世界で一番儲かっているスポーツが、世界で一番広がらない理由 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.5 -

前回の記事でも、アメリカ4大スポーツは「閉鎖リーグ」として紹介した。
これは本来、「昇降格が存在しない」というリーグ構造を指す言葉だが、
実はこの言葉は、もう一つの意味でも使えるのかもしれない。
――「世界への広がり」という観点である。

世界で最も儲かっているスポーツリーグといえば、アメリカンフットボール(以下:アメフト)のプロリーグであるNFLだ。その年間収益は 約2.8兆円。アメリカ4大スポーツの中で2番目に位置するメジャーリーグ・ベースボール(MLB/約1.8兆円)と比べても、実に約1兆円もの差がある。

これほど圧倒的なビジネス規模を誇るにもかかわらず「競技」という側面で見ると、アメフトの競技人口は、数あるスポーツの中でも決して多いとは言えない。
NFLの試合を観て熱狂しても、それがそのまま「自分もプレーしたい」という感情につながらない。あるいは「プレーしたくてもできない」スポーツになってしまっている。

本稿では、NFLを中心に、アメリカ4大スポーツの中で、世界に広がるスポーツと広がらないスポーツの違いを紐解いていく。

前回記事:
昇降格は本当に不要?米国4大スポーツから見る「別軸の競争設計」と地域密着モデル - アメリカ4大スポーツ比較 vol.4-2 -

【前提】アメリカ4大スポーツが示す数字

本稿では「アメリカ4大スポーツ」に焦点を当てているが、まず前提として、各スポーツがどのような数字を残し、どの程度の広がりを見せているのかを整理しておきたい。

競技・リーグ 放映/配信されている国・地域数 競技・プレーが行われている国(加盟国ベース)
アメリカンフットボール(NFL) 約200以上(主に視聴可能地域) 約70カ国+α(IFAF加盟数)(他プレー組織あり)
バスケットボール(NBA) 約200以上(NBA League Pass 等含む) 約200カ国・地域(FIBA加盟数)
野球(MLB) 約150以上 約140カ国(WBSC加盟数)(ベースボール/ソフトボール含む)
アイスホッケー(NHL) 約200以上(DAZN経由含む) 約80カ国(IIHF加盟数)

いずれの競技も、概ね100カ国以上の国や地域で放送・配信され、世界中で視聴可能な環境が整っている。さらにYouTubeのハイライト映像など、SNS時代の現在では「いつでも・どこでも見られる」状態にあると言ってよい。

この「観戦できる状態」という広がりにおいて、NFLは放映権ビジネスによって莫大な収益を生み出してきた。しかし、視点を「実際に競技が行われている国の数」に移すと、景色は大きく変わる。
アメフトは約70カ国前後。アイスホッケーも同規模であるのに対し、バスケットボールと野球は放映国数と競技実施国数がほぼ重なっている。

つまり「視聴の広がり」と「競技の広がり」には、スポーツごとに明確な差が存在する。
特にアメフトは、放映されている国の数と比較すると、競技として定着している国数が明らかに少ない。さらに、あらゆるスポーツを俯瞰したとき、競技人口とファン人口の双方で世界上位に食い込んでいる(※1)のはバスケットボールのみである。

【競技人口】

ランク スポーツ 推定プレー人数
1 バスケットボール 約6.1億人
2 バレーボール 約3.7億人
3 サッカー 約2.5億人

【ファン人口】

ランク スポーツ 推定ファン数
1 サッカー 約35億人
2 クリケット 約25億人
3 バスケットボール 約22億人

これらの数字が示しているのは「NFLは収益化と放映ビジネスが突出して成功している」という事実であって、必ずしも「世界中に毎年・毎試合視聴するファンが存在している」こととイコールではない。
アメリカ4大スポーツの中で、放映権ビジネス・競技人口・ファン人口のすべてで世界的な広がりを持つのは、バスケットボールのみである。

つまり、アメフトは「世界で見られてはいるが、世界でプレーされてはいない」という、極めて特異なポジションにあるスポーツなのだ。この「視聴の広がり」と「競技の広がり」のギャップこそが、NFLという巨大ビジネスの構造を読み解く上で、極めて重要なヒントになる。

