
そこで練習に汗していたのは、昨年、国内初のバドミントン女子プロチームとして誕生した[岐阜ブルビック]の選手たち。
誰よりも自分を追い込んでシャトルを追いかけているのは、チームの支柱でもあるベテラン、福島由紀(32歳)だ。

4年前の東京オリンピックでは廣田彩花との[フクヒロペア]で、ダブルス5位入賞。世界ランキング1位にも君臨した。
驚くべきは、32歳となった今年も、ワールドツアー最高位の大会で優勝を飾っていること。その息の長さについて、監督の今井彰宏は言う。
「30歳を過ぎてもトップレベルで動けるのは、世界でも5人いるかどうか……」
そんな福島の背中を追い、今年、チームに加入したのが平本梨々菜(りりな、19歳)。昨年の世界ジュニアでダブルスを制した逸材であり、福島と同じ青森山田高校出身だ。

「福島先輩のように、世界で活躍できる選手になりたいんです」
ベテランとルーキーが手を取り合って目指すのは『岐阜から世界へ』。
大海に漕ぎ出した新生プロチームの、大いなる夢に密着した。
[岐阜ブルビック]12名の選手が、練習拠点の[丸杉バドミントンアリーナ]に姿を見せるのは、午前9時前。
練習前のミーティングから、選手たちの顔つきが違う。プロ選手としてのチームとの契約は、1年ごとの年俸制。彼女たちが生き残るには、常に結果が求められるのだ。

練習では、福島の鉄壁のディフェンス能力が際立っていた。
3対1の打ち合いでも、彼女からシャトルを落とすことはない。それは相手がよりパワフルな男性になっても変わらない。鍛え抜かれた体幹に裏打ちされた、巧みなラケットさばき。それが、瞬時のプレーを可能にしているのだ。
かつてのダブルスパートナー・廣田彩花はいう。
「スピードがめちゃくちゃ速いのと、緩急のつけ方が抜群にうまいんです。ディフェンスでは世界トップクラスだと思います」
その能力で、一時は世界トップの座にまで上り詰めた福島。

彼女は青森山田高校時代からダブルスで頭角を現し、常に同世代のトップレベルで戦い続け、経験を積み上げてきた。
そんな福島にも苦い記憶がある。かつて所属していた実業団チームの廃部……。
「そんなことが本当にあるんだと……。衝撃でした」
世界トップレベルの選手でさえ、ある日突然、居場所を失う現実。過去には、とある企業の名門チームも時代の波に呑まれ、廃部に追い込まれているという。
一実業団チームだった岐阜ブルビックが、スポンサーを募りプロ化した背景には、切実な現状があったのだ。
「プレーだけじゃなく(プロ化したチームのために)できることは何でもしたいですね」
13歳年下の平本梨々菜にとって、今は同じ道を歩く福島は幼いころからの憧れだ。
小学生の平本は、福島からサインをもらったことがあるそうだ。
「私と廣田のサインをもらいました、っていってきてくれて。その子が私と同じ高校に行って、今は一緒にやっていると思うと不思議な感覚になります」
そういうと、彼女はニヤリと笑う。
「私と廣田がそこまで(バドミントンを)続けているっていうのも、なんだか感慨深いですね」
そんな期待のルーキー・平本の持ち味は、強烈なスマッシュ。
今井監督によれば、これを可能にしているのは172センチの長身と、柔軟性だという。
「身長、リーチが長いぶん、それが生きているんです。大きな弓を引いているようなしなりでパワーを蓄積して、それを爆発させるんです」
だが、平本は入団当初、立ち直れなくなるような挫折を味わっていた。
「スマッシュ、めっちゃ全力で打ち込んでも(先輩たちに)簡単に拾われて。それが何日も続いて、もうイヤだ、バドミントンしたくないって、どん底までいって……。部屋からも出られなくなっちゃって」
それでもバドミントン人生を諦めることはできなかった。地道なトレーニングをひたすら繰り返し、一から体を作り直したのだ。

