桜花学園高校・女子バスケ部「悔しさを糧に」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

全国のU18(アンダー18)の精鋭8チームのみが参加を許される、U18バスケットボールトップリーグ。

2023年女子の部、優勝の行方は、最終戦(2023年11月18日)にもつれ込んだ。リーグ戦、ここまでともに全勝の愛知県・桜花学園、そして京都精華学園。

頂上決戦は白熱のシーソーゲーム。終了30秒前で57対60。桜花学園は3点のビハインドを、死力を尽くして追いかける。

エースの阿部心愛(ここな)が、ひとり切り込んでシュートを決めた。1点差……。

そして残り10秒。再び阿部にボールが渡る。相手ディフェンスの上を越す、勝負のシュート! しかし無情にも、ボールはリングに弾かれてしまう。試合終了のブザー。

桜花学園の選手たちから、大粒の涙が止めどなく流れる。

あの日のことを述懐する阿部。沈黙が続く中、絞り出すようにつぶやいた。

「忘れられない」

インターハイ優勝25回。通算71の高校タイトルを獲得している、高校女子バスケットボール名門中の名門・桜花学園高校。

2024年のチームを牽引するのは3年生キャプテン、あの忘れられないシュートで挫折を味わった阿部心愛だ。

練習中も阿部が先頭切って声を出し、メンバーを鼓舞していく。

そんな阿部のプレーを、白慶花アシスタントコーチは高く評価する。

「彼女はすべてのプレーにおいて安定感抜群で、しかも精度が高いんです」

全国的にも超高校級の呼び声が高く、将来を期待される阿部なのだが……。

「(桜花は)いつでも日本一になることを目標にしてきているし、それを先輩方は実現してきているのに、自分たちの代で獲得できていないんです。だから、冬(ウインターカップ)は絶対にとりたいんです」

そう、桜花学園はここ3年、日本一の座から遠ざかっているのだ。

阿部は最後のチャンスとなる高校バスケ三大タイトルの一つ、全国高等学校選手権・ウインターカップ優勝に執念を燃やしていた。

創立120年の伝統を持つ桜花学園高等学校(女子高)。そこには、バスケット部が獲得してきた優勝トロフィがズラリと並ぶ。

そんな中、キャプテン・阿部心愛の教室では、古典のテストの結果が返されている。

「(勉強は)できないです」

謙遜する彼女だが、点数をのぞき見ると95点! 実は文武両道で、春からは早稲田大学への進学が決まっているのだ。

ランチはバスケ部員で集まってとるのが日課。基本にぎやかで、何となくだがチームワークのよさが透かし見える。

「みんなみたいに、試合で喜びを爆発できないんですよね……。なんか控えめです」

それを聞いた仲間たちの反応が薄い。勉強の出来不出来を聞いたときもそうだが、阿部は自己評価が低いのかもしれない。

午後4時。バスケ部の練習が始まる。

部員数は22人と名門にしては少ないように思えるが、全国から選りすぐりの精鋭たちで構成されている。

桜花バスケはディフェンスから一転、素早くオフェンスに入る速攻が伝統的なスタイル。その中で阿部のポジションはスモールフォワード。攻守に幅広い動きを求められる、いわゆるオールラウンダーだ。

