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サッカー日本代表 TikTok担当が過ごした『激動の一か月』。コンテンツ発信で、熱狂を日常へ

2022年11月より開催されたカタールワールドカップにて、グループリーグで強豪のドイツとスペインを撃破。決勝トーナメント初戦でクロアチアに惜しくもPK戦の末に敗れたものの、日本中を熱狂の渦に巻き込んだSAMURAI BLUE(サッカー日本代表)。

ワールドカップ期間中、彼らが注目を集めたのはピッチ上だけではありません。ロッカールームや練習など、チームの裏側に迫った動画も公開され、試合中は見ることができない選手たちの素顔も話題になりました。

これらの映像コンテンツを中心となって手がけたチームの一人で、「TikTok」の主担当だったのが日本サッカー協会の黒田卓歩(くろだ・たくと)さんです。TikTokやYouTubeなど、さまざまな媒体を駆使して日本代表選手たちの魅力を伝えた「激動の一か月」。その裏には、長きにわたる準備や知られざる苦悩がありました。

黒田さんが最も大切だと語るのは、「この盛り上がりをどのように今後へ繋げていくのか」ということ。これからのサッカー日本代表コンテンツ発信にも迫ります。

功を奏した「公式っぽくない」アカウント運用

ーカタールワールドカップでは、サッカー日本代表の裏側に迫った動画も注目を集めました。日本代表公式TikTokも積極的に更新されていましたが、アカウントはいつ開設されたのでしょうか?

2021年8月に開設しました。日本サッカー協会として課題に挙げていた「若年層やライト層の取り込み」が目的です。2022年9月には、カタールワールドカップに向けたプロモーション『新しい景色を2022』を発表し、コンテンツ発信にもより力を入れるようになりました。

<サッカー日本代表 SAMURAI BLUE 公式TikTokアカウントはこちら>

ー何もない状態からアカウントを育てていくうえで意識したことはありますか?

運用にあたり「3つのフェーズ」に分けて考えていました。第1フェーズでアカウントの土台をつくり、第2フェーズで新規ファンを獲得。第3フェーズではチーム・選手の認知向上を目指しました。

第1フェーズは、2022年1月から4月です。さまざまなジャンルのコンテンツを投稿し、ユーザーの反応を観察しました。ときには「どの選手が見たいですか?」とキャプションをつけて、直接コメントをもらうなど工夫しました。

第2フェーズは、5月から9月。どういったコンテンツが多くの方に見てもらえるのか分かるようになったので、ジャンルを絞り、新規層にリーチするコンテンツ発信に努めました。過去の試合映像の切り抜きを中心にし、代表チームの裏側に密着した企画『Team Cam』(YouTube「JFA TV」内)の切り抜きを本格的にスタートさせたのもこの時期です。

そしてワールドカップ直前の10月から12月が第3フェーズです。チームや選手のことを知ってもらい、ワールドカップに向けて応援の機運を高めることを意識しました。具体的には、『Team Cam』から選手たちの会話を切り抜くなど、チームの現状のみを発信する方針にシフトしました。また、TikTok上でメンバー発表や壮行会などのライブ配信にも初めて挑戦しました。不慣れな部分はありましたが、多くの方に見ていただけたので良かったです。

ーTikTokの運用するにあたって、他のプラットフォームやSNSとの違いは感じましたか?

当初はTwitterなどに投稿していた横向き動画の上下にあしらいをつけて投稿していましたが、視聴回数が伸びませんでした。特殊なプラットフォームであることを再認識し、TikTokの運用実績がある企業さんと組む必要があると考えました。

現在は日本サッカー協会で方針を決めたうえで、運用は委託しています。基本的には映像素材をお渡しして、切り抜きや字幕などの編集をしていただき、それを私たちがチェックするという流れです。

委託先企業はデジタルネイティブな方が多く、スポーツアカウントの運用実績だけでなく、Z世代の感覚を持ち合わせていらっしゃいます。お話をさせていただくなかで熱量を感じたことがご一緒する決め手だったのですが「良い意味で公式っぽくない」アカウント運用が、結果的には大成功でした。

TikTokのレコメンドシステムや世界で流行しているコンテンツ、Z世代の感覚なども教えていただきました。例えば、音源はTikTokですでに流行っている曲を使ったこともあります。

私はその世代ではなかったので、「大丈夫なのかな?」と正直心配していたのですが、ユーザーからは好評をいただきました。ネットニュースにも取り上げていただき、それによってまた再生される好循環が生まれました。

ーZ世代の感覚は当事者にしか分からない部分もありますよね。一方で、外部に運用を委託する難しさはなかったですか?

