昇降格は本当に不要?米国4大スポーツから見る「別軸の競争設計」と地域密着モデル - アメリカ4大スポーツ比較 vol.4-2 -

アメリカ4大スポーツには「昇降格」がない。
一方で、日本やヨーロッパの一部のスポーツには「昇降格」が導入されている。この現状を踏まえて、前回はなぜアメリカ4大スポーツが「昇降格」を導入しないのか。また、それによるメリットや実現可能になる設計などを紹介していった。

▼メリット

観点 昇降格あり(日本・欧州型)
昇降格なし(アメリカ型)
緊張感・ドラマ性 残留争い・昇格争いなど、シーズン終盤に強い緊張感が生まれる
プレーオフやドラフトなど、別軸で物語を設計できる
短期的な注目度 一発勝負・入替戦などで一時的に大きな盛り上がりを作りやすい
シーズン全体を通したストーリーを安定して作れる
下位リーグの希望 下位カテゴリーからトップを目指す明確な導線がある
下位チームでも再建・ドラフトによる逆転可能性がある
地域の熱量 成績と連動した感情の振れ幅が大きい
勝敗に左右されにくい長期的な地域愛が育ちやすい

▼デメリット

観点 昇降格あり(日本・欧州型)
昇降格なし(アメリカ型)
経営リスク 降格による放映権・スポンサー収入の急減リスクが大きい
成績不振でも市場価値が大きく下がりにくい
長期投資 再建期=降格リスクとなり、長期育成が難しい
再建フェーズを戦略として許容できる
放映権ビジネス 市場・所属チームが変動し、長期契約と相性が悪い
同一商品として長期・高額契約が可能
ファンダム形成 勝敗依存が強く、離脱が起きやすい
世代継承型の安定したファンダムが成立しやすい
物語の作り方 「勝つ/落ちる」の二元論になりやすい
スター、再建、復活など多層的な物語を描ける

 

今回の後編では、昇降格がないからこそ生まれてくる課題や弱点、またその先にある別解を整理していく。

前回記事:
昇降格不要論。米国型スポーツの設計思想 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.4-1 -

【前提】リーグ別:地域密着の“やり方”が違う

まず、前編でも記事にした通り、昇降格は「手段」であるために「地域密着」とイコールではない。しかし、昇降格があることによって近づく人・遠ざかる人がいることは事実である。アメリカ4大スポーツの場合は昇降格がないために、必然的にフランチャイズの顔になっているものの、関わり方などはリーグによって全く違う形である。

リーグ 地域密着の特徴 文化のコア
NFL 週1イベントとして地域一体感
都市アイデンティティの象徴
MLB 日常的な生活文化として溶け込む
家族・世代ファンの継承
NBA 都市と世界を同時に結ぶ
スター選手を軸にしたグローバル文化
NHL コアな地域文化の濃密さ
深理解層のコミュニティ形成

NFLは週に1度しか試合を行わないことから、「毎週のイベント」として確固たる地位を築いている。BtoB領域で存在感を放つスポーツメディア「SGB media(※1)」によると、多くのファンが「自分の住む街のチーム」という強い帰属意識を持っており、それが地域コミュニティの結束や日常生活の活性化に寄与しているというデータも存在する。近隣とのつながりや一体感を感じる要因にもなっているのだ。
簡単に言えば、勝敗に関わらず、チームの存在そのものが「地元の誇り」であり、アイデンティティの象徴となっている。

MLBはほぼ毎日試合が行われるため、「日常に溶け込んだスポーツ」として地元文化に深く根付いている。ローカルメディアを軸足に置いた運営を続けてきた結果とも言える。NFLと近しい側面もあるが、試合数の多さからもわかるように常に話題に事欠かず、地域の誇りとして機能している。また、世代を超えて同じチームを応援し続けるケースが多いのも特徴だ。

