BCリーグ・山梨ファイアーウィンズ「夢の実現」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

『プレイボール!』

4月5日。プロ野球独立リーグ、BCリーグの2025年シーズンが開幕した。

この日を緊張の面持ちで迎えたのは、これが初陣となる[山梨ファイアーウィンズ]の選手たち。

彼らは自分自身の明るい未来に向かって、グラウンドに駆け出していった。

2023年、山梨県に生まれた独立リーグ球団[山梨ファイアーウィンズ]は、今シーズンからBCリーグに正式加盟した。

BCリーグとは、野球を通じた地域貢献を理念とするプロ野球の独立リーグであり、文字どおり誰もが知るNPBのプロ野球12球団とは別の、独立した組織だ。

一方、リーグ各チームに所属する選手にとって、そこはNPBへの登竜門でもある。リーグ開設の2007年以来、75人の選手がNPBのドラフト指名を受けてきた。

そんな中、[山梨ファイアーウィンズ]の選手たちもまた、高校、大学、社会人野球などからセカンドチャンスを求めて集まっているのだ。

「ずっとプロ野球選手(NPB)が夢で、でも高校ではドラフトにかからなくて……」

すべてはこのチームでの活躍次第だ。

初めて取材に訪れたその日、チームは開幕に向けてのキャンプを張っていた。

活気あふれる練習風景の中、ひと際響き渡る声で練習自体を牽引している選手が目に入った。チームキャプテンを務める、キャッチャーの吉原大稀(ひろき、23歳)だ。

練習中、彼は他の選手達と積極的にコミュニケーションを取っていた。それは先輩後輩問わずだ。年下の若手選手たちは口をそろえていう。

「いつでも気に懸けてくれて、引っ張ってもらっている感じです。アドバイスとか注意とか、いうべきことはいってくれるので信頼してます」

「ふざけるときは一緒にふざけてくれますけど、先輩にもビシッというときがあるんですよ。カッコいいです」

後で後輩たちの言葉を吉原に耳打ちすると、彼は苦笑いを浮かべる。

「それも(キャプテンとしての役目)含めて、僕がプロ(NPB)に行くために必要なことだと思ってますから」

この日の練習終わり、キャプテン吉原の新居アパートを訪ねた。

チームの本格始動に合わせて、選手の多くが本拠地の山梨に移住してきたが、吉原もその一人だ。

部屋に通されると、なるほどまだ生活感が薄い。

「まだいろいろそろってなくて……。でも、長く居続けるようじゃダメなんですよね」

北海道・旭川出身の吉原。幼いころから頭角を現し、中学では日本代表選手として世界大会に出場している。

その後、関東の強豪・横浜高校に進学すると、3度の甲子園出場。プロのスカウトの目も光っていたという。

ところが、大学への進学を選んだ吉原は野球を辞めてしまう。

「高校時代からのケガが回復してなくて、このまま続けても先がないんじゃないかと、
自分で見切りをつけちゃったんです」

それでも再びプロ野球選手になる夢を追い始めたのは、横浜高校時代のチームメイトで、現・阪神タイガースの及川雅貴(およかわ・まさき)の言葉がきっかけだった。

『もったいないって、まだやれるよ。待ってるから』

吉原は弱気になっていた自分を封印し、前を向いた。そんな時、BCリーグ参入を視野に入れた[山梨ファイアーウィンズ]の存在を知ったのである。

「新たな気持ちでプロ(NPB)を目指す僕には、ピッタリでした」

だからキャプテン就任を打診されたときも、覚悟を決めて受け入れた。

「(捕手として)両立できないようじゃ、プロ(NPB)では通用しませんから」

BCリーグ開幕まであと一週間。

キャンプ終盤の練習、選手たちは最終調整に臨んでいた。

すると、ある特徴的なことに気づく。野手陣のバッティング練習では、キャプテン・吉原を始め、それぞれが自分の課題を持って自分自身がチェックしている。

一方投手陣も、お互いに動画を撮影し合い、投球フォームのチェックに余念がない。

この選手が自主性を基に己を磨くことは、チームが大事にしている方針の一つだ。

球団代表の加藤幹典(みきのり)はいう。

「彼らはプロ(NPB)を目指しているわけですが、まだマインドも技術も足りていない状態です。プロに行くには何が足りないのか? 何をすべきなのかを自分で考え、行動する力が未来につながると我々は考えています」

