バドミントン女子・福島由紀、平本梨々菜「誇りと覚悟」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版(後編)

『岐阜から世界へ』

そのスローガンの下に結成されたのが、国内初の女子プロバドミントンチーム[岐阜ブルビック]。

練習拠点[丸杉バドミントンアリーナ]に朝一番にやって来たのは、近くで一人暮らしをするルーキーの平本梨々菜だ。

 

チームにとって、そして自身にとって大一番となる、全日本実業団選手権を間近に控え、彼女はひそかに燃えていた。

「私、負けるのが大っ嫌いなんです」

そういうと時間を惜しむかのように、アリーナの中に消えていった。

しばし後、アリーナの中をうかがうと、そこではチーム所属の12人のプロ契約選手たちが、大会に向けた実戦練習に汗を流していた。

チームの支柱を担うのは、ベテラン福島由紀。

 

4年前の東京オリンピックは、廣田彩花との[フクヒロペア]でダブルス5位入賞。世界ランキング1位にも君臨した。驚くべきは32歳となった今年も、ワールドツアー最高位の大会で優勝を飾っていること。

それでも福島は慢心することなく、持ち味である鉄壁レシーブに磨きをかける。

強烈なジャンピングスマッシュにも瞬時に反応して、巧みなラケットさばきで打ち返していく。

後輩で今のダブルスのパートナー・川添麻依子選手は、そんな福島に対し尊敬の念を隠さない。

「私たちの目標であり、福島先輩のところまで(レベルまで)いけたら、世界のトップになれると思ってますから。(福島は)世界を感じられる人です」

その福島の背中を追いチームに加入したのが、練習に一番乗りした平本梨々菜だ。

福島と同じ青森山田高校出身。昨年の世界ジュニアでダブルスを制した逸材である。

「福島先輩のように、世界で活躍できる選手になりたいんです」

平本が今、大会に向け強化に取り組んでいるのは得意のスマッシュ。172センチの長身を生かし、体を弓のようにしならせ放つ、時速350㎞の豪快な一撃!

このスマッシュを安定して繰り出すには、シャトルをネットギリギリに落とすことがカギになるという。ネットすれすれにシャトルを落とすと、必然、相手の打ち返しは高く上がる。これがスマッシュの絶好球となり、上からたたきつけるように打てるのだ。

だが、その難易度が非常に高いのもまた事実。

「難しいです。ギリギリのところに落とすことはもちろん、シャトルに回転をかけなくてはいけないので」

その理由を、小川佳汰コーチが教えてくれた。

「スピンを加えると、シャトルのコルク部分(先端)が下を向かずに、回転したまま落下します。シャトルの羽の部分を打つとミスになりやすいので、相手はコルクが下を向くか、ラケット面を向くまで待って打たなくてはいけない」

つまり、回転をかけることで相手の打ち返すタイミングを遅らせ、絶好球が返ってくる確率は高くなるのだ。

小川コーチを相手に、試合形式の練習が始まった。

激しい打ち合いが続き、平本は何度も強烈なスマッシュをたたきこむ。だが、最後は男性のパワーに押し切られて、彼女は負けた。

すると納得がいかない平本は、小川コーチをつけ回し再戦を申し込む。

「これ以上のハードワークはダメ! ケガするぞ? 試合に出られなくなるぞ?」

「ケガなんてしません。もう一丁!」

全然いうことを聞かない。そんな押し問答を見て、吉冨桂子コーチが笑いをかみ殺す。

「(練習でも)負けて終わりたくないんですよ。それが疲れとして残らないで、ケガにもならないのなら、いくらやってもいいとは思いますけど」

平本が掲げる目標は[全勝]。根っからの負けず嫌いなのだ。

岐阜出身の平本。この日、両親のお迎えで実家に一時帰省する。

家では母・まきさん、姉・ちありさんの手料理を囲んでの団らん。話題は平本の[負けず嫌い]について。

ちありさんは幼いころの記憶をたどる。

「小っちゃいころは、末っ子とか妹ってケンカでお姉ちゃんに負けたら、すぐにママにいいつけるイメージがありますけど、梨々菜は食って掛かってくる」

父・智章さんも、思い出し笑いしながら話してくれる。

「泣きついてきたことはないです、一発やられたら必ずやり返して、逃げていく」

いわれっ放しの平本はうっすら笑いながら、黙々と料理を口に運んでいる。忍耐力を身につけたとでもいうのだろうか?

