アメリカでは裏切り、日本では円満退社?移籍騒動から見える日米スポーツ文化の決定的な違い - アメリカ4大スポーツ比較 vol.8 -

身近な例えから始めたい。
例えば、あなたの職場の同僚が「転職する」と言い、会社を辞めたとする。仮にその人が社内・外で信頼の厚い存在だったなら、最終出勤日には周囲から労いの言葉をかけられ、前向きに送り出されるだろう。「次の職場でも頑張ってください」──日本に限った話ではないが、転職はキャリアアップや新たな挑戦として受け止められるのが一般的だ。

しかし、この感覚はスポーツの世界、特にアメリカでは大きく異なる。

スポーツにおける「転職」は、すなわち「移籍」である。アメリカでは、移籍した選手が元のチームや地域のファンから強い反発を受けるケースが少なくない。「家族のために、自分を評価して給料も高く払ってくれるチームにいく」という至ってシンプルな理由なのに、ファンからは”裏切り者”として扱われる。象徴的な例が、NBAのスーパースター、レブロン・ジェームズだ。地元クリーブランド・キャバリアーズからドラフトされ、街の象徴とも言える存在だった彼がマイアミ・ヒートへ移籍した際、地元では激しい批判が巻き起こり、社会現象と呼べるほどの混乱が生じた。

日本でも、特定の地域やスポーツでは移籍に対する反発が起こることはある。しかし、同じバスケットボールで見れば、ここまでの事態に発展する例は多くないだろう。対してアメリカでは、NBAに限らず、NFL、MLB、NHLといった主要スポーツ全体で、エース級選手の移籍が強い感情を伴って受け止められる傾向がある。ある意味で、それは“特別な出来事”というより、繰り返されてきた文化的反応ですらある。

もちろん、これは数ある事例のひとつに過ぎない。だが、日本とアメリカでは、なぜここまでスポーツへの向き合い方、そして「チーム」と「選手」に対する考え方が異なるのか。前回の記事では「観客がどのように会場で過ごしているか」を見ていったが、本稿では「なぜそうなったか」という背景にあるスポーツ文化の違いを、具体的な構造や思想から紐解いていく。

前回記事:
なぜアメリカでは「試合を全部見なくても楽しい」のか?「120分座って観る」はもう古い? - アメリカ4大スポーツ比較 vol.7 -

アメリカと日本、スポーツ興行の“前提思想”の違い

大前提として、前回記事でも記載した通り、アメリカではそもそも「試合を全部見る前提」でスポーツが設計されていないという文化がある。現地では、仲間との時間や会場での体験そのものが大きな価値として認識され、勝敗だけではなく スタジアム全体を楽しむこと自体がスタンダードな観戦スタイルになっている。試合前後の過ごし方や、友人・家族との共有体験が、観戦満足度に大きく影響しているという調査結果(※1)もある。

一方で、日本では依然として 「試合を見ること」が観戦体験の中心に置かれる傾向が強い。観戦前後の情報収集や体験がプラス要素として評価される傾向はあるものの、主要な評価点は依然として「試合そのもののクオリティ」であり、観戦中の体験が観客満足度に与える影響はアメリカほど大きくないというデータもある。

このように、アメリカではスポーツ観戦全体の体験価値を重視する一方で、日本では「試合中の出来事」に期待や重心が偏重する、といった文化的な違いが顕著に表れている。
つまり、「試合」というコンテンツはアメリカにとっては体験価値の一部であり、日本にとっては体験価値の中心なのだ。
以下の表は、競技ごとではなく、両国のスポーツ文化全体としての傾向を整理したものである。

一目でわかる:アメリカと日本のスポーツ文化の違い

項目 アメリカ 日本
応援の主体(地域/選手) 地域・チームが主体(箱推し)都市・州のアイデンティティと強く結びつき、選手が入れ替わってもチームを応援し続ける
選手が主体(選手推し)スター選手や特定の個人にファンが付き、移籍や引退で応援先が変わることも多い
スタジアムの役割(滞在型/観戦特化) 滞在型・回遊型空間試合前後を含めて「半日過ごす場所」。飲食・交流・イベントも体験価値の中核 観戦特化型空間基本は「試合を見る場所」。試合前後の滞在価値はまだ限定的
チケットの意味(入場券/観戦権) 入場券に近い試合は数あるコンテンツの一部。席を離れても体験は続く 観戦権に近い試合を見ること自体が最大価値。席を外す=体験の欠落
移籍時のファン心理 チーム最優先移籍=裏切りと受け取られやすく、強い感情的反発が起きやすい 選手目線で理解されやすいキャリア選択として受け止められ、比較的寛容
子ども・家族の関わり方 日常レジャーの延長子ども向けエリア、家族向け企画が充実。試合を見なくても成立 教育・応援体験に近い「一緒に試合を観る」ことが中心で、付帯体験はまだ少ない
スポンサーの露出思想 体験に溶け込ませる飲食・空間・演出の一部として自然にブランド接触を作る 視認性重視看板・ロゴ掲出など、分かりやすい露出が中心

