
「海外トップ選手が来ないのは独自ルールのせい」。
「日本のトップ選手はTリーグより国際大会に出るべき」。
Tリーグの話題になるとそのような声をよく耳にする。
だが実際にはアジアのトップ選手はすでに参戦しており、問題はヨーロッパ勢が不在なこと。そして国際大会は気軽に出られる場ではなく、多くの選手にとってTリーグがあることで生活と挑戦を支える基盤となっている。
本稿では、ファンの誤解を整理しながら、Tリーグが直面する本当の課題を考えたい。
海外からスター選手は来ている
Tリーグについて、「海外トップ選手が来ないから盛り上がらない」「海外トップ選手が来ないのは独自ルールのせい」という指摘を耳にすることがある。
だが正確に言えば、海外選手がまったく来ていないわけではない。むしろ韓国や台湾、マカオからはすでに世界トップクラスが参戦している。
写真:リンユンジュ(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部
男子では、チャイニーズタイペイから林昀儒(リンユンジュ・木下マイスター東京・世界ランク11位)、韓国からは安宰賢(アンジェヒョン・琉球アスティーダ・同14位)、呉晙誠(オジュンソン・T.T彩たま・同15位)、李尚洙(イサンス・岡山リベッツ・同25位)、張禹珍(チャンウジン・金沢ポート・同28位)が参戦。
女子でもマカオから朱雨玲(ジュユリン・木下アビエル神奈川・同7位)、チャイニーズタイペイから鄭怡静(チェンイーチン・木下アビエル神奈川・同15位)が登録されている。
写真:早く日本で見てみたい朱雨玲(ジュユリン・マカオ)/提供:WTT
こうして見れば、アジアのスター選手はすでに多数参戦しており、Tリーグが「海外トップ選手不在」というのは事実と異なる。
焦点は「なぜヨーロッパ勢が少ないのか」という点に絞られる。
ヨーロッパ勢が不在な理由は「金銭的なコスト」
ヨーロッパの選手がTリーグにほとんど来ないのは、独自ルールのせいではない。
理由は極めてシンプルで、金銭的なコストだ。韓国や台湾の選手は移動距離が近く、渡航費や滞在費の負担が小さい。
だがヨーロッパからの選手を呼ぶ場合、往復航空券・宿泊費・帯同スタッフ費を合わせて100万円規模になることもある。時差の影響を考慮すれば試合の数日前から招集が必要となり、さらに宿泊費が上乗せされる。
また、Tリーグの選手契約は基本給に加え、帯同給や出場給、勝利給といったいわゆる出来高制が一般的だ。
世界トップランカーの中には、プロフェッショナルとして出場給+勝利給で100万円を超える条件を提示する選手も少なくない。もともとの報酬単価が高いため、そこに渡航費や滞在費が加わればチームの負担は一層重くなる。
試合数の少なさが滞在を難しくする
さらにTリーグは野球やサッカーのように毎週試合があるわけではなく、シーズンの試合数は限られている。
したがって「日本に拠点を移して住んでもらう」という合理性もなく、短期滞在になってしまうが、そうするとより一層、費用対効果が合わなくなってしまう。
結果的に、現状のリーグやチームの資金力ではヨーロッパ勢を呼ぶのではなく、アジア圏の選手や日本国内の選手で戦うというのがベターな選択になる。
国際大会は気軽に出られない
卓球ファンの一部には「ヨーロッパ勢もおらず、独自ルールのTリーグで戦うのは無意味」「国際大会で世界ランキングを上げてこそ価値がある」という見方もある。
だが現実には、WTTなどの国際大会の多くは自費参加であり、出続けるには多額の費用がかかる。
航空券や宿泊費を含めれば1大会につき60〜80万円の出費が必要で、コーチやトレーナーが帯同すれば2倍、3倍と容易に膨れ上がる。
大きなスポンサーを持つ一部のスター選手ならまだしも、多くの選手にとっては気軽に複数大会を転戦できるものではない。
