出番なく葛藤した決勝の17分間。虚無の背中と、隠した涙|四井沙樹/アジア女王の残影

栄光の光が強いほど、その影は深くなる。

フットサル日本女子代表が史上初のアジア制覇を成し遂げた。PK戦の末に劇的勝利をつかんだ瞬間、選手も、スタッフも、応援団も、誰もが喜びや安堵の表情を浮かべていた。

ただ一人を除いては。

表彰式後、一人歓喜の輪から外れて、虚空を見つめる四井沙樹の姿があった。その背中は、優勝の喜びとは真逆にある感情を、必死に抑え込んでいるようにも映った。

「どこを見ているともなく、ぼーっとしていました。ただただ悔しかったですし、今思い返しても苦しい……」

当時を振り返った四井は、あの時と同じように顔を曇らせた。

きらびやかな優勝の裏にあった、アジア女王の知られざる苦悩。そこには、“日本代表”という華やかな舞台に覆い隠された、明かすことのできない本音があった。

取材・執筆=伊藤千梅
編集=本田好伸

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優勝後に見せた表情と、見せなかった涙

タイとの決勝戦。2-1と1点をリードして迎えた25分、四井が出場していたセットは交代直後にカウンターから失点を喫した。間合いを詰める間もなく放たれたシュートは無情にもゴールへと吸い込まれ、思わず天を仰いだ。

四井自身が「試合で使われなくなったタイミングがわかった」と話したとおり、交代してから第2ピリオド終了、そして延長戦までの17分間、彼女がピッチに立つことはなかった。

日本女子代表は、準決勝で江川涼が負傷。ただでさえ人数が少ない状況、満身創痍で戦うチームメイトがいるなか、須賀雄大監督から四井の名前は呼ばれない。自分以外の選手たちが入れ替わりピッチに出入りしている姿を、見つめることしかできなかった。

「しんどそうな仲間を見ながら、自分が助けられないのかって」

ベンチ裏のアップゾーンで何度も味方を送り出しながら、複雑な気持ちと戦っていた。

「出られないことは悔しいけれど、出場する、しないに関係なく、絶対に優勝したい気持ちもあって、それが交互に出てきました。悔しい。出たい。悔しい。出たい」

自分の感情に引っ張られないよう、チームが優勝することだけに意識を戻す。

「でも、何より優勝したい……」

拮抗した試合こそベンチワークが重要だということは、四井もよく理解していた。だからこそ、この試合で必ず勝利をつかむために、最後まで声を出し続けた。

そんな四井を含め、アップに励む選手たちを見ていた大森知トレーナーが、監督に声をかけた。

「大森さんが監督に『後ろの選手たち、まだいけます』『いつでもいける準備していますよ』と言ってくれたんです。大森さんが自分たちの思いを感じ取ってくれたことが、本当にうれしくて」

四井は当時のことを振り返りながら、声を詰まらせた。飲み込んだ思いをトレーナーに拾い上げてもらった瞬間は、この試合中、彼女にとって唯一の救いだった。

日本は激闘となった延長戦を経て、PK戦の末にアジア女王の座を手にした。四井自身は、今大会の6試合で2得点を挙げ、数字としての結果を残したと言える。しかし、最後の最後、最も重要な場面で出場機会を得られなかった事実が、彼女の表情に影を落とした。

みんなで優勝カップを掲げた表彰式の後、紙テープがキラキラと光るピッチ上で四井は、一人佇んでいた。仲間たちから離れて立ちすくむその顔には、虚無感が広がっていた。

「精神的にしんどかったですし、疲れもあったので、先に戻りました」

ピッチ上でのミーティングが終わると、早々にロッカールームへと引き上げた。誰もいないその部屋に入ってきたのは、藤田安澄コーチと松井史江トレーナーだった。

「その時、号泣してしまいました」

抑えていた感情が溢れ出した。藤田コーチの励ましも、耳に届かない。熱気が残る会場でみんなの笑顔が飛び交うその裏で、四井は一人で涙を流していた。

代表は「生半可な気持ちで挑む場所ではない」

悔しさや不甲斐なさに加え、自分ではコントロールできない感情に対する憤りがあったのかもしれない。当時を振り返って語る四井は、冷静に自分の言葉を紡いだ。

「結果を残すやつが試合に出るし、そうじゃなければ出場機会はどんどん減る。それが、代表のあるべき姿だと思います。自分の弱さに気がつく、いいきっかけになりました」

2018年に日本代表に招集されてから、7年。前回のアジアカップも経験している四井は、これまでにたくさんの先輩たちの背中を見てきた。

「代表は生半可な気持ちで挑む場所ではないと、先輩が行動で教えてくれました」

国際大会は、慣れない現地環境に適応するための身体的・体力的な負荷がかかるなか、ピッチで結果を出さなければいけないという精神的な負荷も同時に高まる。みんなの憧れの場所である代表は、「楽しいことばかりじゃない」と、彼女自身が誰よりも理解している。

「選手は監督が思い描くようにプレーして、結果を残すことが一番。そこに個人の感情なんて一切必要ない。とはいえ、いろんな感情は出てくるものだから、無心でやるわけにもいかない。感情を押し殺してやってみようと思ったこともあるけど、それは難しいなって」

監督のオーダーと、個人の感情。そして代表の使命。最後に優先するのは、どんな時もチームの勝利だ。それが、日の丸を背負って戦う選手に問われる覚悟である。四井は、いつだって己の感情と向き合いながら、代表としてのあり方を体現しようともがいている。

アジアカップで出場権をつかんだワールドカップが、11月に控えている。5月の大会から4カ月、久しぶりの代表活動で目にした四井は、吹っ切れたような表情をしていた。

「今やっていることをすぐに変えることはできません。自分が得意としていることで、数少ないチャンスをものにできるように、当たって砕けろの精神です」

2023年、スペインに渡った1年半でリーグ優勝を経験した。ヨーロッパやブラジルを相手に戦った経験があるからこそ、自分も、日本もまだ足りないという危機感がある。

「1対1で勝負することが難しくなるので、そこは組織として頑張らないとないといけません。単調だと守られやすいですし、日本の良さは組織で動けるところなので、そこを出していきたいです。日本がどれだけ通用するか、楽しみですね」

四井はどこか客観的に代表チームを見ながら、そういって微笑んだ。

世界に挑むW杯の舞台、四井がメンバーに選ばれているのか、そして、ピッチに立っているかどうかは、今はまだ誰にもわからない。

29歳、キャリア最高潮の今、彼女は心を整え、自らの出番を待っている。

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