練習中、守備の連係についてキャッチャーのキャプテン・吉原が中心となって話し合っている姿は、まさにその方針の現れなのだろう。

グラウンドでの練習を終えると、選手たちは室内練習場に場所を移し、フィジカルトレーニングや体のケアに努める。独立リーグのチームとしてはトップクラスの環境といえるだろう。

そこには、かつてヤクルトスワローズでプレーした球団代表・加藤の思いがある。

「私の野球人生は、ケガとの付き合いに終始してしまったという経緯があって……。選手のサポートを万全にすることを、球団としての最重要事項にしています」

万全のサポート。その一環として室内練習場では日々、トレーナーの施術が受けられる。

チーフトレーナーの井上一志(かずし)はこれまで、プロ野球選手や総合格闘家の体のケアを請け負ってきた人物だ。実はこの井上、治療の施術だけではなく、自身の技術と知識を基にしたメソッドで、選手のパフォーマンス向上に一役買っている。

「人間の体は部位によって、人それぞれに力の入りやすい向きや角度が違うんです」

それを見つけるのが[ゼンマッチ]と呼ばれる、井上が取り入れたテストなのだ。そしてこの[ゼンマッチ]によって、大幅なスイング改造を決意した選手がいる。

保科圭伸(よしのぶ)外野手は、それまでバットを体に引きつけた構えでスイングしていたが、新たにバットを遠くに構えるスタイルを取り入れていた。

「僕には、バットを遠くに離す構えが一番力が入ることが分かったんです」

スイング改造後、オープン戦で特大ホームランを放つなど、徐々にその成果は現れ始めている。

「もともとパワーはあるんですが、なぜかホームランが打てなくて……。原因がここにあったのかと、目からウロコでした」

開幕に向けて、最後の全体練習が行われた。

キャプテンの吉原を中心に、一挙手一投足に熱が入る。

そしてこの日、吉原や保科はもちろん、話を聞いた選手が全員、同じことを口にする。

『チームの勝利が最重要ミッション』

それこそ、監督の五島裕二が選手達に求める姿勢だった。

「個々の力は、それが勝利を導くことで認められるんです。勝てば注目されるし、応援もしてもらえるんです。独立リーグは年齢制限(26歳になる年まで)もありますし、限られた時間を有効に使ってほしいですね」
※BCリーグには1チーム最大6人まで、26歳以上の選手を保有できる、オーバーエイジ枠がある

練習後、キャプテン・吉原の音頭で円陣が組まれる。

山梨ファイアーウィンズ、初陣の時が迫っていた。

4月5日、開幕戦。山梨ファイアーウィンズのホームグラウンドに大勢の観客が集まってきた。

みな、地元のチームへの期待で目を輝かせている。

今日の相手は、昨シーズン、日本独立リーググランドチャンピオンシップ優勝の信濃グランセローズ。相手に知って不足はない。

だがこのとき、チームは思いがけないアクシデントに見舞われていた。それはスターティングメンバ―発表のアナウンスで明らかになる。

『8番、キャッチャー、中山!』

キャプテン・吉原の名前がそこにない。突然の体調不良。チームは断腸の思いで、自宅療養を命じていた。

精神的支柱を欠く、前途多難な船出。それでも、チームメイトたちは奮い立つ。

初回裏の攻撃、ランナー一塁で、打順は井上トレーナーの指導でスイング改造に取り組んだ保科圭伸。センターオーバーの先制タイムリーを放った!

3回には地元・山梨で生まれ育った、4番の星野夏旗がレフトにホームランをたたき込んでリードを広げる。地元ファンが沸きあがった。もちろんベンチもだ。

だが中盤以降、形勢は逆転してしまう。投手陣が打ち込まれ、大量失点。打線もそれまでが嘘のように静まり返り……。4対11、初陣は大敗で幕を閉じた。

試合後、先制タイムリーを放った保科圭伸が、顔に悔しさをにじませて話す。

「今日の負けを必ず取り返して、優勝します」

まだ長いシーズンの第一歩。それでも悔やんでいる暇はない。

勝利を夢の実現につなげるため、山梨ファイアーウィンズは前を向く。

 

 

 

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