
松本直美・フットサル女子日本代表「自分の役割」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版 後編
東京都内のラジオブースに、フットサル女子日本代表・松本直美の姿を見る。
その場でフットサルのPRに努める彼女は、トッププレーヤーであると同時に、ジムインストラクターやアパレルブランドの運営など、さまざまな顔を持っている。
すべては、フットサルのために。
「女子のフットサルはプロ化できていないという現実があって……。私はこの先のフットサル界を盛り上げなければいけない立場にいると思っています」
そんな松本に、現状を一変させる、一世一代のチャンスが訪れた。
11月に開催される、女子フットサル初のワールドカップ。優勝を争う活躍があれば、日本の女子フットサル界の未来に陽がさすことは間違いない。
だからこそ今、松本はプレーヤーとしての自身のさらなる進化に懸けているのだ。
現在、松本は所属するバルドラール浦安で、試行錯誤に明け暮れている。
もともと果敢にプレスをしかけ、ボールを奪うなどの守備スキルは日本トップレベル。今、力を入れているのは、攻撃面でのチームへの貢献だ。特に意識しているのは、チームメイトを助けるプレーだという。
「ボールがないときに いかに動いて味方のスペースを作ったり、パスコースを作るっていう動きをしっかりしていけば、攻撃の流れがテンポよく動くのかなと」
だが、チームの米川正夫監督は、松本にそのさらに上を求めていた。
「今の長所をさらに伸ばしながら、もっと自分で相手をはがしてシュートを打ったり、パスを出したりというプレーができるようになると、(チームでも、日本代表でも)替えの効かない選手になるんじゃないかと思います」
そのスキルは、より相手にダメージを与え、決定的チャンスを作りだす打開力に他ならない。
簡単には到達できない高みに、松本は真っ向から挑んでいた。
その日の仕事終わり、いったん帰宅した松本は、夜9時からのチーム練習に備え夕食作りに勤しむ。
料理人だった父に影響され、調理師免許を取得した彼女は、ホテルの厨房で働いた経歴を持つだけに、料理をする姿も板についている。
今夜のメニューは、栄養バランスも考慮された、和風おろしハンバーグと明太子入りの玉子焼き。そこに水菜とピンクグレープフルーツのサラダを添えた。
戦いの前の、ごく普通のささやかなひととき。松本は笑顔で料理をほおばった。
「おいしい……」
夜8時過ぎ。それぞれの仕事を終えたバルドラール浦安の選手たちが、閉館後の体育館に集う。
チーム練習は夜9時から11時まで。選手たちが自ら準備を整える。
松本が所属する〈バルドラール浦安ラス・ボニータス〉は、女子フットサルのトップリーグ、ウーマンズエフリーグの中でも、近年4連覇を成し遂げた強豪チーム。
当然、選手層も厚いが、その中で松本は左アラのポジションを不動のものにしている。サッカーならミッドフィルダーのようなものと例えれば、分かりやすいだろうか。
彼女は強靭なフィジカルと経験に裏打ちされた、日本トップレベルのディフェンス能力で、日本代表のアラにまで登り詰めている。
だが今、さらなる進化のために期待されているのは、オフェンス能力。決定的チャンスを作り出す打開力だ。
この日は試合形式の練習。得意のオフザボールの動きでチャンスへの打開を図るが、なかなか突破口を見出せない。
ボールを持った場面でも、コンビネーションプレーでのパスがつながらない。それでも、練習の後半には兆しが見える。
ボールを受けディフェンダーをかわすと、パス交換からフリーに。ゴールにはならなかったが、決定機を作ることはできた。
練習後、体育館の片隅で松本は物思いにふける。さまざまな思いが脳裏を駆け巡っているのだろうが、内容は教えてくれなかった。
代わりに答えてくれたのは、米川監督。
「彼女は良くも悪くも自分ができることをやるタイプなので。もっと自分で仕掛けて、フィニッシュフェーズに絡んでいってほしいですね」
