岡田亜衣子・スノーボード ハーフパイプ「FS1080への挑戦」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

2022年、北京オリンピックの記憶。

スノーボード、ハーフパイプ。躍動したチームJAPAN。男子は平野歩夢がオリンピック史上(男子)初の大技を決めて、悲願の金メダルをつかみとれば、女子では冨田セナが日本女子初のメダル(銅)を獲得!

その勢いは今も健在。2026年2月のミラノ・コルティナオリンピックでの活躍に期待が集まっている。

2025年秋、埼玉県熊谷市にあるハーフパイプ練習施設、熊谷クエスト。

ひとりの次世代を担う逸材が、新技の習得に幾度も試技を繰り返していた。

14歳のプロスノーボーダー、岡田亜衣子。

 

「こんなに楽しい競技、他にないです。ハーフパイプ知らない人は、人生を損してるんじゃないかって思うくらい。もう滑るときのワクワクが止まらなくて」

彼女は2024年3月の全日本選手権に、大会史上最年少の13歳で本選に進出。北京オリンピック銅メダルの冨田セナ、W杯優勝経験者の小野光希や清水さらと互角に渡り合い、5位入賞を果たしていた。

「私、小さいころ、小野光希さんにサインとかもらっていて、そんな人と表彰台を争えたことがうれしかったです。誇りでしかない」

そんな彼女は今、さらなる高みに向かって大技に挑んでいる。

FS1080(フロントサイド テンエイティ)。北京オリンピックで、冨田セナがメダルを引き寄せた技だ。360度回転を3回、1080度スピンの高難度で、世界の女性トップボーダーたちでさえ、その成功は難しいという。

 

「上の選手に追いついて、メダルを狙うには絶対必要。私、カッコよくなりたいんです」

だがそれは、14歳の少女には、とてつもなく大きな壁だった。

12月1日、山梨県のカムイみさかスキー場。SAJ公認の2025―2026シーズン公式戦が開幕した。

駐車スペースの1BOXカーから、岡田亜衣子が眠そうな目をこすりながら降りてきた。前日入りし、車中泊で1晩を過ごしたのだという。

 

「眠れました。(試合では)全国に行くので、宿泊費節約のため車で寝ています」

運転を引き受けるのは、母親の万裕子さん。

「北海道と岐阜を二往復なんてこともありましたね。ボードはもちろん、戦う道具を全部積んであるので、宿をとるとかえって荷下ろしとかも大変なので」

まるで動く別宅。年間の走行距離は3万キロにも及ぶという。

この時期、ミラノ・コルティナオリンピックに出場するトップ選手たちは海外遠征中。

初戦に出場するのは、次世代を担う若手を中心とした54人の選手たちだ。

試合は室内のハーフパイプコースで行われる。人工雪で造られたコースは、全長100m。側壁の高さは4m。ここでジャンプの高さ、回転数、そして安定感が100点満点でジャッジされるのだ。滑走は2回。

壁上のスタート地点に、ボードを抱えた選手たちが向かっていく。

「試合前は……、もう不安しかないです」

そういって緊張感を漂わせていた亜衣子の1本目。

2回転から縦横回転の技をスムーズにつないでいく。スピードも、高さもある。

若手ナンバーワンの貫禄で88点をマーク。トップに躍り出た。

2本目はさらに攻める。反時計回りの2回転半技、FS900(フロントサイド ナインハンドレッド)を完璧に飛んでみせる。同世代の若手選手の中では、亜衣子しか飛ぶことのできない大技だ。

未完成のFS1080を封印したまま、ぶっちぎりの優勝をもぎとった。

表彰式を見守る母・万裕子さんは、娘が無事に競技を終えたことにホッとしている。

「我が子ながら立派ですね……」

後日、自宅を訪ねると、亜衣子と万裕子さんが迎えてくれた。

部屋の片隅には数々の大会で獲得したメダルと共に、数万から数十万の金額が記されたボードが積まれている。

「プロ戦で稼いだ賞金です。全部、遠征で消えちゃいました」

万裕子さんが『自分の遠征費は自分で稼ぐんだもんね?』とカットイン。

ついつい忘れがちだが、14歳の彼女はプロスノーボーダーなのだ。

両親の影響で3歳からスノーボードにのめり込んだ亜衣子は、2023年11歳でプロライセンスを取得。昨シーズンの世界ランキングは31位。最年少ランカーの一人となった。