Tリーグは選手の生活を支える基盤
Tリーグという国内リーグの存在は、そういう世界トップを目指したい選手はもちろん、卓球選手として暮らしていきたい選手が国内で収入を得ながら競技を続けるための重要な基盤になっている。
多くの選手にとってTリーグの契約金や出場給・勝利給は活動資金を支える現実的な収入源だ。
彼らにとってTリーグは夢の舞台であると同時に、生活を支える大切な職場なのだ。
写真:Tリーグ2022-2023ファイナル会場の代々木第二体育館/撮影:ラリーズ編集部
考えてみれば、プロ野球も同じだ。大谷翔平のようにメジャーで活躍する選手もいれば、多くの選手は国内リーグでキャリアを築き、ファンに愛されている。
国内リーグが盛り上がるからこそ、野球という競技そのものが日本で国民的な人気を保っている。
卓球も同様で、海外挑戦だけがキャリアの価値ではない。国内リーグで活躍し、生計を立てる選手の姿も、もっと評価されていいはずだ。
独自ルールは障壁ではなく仕掛け
張本智和選手(トヨタ自動車)のインスタグラムでの発言をきっかけに「Tリーグの独自ルール」に関する賛否がファンの間で議論された。
独自ルールは、選手にとって負担となる面もあるが、興行を成立させるための工夫として導入されている。
写真:Tリーグ4季目ファイナル/撮影:ラリーズ編集部
卓球は実力差が明確に表れやすく、通常ルールでは試合開始前から勝敗が見えてしまうカードも多い。団体戦とはいえ個人戦の積み重ねである卓球では、野球やサッカーのような番狂わせの要素が少ない。
そこでTリーグは、試合を最後まで緊張感あるものにするために、延長戦や試合順の工夫を取り入れている。
純粋な競技性を競うという観点では、WTTや全日本選手権が存在しており、Tリーグは「競技」ではなく「興行」として、卓球に別の価値を提供する存在だと言える。
ガバナンスとスローガンの課題
ただし、ここで見逃せないのがTリーグの構造的な課題だ。
Tリーグは「プロリーグ」と名乗ってはいないが、ファンの一部にはそう誤解されている。
現実には、プロ契約選手と学生・実業団所属選手が混在する“プロアマ混合リーグ”であり、ガバナンスの一貫性も十分ではない。
「世界最高峰のリーグに」というTリーグが当初掲げた看板と実態の乖離が、選手やファンの期待とのギャップを生んでいる。
スローガンを見直すのか、“世界最高峰”という定義を明確にするのか。
いずれにしても、Tリーグには方向性を示す旗振り役が必要だ。
必要なのは興行を成功させる力
写真:2024-25シーズン男子ファイナルの様子/撮影:ラリーズ編集部
結局のところ、Tリーグに必要なのはルール変更という表層的な視点ではなく「どう興行を成功させるか」という視点だ。
多種多様に溢れる現代のエンターテイメントの中から、いかにして観客に選ばれるコンテンツとなるか。
観客動員を増やすことで盛り上がりを作り、スポンサー収入を増加させ、チームへの分配金を増やすことができれば、選手の待遇も改善されるだろう。また、ヨーロッパからトップ選手を呼ぶことも現実的になる。
国内で活動を軸に生きる選手が報われる場をつくるのか、それとも「世界最高峰」の名にふさわしい舞台を目指すのか。どちらが正解かという話ではない。だが、いずれにせよリーグとしての覚悟とリーダーシップは欠かせない。
海外トップ選手はすでに来ている。ヨーロッパ勢が少ないのはルールのせいでも選手の意欲のせいでもない。資金力の問題であり、その背景にはリーグ運営の戦略に課題が残る。
Tリーグの未来は、その現実を正面から捉え、持続可能な形をリーグが主導しつつ、チームや選手、ファンとともに模索できるかどうかにかかっている。
文:山下大志(ラリーズ編集長)
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