ヒマラヤ1,700kmを走破するゼビオの名物店員が語る「極限の仕事論」【第2回】

ネパールの国境から国境へ、ヒマラヤ山脈1,700kmを51日間で走破する。イタリアの“巨人”を意味する世界最高峰の330kmレース「トルデジアン」を完走し、時には日本海から太平洋まで自らの足で縦断する。

プロ冒険家の話ではない。総合スポーツショップ「スーパースポーツゼビオ」の店頭に立つ、一人の販売員のプロフィールだ。

伊藤知彦(50歳)は、自らの肉体を極限まで追い込むトレイルランナーでありながら、同時に赴任する先々で店舗売上を伸ばしてきた敏腕の販売員(ナビゲーター)でもある。

「感動の大きさは努力の大きさに比例する」数々の困難な挑戦の中で培った哲学と、自信に裏打ちされた柔和な語り口で、一足の提案に説得力を宿らせる。

「伊藤さんに勧められると、自分にもできる気がしてくる」。お客さんにそう言わしめる伊藤氏に、圧倒的な成果を生み出す「売れるお店の作り方」と、その独自の仕事論を聞いた。


「感動は努力の大きさに比例する」ピレネー山脈855kmを16日23時間で走破した男の話【第1回】

写真:グレートヒマルレースに挑戦した伊藤知彦/提供:本人


 

連続51日の休暇を取れる理由

── 伊藤さんは毎年のように国内外の超ロングトレイル(山岳縦走)に挑戦していますが、例えば51日間のグレートヒマルレースに行くとき、会社の休みは取れるのでしょうか...?

伊藤: 有給休暇は常に足りないですね、無給休暇になったある月の給料は6万円でした(笑)。ただ、僕は走りながら社内SNSに自分で発信したり、雑誌社やテレビ・ラジオでもこんなに広がりがありますと経営陣にプレゼンしたりしながら、無茶を許してもらっている感じです。

── さすがの行動力(笑)。業務内容はどんな感じなんでしょうか?

伊藤: 販売専門職です。自分の得意な専門性に磨きをかけてそれを全国全店舗に共有・教育しつつ、地域とも連携していくという業務ですね。

元々は新卒でゼビオに入社したので、全国を転勤して店長やエリアマネージャーや商品部を目指すキャリアでした。たた、僕は入社して30年ですが、一貫して店長や商品部等総合的な仕事が不向きだったんです。

── (笑)。

伊藤:その代わり、売上を立てるための戦略を組んだり商品の手配を通じて、“売上を作る”という業務については、強みがあったんだと思います。

→でも店長やエリアマネージャー、商品部の仕事には不向き。であれば、この先、全国の専門職の方が辞めずに働き続けられるような環境を作ってくれないか、と会社から話をもらい、面白いと思って一度ゼビオを退職し、ゼビオナビゲーターズネットワークという会社の所属にしました。

その会社には様々な制度があり、講演会などの他、関西中心にランニングイベントを立ち上げてグループで運営していす。実務と好きなことが並行してやれていますね。

── ランニングシューズの選定もやるんですか。

伊藤: はい。商品部のバイヤーと一緒に各メーカーを回ってプレミーティングを行い、トレンドはこう動いて来年こうなる、だからこういう買付をしようと、全店規模の商品選定をしています。

シューズサンプルを試し履きして、各メーカーのシューズの特徴と違いを頭の中に入れてリスト化し、強化品設定されるものの動画を作り、それを元に全店のナビゲーターに共有しています。

あと、僕は個人的にすごく走るんですね。

── 存じ上げてます(笑)。

伊藤: いろんな地域のイベント会社の経営者の方から、イベントや大会に招待されたとき、その地域のゼビオを紹介しつつ割引券を配布していただいたりもします。そのぶんでも年間相当数の売上にはなっていると思います。