 

平本が家族とのひとときで英気を養っていた、そのころ……。

チームの支柱・福島は一人、地味できついフィジカルトレーニングに汗していた。

「年を重ねるごとに、こういう地味トレが増えてきました。やっぱり弱くなっていく箇所や、以前のように動けなくなっている場所とか、補っていかなくちゃいけないんです」

すべては勝利のために。負けず嫌いは平本の専売特許ではなかった。

愛媛県武道館で開催される、全日本実業団選手権大会。

男女合わせて200チーム以上が参加する大一番は、ダブルスとシングルスで戦うチーム対抗トーナメント。先に3勝したチームが次に進むことができる。

唯一のプロチーム、岐阜ブルビックの初戦。ダブルス、シングルスともに力の差を見せつけ、危なげなくストレートで勝利。続く2回戦も圧勝で、チームに勢いがつく。

だが、準決勝の相手は強豪・再春館製薬所。数多のオリンピアンやメダリストを輩出してきた同チームは、岐阜ブルビックにとって最強の壁に間違いない。

福島・川添ペアの前に立ちはだかったのは、志田千陽(ちはる)と松山奈未。パリオリンピック銅メダリストのシダマツペアだ。まさしく、世界レベルの一戦。

 

試合は第一ゲームから白熱した展開。福島のレシーブが、シダマツペアにプレッシャーをかける。

そのシーソーゲームは両ペアが一歩も引かず、デュースに。だが、総合力に勝るシダマツペアが、福島・川添ペアのほんのわずかなスキを見逃さなかった。

第一ゲームを失った福島・川添ペアは、つづく第二ゲームで巻き返しを図るが、あと一歩及ばず。その手から勝利がすり抜けていった……。

ダブルス2戦目に平本が登場した。

序盤からリードを許すも、持ち前の負けず嫌いで食らいつく平本。得意の弾丸スマッシュが炸裂し、追い上げ開始。19歳のルーキーが見せた気迫に、会場が沸きあがる。

だが、最後まで点差は縮まらず、平本は大事な試合を落としてしまった……。

結局、岐阜ブルビックは続くシングルスも敗れ、再春館製薬にストレート負けを喫し、決勝進出はかなわなかった。

試合後、平本は悔しさをにじませながらいう。

「自分たちのダブルスが取れなかったのが、チームが負けた原因のひとつ。そこは責任を感じながら、次に向けてしっかりやっていきたいです」

一方、ベテラン福島はチームの底上げを期して、前を向く。

「次のSJリーグ(日本バドミントン最高峰のリーグ戦)に向けてチーム全体として強くなっていくしかないですね」

彼女たちの言葉どおり岐阜ブルビックは、すぐに次に向けて動き出した。

練習拠点のアリーナでチーム全員が己の課題に向き合い、勝利を渇望している。

福島は、自身の思いとチームの思いが重なっていくのを感じるという。

「(私自身は)バドミントンがうまくなりたいという気持ちが、年齢を重ねるごとに強くなってきました。それが向上心だったり、追い込んで練習できる原動力になっているのかもしれませんね」

そのとき、すさまじいインパクト音が鳴り響く。福島は、平本の気合い十分の弾丸スマッシュに目を細めた。

日本初のプロバドミントンチーム。その「誇り」と「覚悟」が、きっと12人の戦士たちを最強に導いていくだろう。