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競技人口から見るアメリカ4大スポーツの人気

前章で見た通り、スポーツの「放映されている範囲」と「実際に競技として根付いている範囲」は、必ずしも一致しない。そしてその違いを最も端的に示す指標が、競技人口である。世界の主要スポーツの競技人口を俯瞰すると、意外な構図が浮かび上がる。

一般的な「世界一のスポーツ」というイメージからすると、サッカーが1位ではないことに驚く読者も多いだろう。しかし「実際にボールを触ってプレーしている人の数」という観点では、バスケットボールとバレーボールが世界のトップに立っている。以下の通り、バスケットボールとバレーボールには、共通する特徴がある。

・ルールが直感的で分かりやすい
・少人数でも成立する
・専用設備がほとんど要らない
・学校体育やレクリエーションと相性が極めて良い

特に学校教育との親和性は大きい。体育の授業で誰もが一度は経験し、そのまま生涯スポーツとして親しまれる。この構造が、競技人口を爆発的に押し上げてきた。サッカーも同様であるからこそ、世界的な人気を獲得している。

アメリカ4大スポーツの位置付け

この構図をアメリカ4大スポーツに当てはめると、さらに鮮明になる。

バスケ 競技人口・ファン人口・放映規模すべてが世界的
野球 特定地域で極めて強く根付く準グローバル競技
アイスホッケー 寒冷地域中心の地域型スポーツ
アメフト 巨大ビジネスだが競技人口は限定的

特にアメフトは「世界で最も儲かっているが、最もプレーされていないメジャースポーツ」という極めて特殊な存在である。競技としての普及度で見れば、アメフトは4大スポーツの中で明確に最下位に位置する。

NFLは世界200以上の国と地域で放送・配信されている一方、実際に競技が行われている国は約70カ国前後にとどまる。これは他の3競技と比べても明らかに異常な乖離だ。

バスケットボールや野球は「見るスポーツ」であると同時に「やるスポーツ」としても世界に広がってきた。しかしアメフトは、ほぼ完全に「見るためのスポーツ」としてのみ拡張してきた。この時点で、アメフトはすでにグローバルスポーツとして致命的なハンデを背負っていると言っても過言ではないだろう。

アメフトが世界に広がらない理由

ここまで見てきた通り、アメフトは「視聴」は世界に広がりながら、「競技」はほとんど広がっていないという、4大スポーツの中でも特異な存在である。では、なぜこの構造が生まれたのか。

結論から言えば、アメフトは、競技そのものが“閉鎖リーグ構造”と極めて相性の良い設計になっているからだ。この「閉鎖性」は、単に昇降格が存在しないという制度上の話ではない。スポーツの設計思想そのものが、世界展開を前提としていないのである。ちなみに、アメリカ4大スポーツの中で言うと、アイスホッケーも同様のことが言える。

競技コストが高すぎる

アメフトは、競技を始める時点で障壁が異常に高い。

・防具一式が必須
・専用フィールドが必要
・1チーム40人前後の大所帯
・高度な戦術理解と専門コーチ陣

バスケットボールやサッカーが「ボール1つあれば成立する競技」だとすれば、アメフトは設備がなければ成立しない競技である。2028年のロスオリンピックから正式種目化が決定した「フラッグフットボール」の存在もあるが、本気でアメフトをプレーする場合は、防具関連であまりにもコストがかかりすぎることも懸念点だと言えるだろう。

またコスト面で言えば、学校教育になかなか取り入れることが難しいのもひとつの課題かもしれない。バスケやサッカー、野球などは簡単に授業にも取り入れることができるが、アメフトを授業に取り入れることは非常に難しい。男女MIXでできる競技でもなく、怪我のリスクも非常に高いからだ。上記の通りフラッグフットボールは授業にも取り入れやすい、まさに「ボール1つで成立する競技」ではあるが、フラッグフットボールとアメフトではあまりにも競技が違いすぎる。
やはり幼少期に触れて楽しかったという経験からスポーツにのめり込む人は少なくないため、コスト面からも「広がりにくい構造」になってしまっていると言わざるを得ないだろう。