トッププレーヤーのさらなる進化。やはり簡単じゃない。
後日、松本が足を運んだのは、彼女曰く『とっておきの場所』。その鍼灸整骨院の院内で、彼女は院長・小川隆太氏の施術を受けていた。
ハードな練習が続く日々。疲れを癒やす体のメンテナンスは欠かせない。
重要な役目を担う小川院長はいう。
「全身をマッサージしながら触診していきます。どの部位の筋肉が張っているのかは、やはり選手個々で日々ちょっとずつ違うので、毎回それを確かめています」
実は小川院長、バルドラール浦安、そして松本の熱心なサポーターでもある。
「自分の治療でどこまで効果が出るかは分かりませんが、やるだけのことはやって協力できたらと思っています」
謙遜気味に語る彼に、松本は心の底から『いつも助けられてます』とつぶやいた。
「小川さんが、ワールドカップをすごく楽しみにしてくれているんです。自分の中でも、(ワールドカップは)大きな節目にはなるんじゃないかなと思っているので、今はそこに向けて全力で脇目もふらずってところです」
松本の挑戦は簡単じゃない。だが心強い味方が近くにいる。
これは蛇足だが、小川院長は松本のチャームポイントも教えてくれた。
「明るくてかわいい子なのに 負けず嫌いで試合になると般若みたいな顔になってディフェンスして、それは相手にとって脅威だなっていう、そのギャップが素敵です」
エフリーグ第二節。松本にとって、攻撃面での貢献を試される試合があった。
相手は前節の対戦チームに20点以上の大差で敗れた、流経大メニーナ龍ヶ崎。リーグ優勝を狙うバルドラール浦安にとっては、勝敗以上に大事なものがある。
試合前の円陣で、米川監督がゲキを飛ばす。
「ゲームの入り方、あと得失点差ね。これがあると最後の最後で気持ち的にもすごく楽だから、(得点を)取れるだけ取って、しっかり勝ちましょう!」
試合開始と同時に、実力差は歴然となる。バルドラール浦安は、次々とゴールを決めていく。
そんな中、松本のセットの出番がくる。だがこれを機に、バルドラール浦安の得点速度が鈍ってしまう。
松本が左サイドから打開を試みるも、厳しい時間帯が続いた。
「私のセットは 前半あまり得点を重ねることができなかったので、少し焦りを感じていました」
※セット交代=フットサルの交代戦術 フィールドプレーヤーを四名一組(セット)で固定し、セットごと交代して戦う
前半だけで大差がついた試合。すでに勝利の結果は動かないが、松本の勝負は続いていた。オフェンス能力の成果を示したい……。
後半、彼女は自ら仕掛ける。
手始めに鋭いパスを受けると、スピーディーな展開を演出、得点のアシストを決めた。
その後は、得意のディフェンスで安定したパフォーマンスを見せながら、チャンスをうかがう。
すると、見事なパス交換のコンビネーションから、松本がゴールを奪った!
さらに試合終了間際。得意のディフェンスからボールを奪うと、積極的に縦に仕掛け、一人を抜き去る。そしてセンタリング。決定的チャンスを作り出した。
「(前半は)相手の陣地でプレーする時間が長かったので、(後半では)自分の持ち味(ランニング)での攻撃へのかかわりとか、縦に仕掛けるプレーを意識していました」
22対1での勝利。松本は最後まで戦い、大量得点に貢献した。
「ワールドカップでは優勝したいので、(残された時間も)そこに向けてしっかりと準備していきます」
最後のインタビューに答える松本は、ワールドカップの先の未来にも思いを馳せる。
「女子のフットサルを観にきてもらえる環境や、子どもたちが憧れるような場所を作らなきゃいけないと思っているので、私が表に立って、積極的に発信していきたいなと思っています」
大量得点の試合結果に満足せず、今日も己の課題に真正面から向き合う、フットサル女子日本代表・松本直美。目指す高みに照準を合わせたまま、彼女は走り続ける。
Follow @ssn_supersports