NBAは上記2リーグとはやや異なり、アメリカ国内にとどまらず、アジア、ヨーロッパ、アフリカなど世界各地にファンを持つグローバルなスポーツリーグである。プロモーションにおいてもスター選手を前面に押し出したファン獲得戦略を展開しているため、「チーム」よりも「選手」に惹かれるファンが多い傾向にある。もちろん、アメリカ本土の地元ファンに目を向ければ事情は異なるが、選手を軸にした応援構造を意図的に作ってきた結果として、1人のファンが複数のチーム(あるいは選手)を応援するケースも非常に多い。

4大スポーツの中でも、認知度やフォロワー数が最も少ないとされるNHLは、上記3リーグと比べて「ニッチ」と語られることが多い。しかし、だからこそ独自のファン形成プロセスを築いている。ライト層を広く獲得するというよりも、すでに存在するコアファンを、さらに強固な存在へと育てていくアプローチが特徴だ。
試合観戦にとどまらず、学校支援プログラムや地域イベントなど、いわば“草の根活動”を他リーグ以上に積極的に展開しており、地元の人々にとっては「会いに行けるアイドル」のような存在にもなりつつある。ニッチな競技であるからこそ、地域との関係性を深め、コアなファンを掴んで離さない戦略を取っているのだ。

 

この投稿をInstagramで見る

 

The Bills Bunker(@billsbunker)がシェアした投稿


NFLのシアトルのファンに「1番嫌いなチームは?」とファンに聞いた際、ほぼ100%隣町の「サンフランシスコ・49ers」と答えた

昇降格がなくても「競争」は消えない

昇降格制度のないアメリカ4大リーグにおいて、レギュラーシーズンの目的は「生き残り」ではない。目指すのはただ一つ、「プレーオフ進出」である。特にNFLやNBAは、プレーオフに入った瞬間、まったく別の競技と言っていいほど緊張感が跳ね上がる。
NBAは全7戦の4勝先取方式を採用している一方、NFLは負けたら終わりの一発勝負。たとえプレーオフに進出できたとしても、初戦で敗れてしまえば、そのシーズンは事実上「失敗」に終わる。

NFLのプレーオフ決勝は「スーパーボウル」と呼ばれ、世界で最も視聴率の高いスポーツイベントの一つとして知られているが、ここも例外なく一発勝負だ。敗れた瞬間、すべてが水の泡になる。その極限の緊張感を、選手たちはしばしば「交通事故に遭ったような衝撃だ」と表現する。

また、NFLやNBAに限った話ではないが、シーズン序盤の段階で「今季は勝てない」と判断したチームが、長期的な成功を見据えて“あえて勝ちに行かない”選択をするケースも存在する。いわゆる「将来に向けたチーム作り」である。
これは同時に、翌年のドラフトで上位指名権を獲得しやすくなることを意味する。アメリカ4大スポーツのドラフト制度は、原則として「直前シーズンの成績が悪いチームほど、上位指名権を得られる確率が高くなる」よう設計されている。そのため、最初からこの仕組みを戦略的に活用するチームも少なくない。

このように「今年は勝てなくても、来年必ず勝つために」という明確なビジョンのもとでチームが作られるため、ファンも短期的な勝敗だけでなく、長期的な成長や変化のプロセスを楽しめる構造になっている。

アメリカ型スポーツにおいて価値とされているのは、単なる「勝ち負け」だけではない。地元との結びつき、積み重ねてきた歴史やストーリー、そして地域が誇れる存在であることこそが、最大の価値となっている。
極論すれば、昇降格がないからこそ「負けても、また来年頑張ればいい」という発想が成立する。そして、その年の悔しさをファンとともに噛み締められるからこそ、勝利を掴んだ瞬間の喜びは何倍にも膨らむ。

「地元の誇りである」という文化を土台に、苦楽をともにできる存在であり続けること。昇降格がないという制度は、その関係性を壊さず、むしろ強化する役割を果たしている。だからこそ、アメリカ4大スポーツでは、ファンのロイヤリティが極めて高い水準で維持されているのだろう。