グローバル展開とマッチしない

そもそも、アメフトのルールを知っている人はどれほどいるのだろうか。
おそらく多くの人たちは、アメフトの競技ルールを知らないだろう。仮にテレビで見ても、わかりやすく理解できるものではない。一方のサッカーやバレーボールは、ルールを知らない人が見てもきっとなんとなく理解できる競技である。
「わかりやすさ」はスポーツに取って非常に重要なファクターであるものの、アメフトの場合は非常にわかりにくいため、これがグローバル展開とマッチしない理由とも言われている。

それでもNFLの放映権が売れているのは、世界中に「NFLを見たい」というコアなNFLファンが多くいるからに他ならない。NFLは世界最強・世界最大・世界最高収益のリーグであり、アメフトという競技の最終完成形でもある。その完成度が高すぎるがゆえに、世界各国のリーグは成長の余地がほぼ存在しない。
競技人口が少ない上に設備投資だけでも非常にお金がかかるスポーツを、わざわざ新たに取り組み、また国技にし、盛り上げていこうと考える国はきっと多くないだろう。
サッカーのように「地元クラブ→国内リーグ→欧州トップリーグ」という上昇モデルが存在するわけでもなく、アメフトはもはや最初からゴールが「NFL」しかない構造なのだ。

ゴールが最初から「NFL」しかないからこそ、その下がほとんど存在しない逆ピラミッド型のスポーツとも言われている。世界に広がるスポーツは、やはりその多くが地域から国、国から大陸、そして世界へ……というピラミッドになっている。小さなコミュニティで初めてそのスポーツをプレーし、自国のリーグでプレーし、アジアならアジアのトップリーグにいき、そして最高峰のリーグにいく、というのが定石だが、アメフトはそうではないのだ。

NFLは巨大で完璧なビジネスモデルだが、競技の参入障壁の高さや気軽に触れられる場所が他スポーツに比べると少ないため、同時に世界的な広がりという意味でも他スポーツに遅れを取ってしまっている。しかしながらNFLのビジネスとしての完成度の高さが、アメフトという競技そのものを孤高の存在にしてしまってるのかもしれない。

広がらないことは、失敗なのか?

アメフトは、世界で最も儲かっているスポーツでありながら、世界で最も広がっていないメジャースポーツでもある。
この矛盾は偶然ではない。アメフトは競技設計、教育との接続、リーグ構造、ビジネスモデルのすべてにおいて「アメリカ国内市場の最適化」に極限まで振り切った結果、NFLという世界最大のスポーツビジネスを生み出した。
その一方で、競技そのもののグローバル展開をほぼ自ら封じる構造を完成させた。つまりアメフトは「世界に広がることで成功したスポーツ」ではなく「広がらないことで成功したスポーツ」なのである。現代スポーツビジネスではしばしばグローバル化こそ正義と語られるが、NFLは巨大な国内市場を徹底的に磨き上げるだけで世界最大になれるという別の成功モデルを証明してしまった。
競技人口が増えなくても、世界中でプレーされなくても、NFLは成立し、成長し続ける――。

むしろアメフトは「誰でもできるスポーツ」になることを選ばなかったからこそ、ここまで洗練されたビジネスになったとも言える。ここで浮かび上がるのは「スポーツの価値とは何か」という根源的な問いだ。競技人口の多さなのか、ファンの数なのか、それとも経済規模なのか――。

バスケットボールは競技人口・ファン人口・グローバル展開のすべてを獲得した。一方でアメフトは普及度を犠牲にしてでも圧倒的な収益と支配的な国内市場を手に入れた。どちらが正しいかではなく、スポーツには複数の成功モデルが存在するという事実こそが、この比較から導かれる結論である。

そしてこの問いは次のテーマへとつながる。年俸、社会的地位、影響力という指標の中で、これからの若い世代はどのスポーツに価値を見出すのか。次回vol.6では、Z世代が最も魅力を感じるスポーツは何かを、数字と構造から徹底的に比較していく。

【参考】
(※1)https://www.bicistickers.com/en/blog/post/the-most-popular-sports-in-the-world-2025-13
(※2)https://www.fiba.basketball/en/news/fiba-celebrates-more-than-610-million-players-globally-on-second-edition-of-wbd
(※3)https://www.nielsen.com/ja/news-center/2024/nielsen-sports-japan-report-ranking-the-popularity-of-17-sports-in-21-countries/