでに一般化している。

デロイト・トーマツの調査(※2)によれば、58%のファンが「ライブ会場でもテレビ視聴時のような統計情報やリプレイ機能を求めている」と回答しており、この割合はZ世代・ミレニアル世代では約70%にまで上昇する。試合は一瞬で局面が変わるため、肉眼だけでは把握しきれない情報も多い。だからこそ、現場の臨場感とデータを同時に楽しむ観戦スタイルが、現代の観客に定着しているのである。

ハーフタイムなどのブレイクタイム

多くの観客は、ハーフタイムやタイムアウトといったブレイクの時間を、「フードを買う」「グッズショップを回る」「トイレに行く」といった行動に充てている。これは単なる中断時間ではなく、観戦全体の流れの中に組み込まれた消費・移動の時間だ。

一方で、NFLはこのハーフタイム演出に強く力を入れているリーグでもある。スーパーボウルでは世界的アーティストやシルク・ドゥ・ソレイユ級のパフォーマンスが行われ、試合そのものと並ぶ一大コンテンツとなっている。

ただし、すべての試合で同様の演出が行われるわけではない。レギュラーシーズンの1試合においては、「ハーフタイムは休憩時間」と割り切るチームも多く、観客もそれを前提に行動している。重要なのは、ハーフタイムを「必ず見るもの」と固定せず、観客が自由に過ごし方を選べる余白があることだ。結果として、この時間帯にはフード売り場やグッズショップ、トイレが非常に混雑する光景が当たり前になっている。

試合後

観戦後、観客は試合を振り返り、SNSに写真や感想を投稿することで体験を他者と共有する。スポーツファン行動に関する調査(※2)でも、ライブ観戦の満足度は「試合内容」だけでなく、その後の情報発信や共有行動が大きく影響すると分析されている。

試合前から試合後までの一連の行動を通じて、観戦体験は評価される。現代のスポーツ観戦は、「120分座って見るもの」ではなく、会場でどう過ごし、何を体験し、どう共有するかまで含めた総合的なエンターテインメントへと進化していると言えるだろう。

さて、次章からは、こうした観客行動の変化を踏まえ、アメリカ4大スポーツの各リーグがどのように観客体験を設計しているのかを具体的に見ていく。

各リーグが観客満足度向上に向けて実施する企画

現代のスポーツ観戦は「試合を見る」行為そのものよりも、「どのような時間を過ごせるか」という体験設計が価値の中心になりつつある。
この考え方は、アメリカ4大スポーツ(NFL/NBA/MLB/NHL)において特に顕著であり、各リーグはそれぞれ異なる思想で観客の行動をデザインしている。

以下では、各リーグがどのような前提で観客体験を設計しているのかを整理する。

NFL:試合前体験が“来場動機”そのものになった

これまでの記事でも伝えてきた通り、アメリカ4大スポーツの中でも最も試合数が少ないのがNFL。週にたった1度しか開催されない試合構造だからこそ、1試合にかける予算も熱量もまさしく桁違いであり、リーグとしても1試合ごとの価値を最大化する必要がある。

前途の通り、NFLが実施していることで最も効果的であり良い循環を生み出しているのは間違いなく「テールゲートパーティ」という文化であろう。リーグ公式からも”公式体験”として積極的に後押しをしており、試合開始前から1DAYイベントとして楽しむ設計であり、来場のキッカケとして成立し続けている。「あそこにいけば試合前から絶対に楽しめる」とわかりきっているからこそ、来場する動機が単に試合観戦に留まらず多くの人への興味関心にリーチできていることがわかる。
また、試合前のエンタメコンテンツも充実しており、ファンフェストやミニステージ、またスタジアム周辺でNFLパークなどのファン参加型イベントを徹底して実施している。
NFLの場合はブランド価値が高いだけに、ハーフタイムショーがアーティストのライブ会場に様変わりすることが多々ある。実際、年に1度の頂上決戦であるスーパーボウルに関して言えば、今年は「GREEN DAY」がスペシャルライブをするし、昨年は「ケンドリック・ラマー」がパフォーマンスをした。ハーフタイムでも観客が熱狂できる仕立てを設計しているのも、間違いなくNFLの価値であろう。

このような期待感やコミュニティの密な共有が自然発生的に高まることで、ファンの満足度と再来場の意欲を向上させている。

NBA:アリーナ体験の“再設計”が消費行動を変えた

NFLに比べると試合数が多いNBAだが、アリーナの中でどれだけ非日常体験をできるかに振り切って構造設計をしている。具体的には試合中の演出(DJ、MC、配信カメラの演出)をはじめ、コート上で観客が参加する形でのミニゲームや終了後のハイライト映像配信など、観客を巻き込んで一緒に楽しめるような工夫をしている。
NFLの場合はフィールドに一般客が立つことは早々ないが、NBAの場合は他スポーツに比べても開放的で距離が近いため、このような設計が成り立つ。