そんな彼女だが、すべてが順風満帆ではなかった。

タブレットに映し出してくれたのは、3年前のある試合。

 

ジャンプでバランスを崩し、転倒。頭を強く打った亜衣子は救急車で運ばれる。

さらには、去年の試合でもジャンプで転倒。コースの固い雪面に体を打ち付けていた。

「我ながら……、痛々しい……」

先日の大会後、無事に競技を終えた亜衣子に、母・万裕子さんがホッとしていた気持ちがよく分かる。

「難しい大技とか苦手な技のときには、まだ怖いと思っちゃいます」

だが、さらなる高み、2030年のフランス・アルプスオリンピックを目指す彼女は、立ち止まってはいられない。

その日も亜衣子は、練習拠点の熊谷クエストに姿を見せる。

女性選手にとっては、オリンピアンですら難易度MAXの≪FS1080・フロントサイド テンエイティ≫の特訓が始まる。

≪FS1080≫は、左足を前に360度3回転、1080度スピンの超大技。高く、そして美しいスピンが求められる。

亜衣子は≪FS1080≫を試合で使ったことはない。何しろ、練習段階でもまれにしか成功していないのだ。

「初めは怖すぎて、できる気がしなかったです」

≪FS1080≫に限らず新技を試すときは、恐怖との闘いだという。それでもこの超大技は、亜衣子が世界で勝つためには必要不可欠。

練習が始まり、体が温まって来たところで≪FS1080≫1本目。ジャンプは高かったが、回転不足……。

2本目はギリギリ3回転できたように見えた。だが、

「板をつかむグラブができないんです。できない!」

スピンの際、片手でボードをつかむ≪グラブ≫という型ができていないと、高得点にはならない。亜衣子はスピンの際中、どうしてもボードから手が離れてしまうのだ。≪グラブ≫は見た目以上に難しく、握力、腕力も想像以上に必要となる。

「難しい~」

彼女はしくじるたびに顔をゆがめるが、決して止めようとはしない。

「周りの人に、『今シーズンはどんな技をやるの?』って聞かれるのがお決まりなんですけど、同じ技じゃ失望させちゃうから。それがプレッシャーだし不安」

今の亜衣子にとって≪FS1080≫は、遥か高くそびえる壁だ。でも、越えなきゃいけない……。

練習を見守る母・万裕子さんは、心配の表情を浮かべながらも決然という。

「(12月)23日からアメリカ遠征があるんですけど、年明けに出る大会で成果を出せればいいですね」

それは彼女にとって、国際大会デビュー戦。試合で初披露の≪FS1080≫で勝負を懸けたいのだ。だから彼女はあきらめない。

亜衣子は幾度も失敗を繰り返し、スピンとグラブの感覚を体に覚えさせていく。

そしてこの日、飛び続けること20本目、ついに納得の1本を跳んだ。

高いジャンプから高速での3回転。しっかり≪グラブ≫もできている。

亜衣子が、万裕子さんのもとに駆け寄ってきてはしゃぐ。

「楽に回転できた! これ、試合でできれば勝てるよ!」

疲れきっているに違いないのに、彼女は勇んで練習に戻っていった。

後日、再び亜衣子を自宅に訪ねると、アメリカ遠征の準備中。慣れた手つきでトランクケースに荷物をパッキングしていた。

「1080で優勝を取りに行ってきます」 

国際大会デビュー戦での優勝宣言。笑いながらだったが、たぶん本気だ。

しかもそれは通過点。真に見据えるのは、5年後のフランス・アルプスオリンピックでのメダル獲得。

「金色が好きです」

プロスノーボーダー・岡田亜衣子。14歳の彼女から、目が離せない。