なぜ東京ヴェルディは“取材しやすい”? 広報が明かす秘訣とクラブ哲学【広報編】

写真:東京ヴェルディの試合を取材するメディア/提供:東京ヴェルディ

2023年シーズンで16年ぶりにJ1復帰した東京ヴェルディ。クラブを取り巻く広報環境も変化した。

J2時代には20〜30人程度だったメディアの数は、国立競技場でのJ1オープニングマッチ(開幕戦)では200名以上に増えた。

クラブの「代弁者」としての役割を担う広報部門は5人で、他クラブと比べて人数は多くはないが、全員で男女チーム(男子:東京ヴェルディ、女子:日テレ・東京ヴェルディベレーザ )を担当する。

にも関わらず、なぜ「東京ヴェルディは取材しやすい」というメディアからの評価を得るのか。

2022年7月からクラブ広報としてメディア対応業務を担当する秦野拓海氏に、その理由と舞台裏を聞いた。


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5人で男女チームとクラブの広報を担当

──秦野さんは、東京ヴェルディで広報業務をご担当されてどのくらいになるんですか。

秦野: 2022年7月から東京ヴェルディ、日テレ・東京ヴェルディベレーザの広報に携わっており、現在で約3年と少しになります。城福(じょうふく)浩監督就任と同じタイミングです。それ以前は、大学卒業後一般企業で約2年間、企業広報を担当していました。

──秦野さんの主な担当分野は何でしょうか。

秦野: 現在は、男子チーム・東京ヴェルディのチーム広報を中心に担当しています。チーム、監督、選手に関わるメディア対応を現場の担当として担っています。

ただ、クラブ広報や女子チームのベレーザの広報も含めて、基本的には5人全員で全体を見ています。

手応えのあった城福-桑田対談

──メディア対応をされる秦野さんが、最近の広報施策の中で特に手応えを感じた取り組みは何でしょうか。

秦野: 最近、周りの方からの反響を見てインパクトがあったと感じたメディア露出は、城福監督と読売ジャイアンツの桑田真澄二軍監督の育成をテーマとした対談企画です。

スポーツ報知さんで紙面と電子版で前・後編が掲載されました。東京ヴェルディの広報としては、今は応援していただける方の輪を広げていくフェーズだと思っていますので、広い層に響く施策ができた点で良かったと思います。

──確かに惹かれる企画です。対談動画もあればそれも回りそうな気がします。

J1昇格で20人→200人に増えた取材メディア

──2023シーズンのJ1昇格によって、広報面で大変だったことは何でしょうか。

秦野: 2年前にJ1に昇格した際、クラブを取り巻く広報環境も大きく変わりました。

特に、普段の試合でのメディアの数が格段に増え、J2時代は20~30人ほどでしたが、昇格後に国立競技場で行われたJ1開幕戦では200名以上のメディアの方にご取材いただきました。メディアの方の取材エリア・動線設計を含め、オペレーション全体を根本から変える必要がありました。

また、昨年は海外チーム(レアル・ソシエダ、ブライトン)との親善試合があり、海外メディアの対応も経験しました。英語での対応もあり大変でしたが、良い経験になりました。

ハイライト映像が好評

──メディア対応業務では機会が少ないかもしれませんが、ファン・サポーターとのやり取りで嬉しかったエピソードはありますか。

秦野: スタジアムでファン・サポーターの方から「東京ヴェルディのハイライト映像は本当に感動する」という言葉をいただいたときは、嬉しかったです。毎試合、試合前には想像できない展開となるところがスポーツの魅力だと思いますが、少しでもその喜怒哀楽や感動を伝えられたら嬉しいですし、その視点で制作をするように心がけています。ただ、まだまだ切り口を増やしていきたいですし、映像の量・質を含めてもやれることはたくさんあると思います。一つ一つ取り組んでいきたいです。

クラブには「挑み続け、感動を超えろ。WE ARE TOKYO VERDY.」という指針があります。スポーツエンターテインメントにおいて、お客様に感動してもらうことが非常に大切だと考えていますので、広報としてメディアの皆様の報道やクラブが発信する映像・写真を通じてそれが伝えられたと感じるときは、とてもやりがいを感じます。

──その試合のハイライト映像は広報部門で制作されているのですか。

秦野: はい、オフィシャルメディアチームと一緒に制作をしています。試合日の広報は試合が終わってからも勝負だと思っています。

試合終了後は監督会見や選手の取材対応を行い、それから撮影した写真や映像をオフィシャルチームと連携して発信・編集に移ります。並行して監督や選手のインタビューコメントをまとめて発信することも担当しています。

東京ヴェルディ広報の強みと課題

──東京ヴェルディの広報部門が、他のクラブと違う点は何だと思いますか。

秦野: 2019年にクラブのリブランディングを行いました。クラブとして、クリエイティブのクオリティはJリーグの中でも王道にかっこよくありたいと考えており、目指しています。

メディアの方々から「東京ヴェルディは取材しやすい」と言っていただけることもあり、広報としては重要なことであると思っています。

──メディアはどういう点でそう感じているんでしょうか。

秦野: 東京ヴェルディでは、城福監督をはじめとしてメディア対応に関するチームの理解・協力もあり、週に1・2回は練習をメディアに公開し、監督や選手への取材を自由に行えるようにしています。

監督・選手や強化部が、広報の意図を理解してくれて協力することは重要かなと思います。メディアの方は様々なスポーツ・チームを取材されていますので、少しでもメディア対応の場を多くすることで、ご取材いただける機会を得たいと考えています。