運用体制を整えるのには少し苦労しました。例えば、コンテンツを投稿するタイミングや「どこまで発信するのか」というさじ加減ですね。ガイドラインは共有しているものの、微妙な感覚を共有するのには少し時間がかかりました。

ワールドカップ期間中は一日あたり約5本の動画を投稿していたので、完成したものをチェックをして修正する作業は大変でした。

使用する素材によってスポンサーさまに不利益が生じてしまったり、切り抜き方によって意図と違う伝わり方をしてしまったりする可能性もあります。マーケティング部やメディアオフィサーに逐一確認してもらっていました。

僕だけではなく、現地のメディアオフィサーやカメラマンの方も含め、全員にとって「激動の一か月」でした。

ー代表チームならではの苦労がありますね。

「カッコいい日本代表」というイメージは保ったまま、親しみを感じてもらえる発信をしようというのは常に考えていました。

ただクラブチームと違い、選手が集まって活動する期間が短いので、限られた素材からコンテンツを作成しなければいけません。貴重な時間の中で、選手にかかる負担を考えると、TikTok用に動画を撮影することは現実的ではありません。

ーJFA TVの『Team Cam』は選手の素顔を見ることができる面白い企画だなと思いました。TikTokへの投稿は、短い動画でユーザーの興味を惹く構成になっていますね。

『Team Cam』は日本サッカー協会がディレクションを担当して、チームに帯同しているカメラマンに「今日はこの場面を撮影してほしい」とお願いしていました。サムネイルやタイトルも日本サッカー協会で考えています。本編はJFAの公式YouTubeチャンネル『JFATV』で投稿して、よく見られているシーンを切り抜いてTikTokやYouTubeショートに載せるようにしていました。

プラットフォームによってユーザー層も違うので、同じシーンを切り取っても反応が全然違います。エフェクトをかけたものはTikTokで伸びやすいけど、YouTubeショートだとネガティブな反応が多くなってしまうんですよね。素材を使い分けたり、キャプションを書き分けたりするなど工夫していました。

前職は放送局担当のIT営業。スポーツに関わる仕事を求め、サッカー協会へ

ー黒田さんは、以前から映像制作やディレクションのお仕事をされていたんですか?

いえ、未経験です。新卒でITベンダーに入社して営業を担当していました。放送局の担当だったこともあり、東京オリンピックの放送に関わる方とお話する機会が多くあったんです。

いろいろな話を聞くうちに「スポーツに関わる仕事がしたい」と思うようになり、転職活動をはじめました。そして2018年8月、ロシアワールドカップが終わったタイミングで日本サッカー協会に入りました。

ーそれまでのスポーツとの関わりは?

大学時代に東京都大学サッカー連盟の学連として、試合運営などを担当していました。あとはアルバイトで、国立競技場のファイナルイベント『SAYONARA国立競技場プロジェクト』や日本代表戦の運営のお手伝いをした経験もあり、漠然と「こんな仕事をしてみたいな」と思っていました。

JFAに入ってからは、新しくなった国立競技場で開催された天皇杯決勝のオープニングムービーも担当しました。6万人の観客が、自分が携わった映像で盛り上がっている様子を見たときは心が震えました。

ー日本スポーツでもトップクラスのプロパティを持っていますし、やりがいは大きいのではないですか?

「こんなにやりがいのある仕事が、他にあるのか」とワールドカップ期間中はとくに感じていました。燃え尽き症候群になってしまいそうなくらいです(笑)。

ー世の中の反応が数字となって分かりやすく跳ね返ってきますからね。

TikTokアカウントは本格的に運用をはじめてから、1年間でフォロワーが76万人(2023年1月16日時点)まで増加しました。ワールドカップ初戦のドイツ戦前はフォロワー40万人弱だったのですが、短期間で30万人ほど急増しました。おすすめ機能によって拡散されやすいプラットフォームとしての特性もありますが、バズったときの爆発力の凄まじさを感じました。

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