特にシュートに関しては、仲間たちに『(心愛は)なんでもできちゃいます』と太鼓判を押されている。

試合形式の練習で、阿部はそれを高いレベルで証明していく。

ボールをリングの上に置いてくるような、レイアップシュート。

スピンターンからの、ジャンブシュート。

そして後ろに下がりながら飛ぶ高等技術、フェイダウェイシュート。一瞬で目の前のディフェンダーとの距離を作り、ブロックをかわすことができるのだ。

佐藤ひかるアシスタントコーチはいう。

「(阿部は)状況を瞬時に判断する能力が高いからこそ、(フェイダウェイシュートが)できるんです」

ウインターカップに向け、阿部のシュートは切れ味を増していく。

激しい練習の後は、寮で全員そろっての夕食。

これがとんでもなくにぎやかだ。笑いの絶えないそこは、まるで大家族。先輩後輩の垣根なく和気あいあいとした雰囲気は、キャプテン・阿部の望むところだ。

「寮まで練習のときみたいに張り詰めてると、心が疲れちゃうじゃないですか」

宮城県に生まれた阿部がバスケを始めたのは、小学3年生のとき。すぐに頭角を現し、幼いころから目標は[日本一]だった。

夢を実現するため故郷を離れ、愛知の名門・桜花学園に進むことを決意したのだが、キャプテンに就任する際には戸惑いもあったという。

「上手な選手が集まっている中で、自分がキャプテンでいいのか、みんなをしっかりまとめられるのか……。不安しかなかったです」

それでもここまで責任を全うできているのは、ある人の存在のおかげ。

それは、双子の妹・友愛(ゆうな)さん。故郷・宮城の強豪・聖和学園バスケ部でプレーする妹は、ポジションも同じスモールフォワード。ウインターカップの出場も決めている。

「離れているけど、(友愛の)いいプレーが(メディアに)取り上げられると、負けてられないと思うし、私の調子が悪いときは、どこからか聞いて声をかけてくれます。大切ですね」

翌日の体育館。阿部の表情が厳しい。試合形式の練習中、メンバーたちがフリーの状態でシュートを外す場面が目立ったからだ。

阿部は円陣を組んで、ゲキを飛ばす。

「ウインターカップが近いのに、こんなに(シュートを)外すのはどうかと思う。全員集中して決めきって」

開幕まであと2週間。桜花の日本一奪還、そして阿部の悲願の初優勝に向け、チーム全員にエンジンがかかる。大きな声が体育館に響いた。

「声出していくよ!」

ウインターカップ、トーナメント初戦の組み合わせが発表された。

桜花の相手はなんと……。妹の心愛を擁する、宮城の聖和学園。

「本音を言えば、もっと後で当たりたかったけど……。でも(試合では)ボコボコにしてやりますよ」

内心は複雑な思いなのかもしれない。だが阿部は、必勝を期してチームメイトと笑い合った。

2024年12月23日、東京体育館。高校三大タイトルの一つであり、最高峰ともいわれる全国高等学校選手権・ウインターカップが開幕する。

各都道府県地区大会を勝ち抜いた60チームによる、日本一決定トーナメントだ。

阿部心愛を擁する桜花学園の初戦の相手は、双子の妹・友愛を擁する聖和学園。

心愛と友愛は同じスモールフォワードでの先発。真正面からの激突だ。

試合開始1分、桜花の心愛がシュートを決めると、すぐに聖和の友愛が入れ返した。ここから双子姉妹の点の取り合いが始まる。

一進一退の攻防が続くが、次第に総合力に勝る桜花が点差を広げていく。キャプテン阿部に勝るとも劣らないチームメイトたちが躍動し、聖和・友愛のシュートを次々とブロック。とどめは姉・心愛のブロックだった。

77対46。桜花が初戦を制した瞬間、妹・友愛がコート上で顔を覆った。

試合後、会場の隅で顔を合わせた姉妹は、何だかお互い涙が止まらなくなった。

「私(友愛)に勝ったなら、イコール優勝だから。絶対に下向かないで頑張ってほしいです」

最大のライバル、妹から全国制覇を託された姉。桜花学園は順調に勝ち進み、準々決勝に駒を進める。相手は福岡の強豪・精華女子。

試合開始4秒で、阿部のシュートが決まった。

だが、精華女子は一歩も引かない。逆転に次ぐ逆転、1点を争う展開は最終第4クォーターに入っても終わりを知らなかった。

残り1分30秒、1点差を追う桜花学園は、阿部の巧みなフェイントを入れたジャンプシュートが決まり、もう何度目になるか分からない逆転を果たす。

だが直後、精華女子が阿部のディフェンスを突き破り、逆転。それが決勝点となる。65対66、試合終了のブザーが鳴った。

「悔しいです……」

優勝を約束した妹には一言「申しわけない」と言い残し、阿部はチームメイトとともに会場を去る。全員の背中が泣いていた。

阿部の、全国制覇を掲げた最後の挑戦は、ベスト8で幕を下ろした。

遠く離れた妹と切磋琢磨しながら、かけがえのない仲間たちと全力疾走した3年間。

阿部心愛の全国制覇の夢は散った。だがいつか、負けたことが糧になる。

超高校級プレーヤーは舞台を大学バスケットに移し、再び頂点を目指す。

そして2028年ロサンゼルスオリンピック。そのときを、彼女は大学4年生で迎える。

 

 

 

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