また、距離が近くブレイクの時間も短いからこそ観戦中に暇な時間がない。近年は特にハーフタイムをいかに効率的に過ごせるかにフォーカスして、飲食やグッズのモバイルオーダーなども徹底しており、自然に・手軽に買えるような仕組みも作っている。Z世代においても、早い試合展開の相性が非常に良いため、短尺動画なれした世代の観戦行動ともマッチしており、毎プレー見逃せない状態を作れているのが大きい。
だからこそ、観客は試合の最初から最後まで見る人も多い。とはいえ、これはアメリカならではだが、自分たちが応援するチームの負けが確定してしまうような点差になると「もう観ていられない」と帰るファンも多い。試合展開が早いが故に、試合の前後というよりは、アリーナ内でどれだけ楽しんでもらえるかという「現地でしか得られない体験価値の設計」を徹底しているのだ。

MLB:滞在時間の長さを“価値”に変えたリーグ

MLBは他リーグに比べても試合時間が長く、テンポも非常に緩やかである。おまけにほぼ毎日試合があるため、「試合の最初から最後まで座って見る」という観戦スタイルとは違う特異な体験設計が必要と考えられていた。

だからこそ、MLBの場合は「どれだけ生活に溶け込めるか」にフォーカスしてさまざまな企画を実行している。球場内のフードも地元グルメを充実させたり、子供向けのアクティビティの拡充、ファミリーゾーンの設置、スタジアムツアー、近隣店舗とのタイアップイベントなどなど。MLBも観客がマウンドやフィールドに立つことは試合中にほとんどできないために、あの場所に立つことそのものが、他リーグに比べても価値が高い。それを試合以外の時間で体験できるように設計しているのも強みと言えるだろう。

あくまで「長時間滞在体験」をしてもらうための設計がされているため、飲食や散策など、スタジアム近隣店舗との連携も非常に密である。またZ世代に対しても、長時間滞在してもストレスなく「ながら観戦」を楽しめることが好評で、SNSでのシェアや友人・恋人とのんびり過ごす場所としても近年は活用されている。

NHL:没入体験は強いが、入口が狭い

どうしてもNHLの場合は視覚的理解に対するコストが高く、コアな観戦者が非常に多い傾向がある。その中でも「コアな観戦者を掴んで離さない」という設計が意図的に行われている。

ファンセクションの熱狂演出で観客を煽ることは多いし、観客のSNS投稿が面白ければ積極的にリーグから取り上げるなど「自分の行動がリーグに拡散された」という承認欲求を大きく満たしている。もちろん、照明や音響を使った演出はもちろんだが、何よりもアイスリンクという非日常的な場所を生かしたアクティビティやそもそもの座席の配置なども工夫を凝らしている。これによってコアファンは配信で見るよりも現地観戦の方が楽しめると確信を持っているが、一方で新規層やライト層には没入するまでに時間がかかってしまうという難点も抱えている。あくまでコア向けの施策が多いからである。

「理解 → 没入 → 共感」という体験は強いが、最初のトリガー(入口)をどれだけ作っていけるかが課題とも言える。しかしNHLの場合はそこにフォーカスしていないため、よりコアなコミュニティの中で、どれだけコアなファンが+1人を連れてきてくれるかに振り切っているとも言えるだろう。

【まとめ】試合観戦以外の楽しみ方を、ぜひ

本稿では、アメリカ4大スポーツ(NFL、NBA、MLB、NHL)が、いかにして「試合観戦以外の価値」を設計し、観客満足度を高めているのかを見てきた。

共通して言えるのは、もはやスポーツ観戦は「頭からお尻まで、座って試合を見る行為」ではないという点だ。試合前に仲間と集まり、会場の空気を楽しむ。試合中は演出や情報、空間全体に没入する。試合後には、その体験をSNSで共有し、余韻を楽しむ。こうした一連の行動すべてが、現代のスポーツ観戦における「価値」になっている。

NFLは、試合前の体験そのものを来場動機に昇華させた。
NBAは、アリーナ空間を再設計し、観戦中の消費行動と熱量を高めた。
MLBは、長い滞在時間を前提に、それ自体を楽しませる文化を築いた。
NHLは、現地でしか味わえない強烈な没入体験を武器に、コアファンの満足度を極限まで高めている。

これらは決して「派手な演出合戦」ではなく、観客がどう動き、何を楽しいと感じるのかを前提にした体験設計の結果である。

そして、この考え方はアメリカに限った話ではない。
放映権ビジネスが成熟し、自宅でも高品質な視聴が可能になった今、世界中のスポーツリーグにとって「なぜ現地に来てもらうのか」は避けて通れないテーマだ。だからこそ、スタジアムやアリーナでの楽しみ方を再定義する動きは、今後さらに重要になっていくだろう。

もし次にスポーツ観戦へ足を運ぶ機会があれば、ぜひ試合だけでなく「試合前に何があるのか」「会場では人々がどう過ごしているのか」「自分はどんな体験を持ち帰れるのか」という視点を持ってみてほしい。きっと、同じ一試合でも、これまでとはまったく違った楽しみ方が見えてくるはずだ。

【参考】
(※1)https://www.macromill.com/press/release/20241030.html
(※2)https://www.deloitte.com/us/en/insights/industry/technology/fans-want-more-tech-features-during-in-stadium-experience.html