限界を抱えながらも、なぜアメリカ型は崩れないのか

昇降格が存在しないリーグは、地域とより密接にストーリーを共有でき、地元の誇りとなり、結果としてロイヤリティの高いファンを多く生み出す──。
ただし、これはあくまでメリットの一側面にすぎない。本章では、あえてネガティブな側面や構造的な核心にも触れ、「昇降格があった方が良い」とされる理由についても掘り下げていく。

構造的課題

昇降格のないアメリカ型スポーツリーグは、しばしば「閉鎖リーグ」と呼ばれる。前述の通り、順位の低いチームほど翌年のドラフトで上位指名権を獲得しやすくなる制度が存在するが、この仕組みを最大限に活用するため、あえて勝利を優先しない、いわゆる“意図的な敗戦”が起こり得る構造でもある。
本来、スポーツは真剣勝負であるべきだが、チーム方針によっては「勝つこと」よりも「負けること」が合理的な選択となってしまう、歪な状況が生まれやすいのも事実だ。

もし昇降格制度があれば、どのような戦力状況であっても「降格だけは避ける」という強い危機感を持ってシーズンに臨むはずである。一方で、閉鎖リーグではルールやインセンティブの設計次第によって、競技の根幹やモラルそのものが歪む可能性をはらんでいる。

NBAでは近年、「ロードマネジメント」という考え方が浸透している。遠征や連戦の多いNBAにおいて、スーパースターを計画的に休ませるための施策であり、要するに連戦が続く局面では主力選手を出場させない判断が取られるというものだ。
特に、対戦相手がすでに“今季を諦めている”チームである場合、スター選手を無理に起用する必要がないと判断され、若手に多くの出場機会を与える運営が行われるケースも少なくない。

しかしファンの立場からすれば、「高額なチケットを購入したにもかかわらず、目当てのスター選手が出場しなかった」という不満が生じるのは当然である。そうした体験が積み重なれば、ファンのロイヤリティが低下していく可能性も否定できない。
実際、NBA選手の間でも「出られるなら出たい」と主張する声がある一方で、「過酷な移動スケジュールを考えれば、休養が増えるのは当然だ」と理解を示す意見もあり、議論は分かれている。こうした問題は、昇降格が存在しないリーグ構造だからこそ顕在化しやすい課題の一つとして、しばしば指摘されている。

もう一つのデメリットとして挙げられるのが、市場規模の違いによって、さまざまなバランスが崩れてしまう点である。
そもそもフランチャイズの規模が人気の格差に直結してしまうこと自体、閉鎖リーグだからこそ問題視されやすい構造だ。大都市や巨大なメディア市場を抱えるチームは、どうしてもあらゆる面でアドバンテージを持つ。一方、スモールマーケットのチーム、特にいわゆる“市民球団”的な存在は、経営面でも露出面でも大都市のチームには太刀打ちできない。

これはチーム経営に限った話ではない。新規スポンサーを獲得する際にも大きな影響を及ぼす。
どれほどの人気があるのか、どれだけメディアに取り上げられているのか、地域からどの程度愛されているのか──。こうしたスポンサーメリットを十分に提供できるかどうかは、フランチャイズごとに大きな差が生まれてしまう。

アメリカ4大リーグのような閉鎖リーグに所属するチームは、基本的に歴史があるほど人気が高く、ファンやスポンサーも多い。スポンサーが増えれば投資余力が生まれ、結果として戦力を整えやすくなる。
極端な言い方をすれば、歴史や資金力に乏しい新興チームや経営難のチームは、「一生弱いままのチーム」になってしまう可能性すら秘めている。

昇降格制度があるリーグであれば、仮に降格しても下のカテゴリーで勝ち方を学び、再び上を目指すといった“敗者復活”のプロセスが存在する。しかし閉鎖リーグの場合、環境を大きく変えられないまま「負け続ける」状況に陥る可能性も十分にある。
そうならないよう、各チームは多角的な努力を重ねているものの、前段で触れたように「今は勝たなくてもよい」という判断が許される構造がある以上、違和感が生じるのも事実だ。「資金が潤沢で、なおかつ勝てるチーム」という好循環を生み出すことは、決して簡単ではない。