あとは些細なことですが、メディア控え室にお菓子や飲み物、広報制作物を置くなど、メディアの皆さんが働きやすい環境を整えることも意識して行っています。

写真:メディアの取材を受ける選手/提供:東京ヴェルディ

──監督や強化部の理解が必須ですね。

秦野: 城福監督は「ファン・サポーターが多いスタジアムではより選手のパフォーマンスが上がる」という考えを話しており、私もそう思っています。クラブとしても、現状の平均入場者数2万人から3万人を目指す中で、選手をもっと知ってもらい、次の試合へのストーリーを伝えていくことが非常に重要だと考えています。

もちろん戦術的な部分など見せられない現場も一部ありますが、状況に応じて取材環境を整えることを意識しています。

広報の目的は新しいファンを獲得すること

──広報のメディア対応におけるKPI(具体的な数値目標)のようなものはありますか。

秦野: 一つは、メディア掲載数をKPIとしており、自分たちからアプローチして記事化された数を集計し、前年を超えることを意識しています。

もう一つは、SNSなどを通じたコミュニケーションです。広報としては、新しいファンに情報を届けることも目標の一つですので、今応援してくださっているファン・サポーターの輪を超えて、東京ヴェルディの情報がより広く拡散され、新しい層にも届くような発信を常に目指しています。

──SNSで力を入れている取り組みや、課題はありますか。

秦野: 最近は、選手のトピックスに合わせたクリエイティブを制作し発信しています。例えば、綱島悠斗選手の日本代表選出時(ベルギーリーグのロイヤル アントワープFCへ完全移籍)や、マテウス選手の東京ヴェルディGKリーグ戦歴代最多試合出場達成時などに、個性が表現できるビジュアルや映像を作成しました。

綱島悠斗選手のロイヤル アントワープFCへの完全移籍発表のクラブ公式投稿

マテウス選手東京ヴェルディGKリーグ戦歴代最多試合出場達成時のクラブ公式投稿

課題は、ユニフォームを買ってくれるようなサポーター以外の方々、例えば年に数回観戦いただく方、あるいは東京ヴェルディは知っているけれど観戦に行ったことがない方に対して、選手のパーソナリティや魅力を十分に伝えられていないことです。サッカー軸の発信をベースに置きつつ、選手の個性やキャラクターを伝えていくことで応援するきっかけを作ることも大切かなと思っています。

ここが伝わらないと、選手を観に行こう、応援しようという気持ちにはなかなか繋がらないと思いますので、力を入れていきたいです。

──ただ、選手の素顔を見せることと、クラブのブランドイメージを保つことのバランスが必要ですよね。

秦野: おっしゃる通り、難しい部分です。各クラブによってブランディング・見せ方は異なると思いますが「かっこよさ」と「共感」を両立できるように試行錯誤を続けています。

最近では、クラブ公式Instagramで選手の私服姿をフックに個性やキャラクターを伝える企画を行いました。ふだん着ているファッションや好きな音楽、お気に入りのアイテムなどを通して選手をより知っていただけたらと思っています。また公式YouTubeでは、言葉を通して選手の人生に欠かせないモノ・コト・マインドを伝える企画も始めました。ぜひご確認いただけると嬉しいです。

ライフスタイル企画 Instagram発信 森田選手 谷口選手

YouTube「3エッセンシャルズ」企画

負けた後でも取り組みや信念を伝えていく

──シーズン中の勝敗、特に負けが続いた時などの発信内容に困ることはありませんか。

秦野: 正直、チームが負け越している状況での発信は難しいです。今どういう発信をした方が良いか、悩むときもあります。しかし、どんな状況であっても、ファン・サポーターへの感謝は必ず投稿するようにしており、言葉一つ、写真一つにこだわりたいと思っています。

広報としては、試合結果に左右されすぎず、ファン・サポーターにチームの取り組みや信念を伝えていくことも重要だと考えています。

クラブ広報という仕事の魅力と難しさ

──3年前に一般企業広報から転職された秦野さんにとって、クラブの広報の仕事の魅力と、この部分の難しさは覚悟するべき、という点があれば教えて下さい。

秦野: 私のルーツとして、小学校からヴェルディのサッカースクールに通い、中学はヴェルディのアカデミー支部チームに所属し、大学ではヴェルディのサッカースクールのコーチを担っていたことがあります。育ったクラブに恩返しをしたいという気持ちがありました。

──めちゃくちゃヴェルディっ子ですね(笑)

秦野: はい。東京ヴェルディというクラブが成長するプロセスの中で、もっと応援されるように、価値を伝えながら仲間を増やしていくことも広報として意識するべきだと思いますので、危機管理の仕事もありますが、そこは魅力的でやりがいを感じる仕事です。

ただサッカー界ならではの文化があるところもありますので、そこにアジャストしていくことも大切かもしれません。

──例えば、どんなところでしょうか。

秦野: これはサッカー界に限った話というより、プロスポーツチームならではなのかもしれませんが、一般企業広報から転職した私が一番はじめに戸惑ったことは、クラブは事業サイドと競技サイドの両輪で進むということです。

広報はその両輪をつなぐ橋渡し的な役割を担うこともありますので、慣れるまでは大変でした。

──その意味では競技経験もあり、ヴェルディのアカデミーに所属していた秦野さんだから調整できる領域も大きいですね。

クラブ広報に必要な資質とは

──最後に、サッカークラブ広報に一番必要な資質はなんだと思いますか。

秦野: 私がなにか言えるような立場ではないので難しいですが、個人的には“リアクション力”は必要だと思います。

メディアの方からの取材依頼にどんなコミュニケーションを取るか、プロスポーツチームでは試合をはじめとして毎週のように予期せぬことが起きるので、その瞬間にどう反応して、どんな発信をするか。リスク管理も含めて常にリアクション力が求められていると思います。

──なるほど。クラブ広報の現場がイメージできるインタビューでした。ありがとうございました。

秦野: こちらこそありがとうございました。


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