フェンシング・桐木平乃愛「ライバルであり友でもある存在」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
相対する二振りの細く鋭利な剣が、激しく重なり合い、一瞬の隙を縫って疾風迅雷の突きが繰り出される!
中世の騎士道から生まれた、フェンシング。巧みな技とかけ引きで勝利を手にしたのは、桐木平乃愛(きりきひらのあ)、15歳の高校一年生。17歳以下の日本ランキング4位。ジュニアのアジア選手権では、日本の金メダルに貢献した、日本フェンシング界期待の超新星。
彼女は今、学校に、ライバルに、そして友に恵まれ、さらなる飛躍を遂げようとしている。自信に満ち溢れ突き進む、その青春の日々に密着した。
フェンシングの盛んな地として知られる九州地方。その中で、頭一つ抜きん出た強豪高校がある。県立鹿児島南高等学校。フェンシング部は58年の歴史を持ち、公立高校であるにも関わらず、全国から部員が集まってくる。この猛者揃いのチームで、桐木平は1年生にしてエースの地位を不動のものにしていた。
「そう言われても、前は自信が無かったけど、最近はやっていることに自信が持てるようになったので、プレッシャーに感じることはあまり無いです」
朝練から始まる、桐木平の一日を見てみよう。プロテクターを付ける前に、彼女は痣だらけの足を見せてくれた。
「突かれると痛くて、痣がメッチャ出来るんですよ。この辺はよくなってきて、黄色になってますねぇ」
あっけらかんと笑う。
桐木平は、<突き>を主体とした種目<フルーレ>を専門にしている。得点は剣の先にあるスイッチで電気信号を送り、機械で判定されるのだが・・・ 有効箇所を相手より先に突くには、リーチが長い方が有利。ところが、桐木平の身長は154cm。リーチはお世辞にも長くない。
そんなハンデを補って余りあるのが、積極的に前に出るスピードと、勇気。練習中、常に相手との距離を詰める攻撃スタイルを貫いて、チームメイトたちを圧倒していく。気持ちの強さがあればこその闘い方だ。
そして、テクニックも超高校級。剣を不規則に動かし、相手を幻惑しながら追い詰め、一撃で仕留めてみせた。チームメイトの一人は、桐木平の戦い方を高く評価する。
「第三者目線で自分を見ているような冷静さが、すごいと思います」
そんな桐木平も、一人で強くなったわけじゃない。小学校4年生でフェンシングを始め、数々の大会を制してきた彼女には、その頃からのライバルであり、友でもある存在が。
現在は鹿児島南高校のチームメイトで、同級生の萱島朝香だ。幼い頃から切磋琢磨してきた2人は、互いに勝ったり負けたりの繰り返し。最近では、インターハイ予選の準決勝で激突し、桐木平が接戦を制している。2人が練習で相対すれば、互いに研鑽を積み、高め合っている様子が窺い知れる。
授業の合間に桐木平の様子を覗いてみると・・・ 凄腕剣士の面影はどこへやら。
「ちょっと、っていうか、いっぱい抜けてる」
クラスの友だちからイジられっぱなし。甚だ不本意な表情を浮かべる桐木平に、
「ほら、こういうところですよ。解ってなくて抜けてる!」
ぐぅの音も出なかった。
一日の終わりに、鹿児島市内の桐木平の自宅にお邪魔する。父・健一さんと、姉の陽菜さんも、鹿児島南高校フェンシング部出身だ。陽菜さんは、妹のフェンシングに取り組む姿勢に感心しているという。
「きついトレーニングを楽しそうにやるんですよ。だから強くなるんだろうなって」
それを横で聞く桐木平は、ちょっと首を傾げた。
「やってること自体は楽しくなんかない。でもなんか顔だけ笑っちゃうんですよね」
そう楽し気に語る彼女に、笑顔と強さの原動力を聞いてみると・・・
「同じ種目(フルーレ)の(萱島)朝香ちゃんとか、チームメイトのみんなと一緒だから、辛い時でも頑張れるんだと思います」
7月。全日本選手権の出場を賭けた、大事な試合が間近に迫っている。この頃、桐木平には克服すべき、ある課題が浮上していた。それは、強気に攻めるが故の、彼女のウィークポイント・・・ 積極的に前に出て、相手との間合いを詰めて戦う攻撃的なスタイルは、相手の攻撃も決まりやすい諸刃の剣。
桐木平は、相手のカウンター攻撃を食らう場面が増えていたのだ。攻撃的なスタイルはそのままに、相手との距離の取り方を見つめ直す・・・ 練習の大半が、その試行錯誤に費やされていった。
7月16日。全九州フェンシング選手権大会。多くの学生、社会人が参戦する中、上位5人に全日本選手権の出場資格が与えられる。1回戦は6人の総当たり戦。試合時間は3分間。5ポイント先取で勝ちとなる。
桐木平の初戦。試合開始わずか6秒で最初のポイントを奪うと、28秒で5ポイントを奪って圧勝!その後も高校1年生とは思えない戦いぶりで、5戦全勝。一回戦を突破した。
一方、ライバルであり友である萱島も、危なげなく一回戦を突破し、決勝トーナメン進出を果たす!
その後、決勝トーナメントに入ると、桐木平は相手のカウンター攻撃を食らうなど、ヒヤリとする場面はあったものの、順当に決勝戦に駒を進めた。
そして15ポイント先取の決勝戦。桐木平の前に立ったのは、萱島朝香だった。互いに手の内を知り尽くした2人。すでに全日本選手権への切符は手にしているが、桐木平、萱島共に、勝ちを譲る気などさらさら無かった。
まずは桐木平が、積極果敢に前へ出て、ポイントを先取する。すると萱島は、下がりながらも一瞬の隙を突いて、ポイントを奪い返す。最後の一瞬まで目の離せない、熱戦の予感・・・ だが・・・
相手との距離の取り方を徹底的に研究し、トレーニングしてきた桐木平が、その成果を発揮する。安全な間合いを保ちつつ、攻め時には一気にその間合いを詰めて、たて続けにポイントを重ねていく。見る間に点差が広がり、最後は15対3で決着。桐木平が九州剣士の頂点に立った。
敗れた萱島は、涙に暮れながらもリベンジを誓う。勝者の桐木平も、ライバルで親友の実力を侮りはしない。
「(萱島とは)小さい頃から戦ってきているので、いつも思い切りやるしかないという気持ちでいます」
全九州選手権、女子個人戦は1位から3位まで、表彰台を鹿児島南高校が独占した。萱島はもちろん、鹿児島南のチームメイトたちの存在は、桐木平をさらなる高みへと押し上げる。
全日本選手権では、彼女たちはいったいどれだけの可能性を見せてくれるだろうか? そして桐木平乃愛の瞳は、どんな未来を捉えているのだろうか?
オリンピックの大舞台で、彼女の疾風迅雷の突きを見てみたい。そう心から思う。
TEXT/小此木聡(放送作家)
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