それでも成立している理由

昇降格がないことによる課題は確かに存在する。しかし、アメリカ4大リーグ(閉鎖リーグ)は、それらの欠点を補完する制度設計が整っているからこそ成立している。逆に言えば、ここから述べるような補完制度がなければ、閉鎖リーグは成立しないだろう。

まず挙げられるのが、収益分配やサラリーキャップ制度といった、リーグ全体で競争力を均衡させる仕組みである。MLBは例外的にサラリーキャップを設けていないが、その代わりに一定額以上の年俸総額に対して「贅沢税」を課す制度を導入している。そのため、無制限に大型契約を結ぶことは現実的ではない。

MLBのような一部例外を除き、アメリカ4大リーグは放映権収入をはじめとする主要収益をいったんリーグに集約し、その後、各チームに分配する方式を採用している。
この仕組みによって「収入の均一化」を図ったうえで、サラリーキャップなどにより「支出の上限」を定める。こうして戦力差が極端に開かないよう調整されており、フランチャイズの立地に左右されず、スモールマーケットでも戦える環境が整えられている。昇降格とは別軸で、「競争均衡性」を確保しようとしているのだ。

さらに、閉鎖リーグであるがゆえに、チームがリーグから“出ていく”心配がない点も、長期的な安定性をもたらしている。スタジアムやアリーナの建設、若手育成といった中長期的な投資を計画的に行えるため、営業活動もしやすい。
昇降格があるリーグでは、長期ビジョンを描きつつも、どうしても「今」目の前の結果にコミットせざるを得ない。降格すれば、すべてが水泡に帰すからだ。

一方で昇降格がない場合、「数年間は苦しい時期が続くかもしれないが、5年後には常勝軍団を目指す」といった長期構想を掲げ、「その未来を一緒に実現しないか」とスポンサーに提示することができる。こうした予測可能性と計画性があるからこそ、長期契約を結びやすくなり、結果としてリーグ全体の市場価値向上にもつながっていると考えられている。

昇降格のない閉鎖リーグには、競争性やモラルの面で課題が存在する。しかしアメリカ4大リーグは、収益共有、サラリーキャップ、ドラフト制度といった独自の仕組みによって、それらを別の形で補完しながら成立しているのである。

 

この投稿をInstagramで見る

 

Detroit Pistons(@detroitpistons)がシェアした投稿


NBAのデトロイト・ピストンズはずっと弱小チームだったが、約20年ぶりに強豪チームと化している

【総括】

昇降格制度は、スポーツを盛り上げるための「手段」の1つに過ぎない。決してそれ自体が「目的」ではないし、導入すれば自動的に地域密着や競争性が生まれる魔法の装置でもない。

アメリカ4大スポーツが示しているのは、昇降格を採用しないという選択が、必ずしも競争の放棄や地域性の軽視につながらないという事実だ。NFLは週1回の“儀式”として都市のアイデンティティを束ね、MLBは日常と世代継承の中に地域文化を根付かせ、NBAは都市をスターとともに世界へ接続し、NHLは濃度の高いコミュニティ文化を静かに育ててきた。
そこに共通しているのは、制度そのものではなく、何を競争させ、何を守り、何を積み上げるかという設計思想である。昇降格という強い刺激に頼らなくとも、プレーオフ、ドラフト、収益分配、ブランド構築といった別の装置を組み合わせることで、競争と安定を同時に成立させている。

昇降格がないからこそ生まれる歪みや限界は確かに存在する。
しかしアメリカ型スポーツは、それを制度設計で管理し、長期的な視点でリーグ全体の価値を最大化する道を選んだ。それは「正解」ではないかもしれないが、確かに成立している”もう1つの答え”である。

地域密着とは、単一の制度で実現されるものではない。どの価値を重視し、どの時間軸でスポーツを育てるのか。アメリカ4大スポーツは、その問いに対して、昇降格とは異なる選択肢を示し続けている。

——昇降格がないからこそ、見えてくるスポーツの設計がある。

【参考】
(※1)https://sgbonline.com/survey-community-plays-significant-role-in-nfl-football-fandom/