── 売上貢献への意識が強いですね。

伊藤: 僕は、これまで勤務したどこのお店でも売上を作ってきました。

30代の頃、冬はウィンタースポーツを見て、春は競技・トレーニングカテゴリも全て管理し、夏はキャンプ、トレッキング、秋口はまた競技と、売上を作る方法はイメージできるんです。その代わり、人事や財務等管理系は一切僕はやれないんですが(笑)、売上を作るという点だけはこだわりがありました。

 

売上を作るうえで最も大切なこと

── 売上を作るうえで、最も大切なことは何でしょうか。

伊藤: 選択と集中かなと思います。僕も器用じゃないので、どこに焦点を当てるかが大事なんです。

ウィンタースポーツからシューズに担当が変わり、かつ新店舗の梅田店に移ったときは、“梅田店をディズニーランドにする”ということに絞りました。

── どういうことでしょうか。

伊藤: いまから約17年前ですが、当時梅田には、日本一シューズを売るステップさんがあり、日本一サッカー用品を売るサッカーショップKAMOさんがあり、日本一テニス用品を売るウィンザーラケットショップさんがありました。

そこにゼビオが中途半端に出店しても勝ち目はない。“一度梅田のゼビオに来ていただいたお客さんは絶対もう一度来ていただけるお店にしよう”と決めました。

日本で一番“もう1回行きたい場所”はどこだ、ディズニーランドだろうと。

 

嬉しかったことをスタッフみんなで共有する

── スポーツショップをディズニーランドにするために、具体的には何をしたんですか。

伊藤: ディズニーランドの本に、毎日、嬉しかったことや楽しかったことをキャストみんなで共有する、その嬉しさを感じる能力と、それを許容する文化が、それが“おもてなし”や“思いやり“に繋がり、世界観の構築に繋がっていると書いていました。

なので、梅田店オープンのとき、お客さんとのやりとりでもナビゲーター同士でも、嬉しかったこと、楽しかったこと、良かったこと、これを感じ取って毎日絶対話をしましょうということを言いました。

言い出しにくそうなナビゲーターもいましたが、僕は毎日約一年間やり続けました。

接客も百貨店のように

伊藤: 接客も、百貨店のように一人のお客さんに1時間かけて、体の歪みから全部見てデータを取るようなスタイルを貫きました。すると、一見怖そうな革ジャンのお兄さんが「ゼビオの接客すげえぞ」と違うお客さんを連れてきてくれたりして、人が人を呼ぶ店になったんです。

梅田店の売上が爆発したのは、ナビゲーター全員がその世界観を大事にしたことが大きいと思っています。

── なるほど。ちなみに伊藤さんはシューズを担当される前は、ウィンタースポーツだったんですね。

伊藤: はい、シューズを担当してから17年ですが、その前は北海道のドーム札幌月寒店にいて、その店舗は年末年始はスキー板が5,000セット、ウィンタースポーツだけで売上が爆発的にあるようなお店でした。

その5,000セットのカラーやサイズまで細かく発注を出していました。

── すごい規模ですね(笑)。

 

お客さんの人生や感情が変わる瞬間が一番嬉しい

── 売上向上に貢献してきた伊藤さんが、スポーツショップ販売員の仕事で、もっとも嬉しかったことはなんですか。

伊藤: 意外に売上は関係なくて、あるとき、足が悪くて友達とも一緒に遊べない、修学旅行にも行けないというお子さんと親御さんが来店されたことがありました。

最初は表情も暗かったのですが、僕がいつも通り足の計測をして、シューズもいくつも提案して、インソールも成型して、身体の使い方などをアドバイスしていきました。

すると接客する中で、その子の表情が少しずつ明るくなってくるのががわかりました。最後に「これなら、みんなとまた遊べるかもしれない」と希望を語ってくれたんです。嬉しかったですね。

僕らをきっかけに、お客さんの人生や感情が変わる瞬間があるんです。“また運動できるようになるかも”“希望を持てました”と言っていただけるのは、この仕事の最高に良いところだと思っています。


ヒマラヤ山脈1700kmを51日間で走破するウルトラトレイルランナーが勧めるシューズとは