アメリカと日本、それぞれの“スポーツ文化ならでは”

アメリカの“ならでは”:地域と日常に組み込まれる仕組み

アメリカでは、スポーツが日常生活や地域の結びつきの中心として機能している。特に高校や大学のスポーツは、コミュニティ全体の社会行事として成立しており、フットボールやバスケットボールの試合には地域住民が集まる習慣がある。これにより、スポーツが地域文化として日常に浸透している。例えば、アメリカの学校スポーツは「地域の誇り」として語られ、家族・友人と共に観戦する機会が生活の一部になっているという文化的記述(※2)がある。

また、最新のマーケティング調査でも、スポーツが単なる競技ではなく、文化的体験として機能しているという傾向が示されている。ニールセンの報告によれば、スポーツはファン同士のつながりや文化的表現のプラットフォームとなっており、単一のスポーツイベント以上の意味を持つようになっている。また、アメリカ国内のみならず、アジア系アメリカ人などの多文化コミュニティにもスポーツという場が文化融合の焦点となる例が報告(※2)されている。

MLBの例でも、162試合という長いシーズン構造が「スポーツを生活の一部」として消費される土壌を作っている。日常的な観戦やラジオでの試合視聴、仕事帰りの球場訪問などがファン行動として普遍化しており、これはスポーツが日常的文化になっている証左と言えるだろう。

日本の”ならでは”:“選手推し”になりやすい理由

日本では、スポーツ観戦体験が「試合そのもの」や「選手個人のパフォーマンス」に集中する傾向が比較的強い。これはメディア露出や応援文化の背景とも結びついており、テレビ・ネットの視聴体験自体が「誰が活躍するか」「どんなプレーが生まれるか」に注目する構造になっていると分析されている。実際、メディアや記事でも「スター選手」の活躍が中心に語られるケースが多い。

また、アメリカのスポーツ文化が「地域・チームの一体感」を重視するのに対し、日本では選手自身のブランドや魅力が観戦動機になることが多い。これは、多くの競技でスター選手の存在がファン動員や関心を左右することからもうかがえる。日本においても、スター選手の出身チームへの関心が高まり、移籍や活躍が物語として消費される傾向が強い(※2)。

最後にビジネス構造の視点で見ても、日本のスポーツ市場は、プロリーグの収益規模やスポンサーシップのあり方においてもアメリカと大きく異なる。アメリカの大規模な市場と比較すると、日本のスポーツ市場は相対的に小さく、スタジアム外での付加価値創出(飲食・物販など)も限定的(※2)であるとされている。この背景が、選手への注目がそのまま観戦価値に直結する構造を生んでいると見ることができる。


ヤンキースのスター:アーロン・ジャッジが若いファンにボールを渡し、その家族が撮影した動画がバズった

移籍した選手やチームが変わることへの反応が示す“ファンの付き方”の違い

アメリカ:移籍に対する反応が“チームコミュニティ”の感情を露わにする

アメリカのプロスポーツにおける移籍やトレードは、単なる戦力変更以上の出来事として受け止められる傾向が強い。例えばNBAでは、スター級選手同士の大型トレードが発表されると、歓喜だけでなく怒りや抗議的な反応がSNSや会場で顕著に現れることがある。

冒頭に記載したレブロン・ジェームズがマイアミ・ヒートへ移籍した際の『The Decision』を筆頭に、最近ではダラス・マーベリックスからロサンゼルス・レイカーズへのアンソニー・デイビスとルカ・ドンチッチのトレードでは、一部ファンが会場前で抗議の示威行動をしたり、シーズンチケットをキャンセルする動きが出るなど、感情的反応が噴出した。
また、MLBの大谷翔平について、全米の78%がトレードすべきという意見が出たというESPNによるアンケート結果があるように、移籍に関する意見がファン世論として可視化されやすいという状況がある。これは単に「好き/嫌い」ではなく、チームの未来や競争力への期待と結びついた反応といえる。

また、アメリカでは「トレードで大物選手が放出される=チームが弱体化する」という損失感情と結びつきやすい。これは、ファンが「チームそのものの成功=自分ごと」として捉える文化が根強いからであり、単なる戦力補強の移籍でも、感情的に受け止められることが多い。こうした反応は「選手」ではなく「チーム」への帰属意識が強いアメリカのスポーツ文化を示している。

日本:移籍への反応は比較的“選手個人への評価”に重心がある

日本のスポーツファンは、移籍した選手本人への支持や評価が変わりにくい傾向がある。地域密着型のチーム応援よりも、スター選手そのもののパフォーマンスや物語性に重心があるため、移籍が起きても、ファンはその選手のキャリアやパフォーマンスを中心に応援し続けることが多い。さらに言えば、これまで応援していたチームを捨てて、その選手が移籍したチームを応援するという傾向すらある。