そして手に入れた、必殺のスマッシュ。瞬間速度は時速350キロに達するという。
その威力を知るために、分厚いダンボールをマトにしてスマッシュを打ってもらった。
シャトルはダンボールに突き刺さり、めり込んでしまった。まさに弾丸スマッシュだ。
平本とペアを組む石川心菜は、それを見てあきれたようにいう。
「たまに相手としてやったりするんですけど、(試合で)対戦したくないです。パートナーでよかったと思います」
余談だが石川いわく、平本の食べている姿は抜群にかわいいらしい。
練習が終わっても、[岐阜ブルビック]の一日は終わらない。
地元交流と活動資金の調達を兼ねてのバドミントンスクールが始まった。主に子供たちを相手に、プロ選手が交代でコーチを務めるのだ。
付き添いの母親の一人が、子供たちの練習を見守りながらいう。
「プロ選手に会う機会もそうないのに、教われるなんてね」
未来のオリンピアンやメダリストは、こんなきっかけで生まれるのかもしれない。
一方、別室で遅くまで残っていたのは福島。オンラインで、ファンミーティングを開いていたのだ。
「(プロチームの)ブルビックになってからまだ1年ですけど、こういう地道な活動でチームを知ってもらって、応援してもらえるようになればと思っています」
別のある日にはチームの主催で、地元の人々を招いての無料体操教室が開かれた。
インストラクターを務めるチームスタッフが、バドミントンの動きを取り入れた体操を先導していく。
この[ゆるVic体操]に集まるのは、年配の人が多い。こうしたイベントを通じて、初めてブルビックがプロバドミントンチームだと知るらしい。
「(選手たちは)みんなやさしくて、かわいくて。もちろん大ファンです」
プロチーム化から1年半。着実にファンを増やし、地元の人々の心に根差している。
その日、ブルビックの選手たちが訪ねたのは、岐阜市内にある私立高校。運動部の女子部員に向けた講演会が行われるのだ。
講師を務めるのは、ブルビックの古川佳奈選手。テーマは[女性アスリートと生理]について。自らの経験を基に、その苦悩と有効な対策を示す。
普段は聞けない貴重な内容に、学生たちは真剣な眼差しを向ける。
「あまりそういう話はしてこなかったので、つらさとかいろいろ声に出して共有していけば、軽減されてもっと(競技を)楽しくできるのかなと感じました」
講演後、古川選手はこうした活動の価値を語る。
「講演会をすることによって、今回のようなテーマ(女性アスリートと生理)がオープンになっていくことは意味がありますし、チームのことや私たちのことを知ってもらえるチャンスとも思っています」
チームの練習に、福島と平本の母校・青森山田高校の選手たちが加わった。大きな試合を控え、強化合宿を兼ねてやってきたという。
彼女たちの多くは昨年まで、平本とは共に活動している。だから聞いてみた。
「平本先輩ですか? 強くて、カッコよくて、かわいくて、面白いです!」
そばで平本が『絶対ウソいってる』と照れていた。
こんなふうにじゃれ合いながらも、練習になれば高校生たちは全力で立ち向かい、プロ選手は全力で受けて立つ。そんな様子に、青森山田の藤田真人監督は目を細める。
「大事な試合の前に、しっかりパフォーマンスを上げてもらえますから、青森からくる価値はありますね」
一方、岐阜ブルビックも、2週間後に大事な試合を控えている。全日本実業団バドミントン選手権。
福島は持ち味のディフェンス力に磨きをかけ、平本は弾丸スマッシュのパワーアップに余念がない。練習後、平本に抱負を聞く。
「全力で勝ちにいきます!」
挫折に打ちひしがれたころの彼女は、もういない。
2週間後の全日本実業団選手権。
チームの支柱・福島由紀と、期待のルーキー・平本梨々菜は、それぞれのペアでダブルスに出場する。

男女200名を超える参加チームの中で、岐阜ブルビックは唯一のプロチーム。
プロの誇りにかけて、負けられない戦い。その火ぶたが切られる!
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