例えば、日本代表のシューターとして活躍し、セレブレーションのポーズでも話題になった比江島慎は、大学卒業後に現在のシーホース三河に加入し、海外挑戦としてオーストラリアに渡ったが、帰国後は宇都宮ブレックスに加入した。アメリカだとこのような事例はないため感覚的な話にはなるが、出戻りに対しては非常にウェルカムな空気感を持って歓迎してくれるが、外に行けば一気に敵になる印象だ。しかし、日本においては「宇都宮でも頑張って!」などのコメントが非常に多く寄せられるなど、あくまで比江島本人を応援するスタンスを貫くファンが多い。

一方、日本でもサッカーは非常にアメリカ的思想と体質がある。ライバルチームへ移籍した選手が入れば「禁断の移籍」として裏切り者のレッテルを貼られ、古巣への凱旋試合の時にはとんでもないブーイングの嵐になることも多い。このようなスポーツによる特徴はあるものの、日本のプロスポーツの多くは「どこへ行っても応援する」といった個人への評価・愛着が主な反応として現れることが多い。


ドンチッチが所属していたダラスでは、ファンが「GMを今すぐクビにしろ」という暴動が起きた

【まとめ】なぜ箱推し?なぜ選手推し?

ここまで見てきた通り、アメリカと日本ではスポーツの楽しみ方、そしてファンの付き方に明確な違いがある。アメリカでは「箱推し」、日本では「選手推し」になりやすい——
この構造は、単なる好みの違いではなく、スポーツが社会の中でどのような役割を担ってきたかの違いに起因している。

アメリカにおいてチームは、単なる競技集団ではない。地域そのものを象徴する存在であり、どのチームを応援しているかは「自分がどこに属しているのか」を示すアイデンティティの一部でもある。だからこそ、応援の対象は自然と「人」ではなく「場」になる。チームが存続する限り、そこに集う人々の関係性や文化も続いていく。その前提があるから、選手の移籍はしばしば「裏切り」として強い感情を伴う。一方、日本のスポーツはどうだろうか。多くの場合、ファンは選手のプレーや物語、スター性に惹かれて応援を始める。移籍は「転職」や「キャリアアップ」に近い感覚で受け止められ、選手個人を応援し続けることも珍しくない。ここではチームやスタジアムよりも、「誰がプレーしているか」が体験の中心になりやすい。

この違いは、スポーツが日常にどれだけ組み込まれているか、という点にも表れている。アメリカでは、スポーツ観戦は家族や友人と定期的に集まるための装置として機能してきた。試合はその中の重要な要素ではあるが、すべてではない。対して日本では、スポーツ観戦はあくまで非日常の娯楽であり、「試合を見ること」そのものが最大の価値になりやすい。結果として、勝敗やスター選手の存在が強く意識される構造が生まれる。

また、興行の設計思想にも差がある。アメリカ4大スポーツでは、ライバル関係やブーイング、時には“悪役”の存在まで含めてエンターテインメントとして成立している。感情の振れ幅を許容し、対立構造を内包することで、チーム=共同体への帰属意識がより強化される。一方、日本のスポーツはファミリー層を意識した安心・安全な設計が主流で、対立や過激な感情表現は意図的に抑えられてきた。
もちろん、どちらが正解という話ではない。箱推し文化が成熟していて、選手推し文化が未熟というわけでもない。それぞれの社会、歴史、スポーツの立ち位置によって、自然に形成されてきた結果である。ただし、日本のスポーツ興行にとって示唆がないわけではない。選手推しを起点としながらも、スタジアムで過ごす時間そのものや、地域との接点、選手がいなくても成立する体験価値をどう積み上げていくのか。この視点を持つことで、日本のスポーツは次のフェーズに進む可能性を秘めている。

なぜアメリカでは箱推しが根付き、なぜ日本では選手推しになりやすいのか。その違いを理解することは、単なる文化比較にとどまらず、日本のスポーツをより面白くするためのヒントにもなるはずだ。

前回記事:
なぜアメリカでは「試合を全部見なくても楽しい」のか?「120分座って観る」はもう古い? - アメリカ4大スポーツ比較 vol.7 -

【参考】
(※1)https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/data/sportsspectating.html 、 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000604.000004729.html 、 https://www.nielsen.com/pt/news-center/2022/sports-fandom-is-increasing-powered-by-new-digital-platforms-global-report-finds/

(※2)https://www.nielsen.com/ja/insights/2025/multicultural-audiences-reshaping-fan-experience-new-brand-playbook/ 、 https://ifrc.or.jp/sports-business-gap/

(※3)https://number.bunshun.jp/articles/-/858103?page=1 、 https://www.nikkansports.com/baseball/news/202601280000138.html