菊池日菜・卓球「芸能活動の理由」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
「ほとんどジャージですね。大学でも運動ばかりなので、基本的にジャージです」
卓球場に向かうジャージ姿の彼女が、笑いながら答えた。
菊池日菜。ほんの1年前まで、卓球部に所属する普通の大学生だった。
セミプロの卓球リーグでボールガールを務めていたとき、偶然シャッターが切られた1枚の写真。その写真が公開され、彼女は時の人になった。
それまで、菊池のSNSのフォロワーは2000人程度。たった3日で3万人にも膨れ上がった。
これをきっかけに今年から芸能活動がスタートし、今はテレビ出演や少年雑誌の表紙を飾るなど、活躍の場を広げている。
「卓球しかしてこなかったので、今でもカメラを向けられると緊張しちゃいます」
だが、ひとたび卓球台の前に立てば、菊池の表情は引き締まる。持ち味の速攻スタイルで強烈なスマッシュをたたきこむ。どんどんギアが上がっていくのを感じる。
卓球と芸能。二足の草鞋を履く彼女は注目必至の中、2連覇が懸かる一戦を間近に控えていた。
「芸能活動をしたから弱くなったとか勝てないとか、そういうのはいらないんです」
可憐な笑顔の中に秘められた、卓球への熱い思い。今話題のニューヒロインの素顔が知りたくなった。
東京都国立市にある、東京女子体育大学。ここが菊池の学び舎だ。
3年生の彼女の専攻はコーチング学。戦術論やスポーツ心理学の研究に勤しんでいる。
「戦術の意味や、(試合の)組み立て方を知るのは、競技者としても興味深いです」
講義が終わると、すぐに卓球場へ向かう。卓球部の練習は週に6日。菊池がこれを欠かすことはない。
練習前、後輩たちから[菊池日菜評]を聞く。彼女同席のもとに。
『かわいくて面白いです。なんか抜けてるところがある』
『なんか動きが独特。あと変な顔したりする』
変顔の物真似をされ、いじられ続けている。菊池本人もそれを楽しんでいるようだ。部員は全7名。少ないだけに、学年を越えて仲が良い。
ひとしきり笑った後、卓球台に向かう彼女がポツリといった。
「早く試合やりたいな、楽しみ」
試合、それは一週間後に控える全日本卓球選手権大会の予選会。菊池は他大学の男子選手とペアを組み、混合ダブルスに出場するのだ。
昨年はこの予選会で優勝し、全日本選手権に駒を進めている。狙うは連覇のみ。
「3球目ですか?」
「うん、3球目でお願い」
仮のパートナーを務めるチームメイトと、暗号のような会話を交わし、菊池の練習が始まった。
3球目とは、[3球目攻撃]と名づけられた速攻戦術のこと。サーブの直後に相手のレシーブコースを予測し、3球目で攻撃を仕掛けるのだ。
菊池は自分が攻撃を仕掛けるパターンと、パートナーに攻撃を委ねるパターンを繰り返す。
ダブルスは、ペアが交互に打つのがルール。次に打つパートナーの攻撃まで視野に入れチャンスメイクするなど、コンビネーションが勝負のカギを握る。
「ペアの子にどれだけつなげられるかが大切なので、自分のプレーだけしていても勝てないし、強い者同士で組めば強いってわけでもなくて……」
現に個々の実力は劣るものの、コンビネーションの良さで全国レベルの強さを発揮するダブルスペアは珍しくないという。
「私がペアを組む選手はパワーのあるボールを打つので、自分がつなげてつなげて、パートナーに決めてもらえたらと考えています」
この日の練習が終わると菊池は同期の杉山美桜(みお)を伴って、東女御用達の定食屋にまっしぐら。
実はこの2人、いつも行動を共にする[ニコイチ]のような間柄。
「(菊池が)別の仕事をするようになっても、距離感は変わってないですね」
「むしろ近くなってない?」
ずっと2人でケラケラ笑っている。
料理が運ばれてくると、思わず二度見してしまう。ご飯の量が半端ないのだ。ゆうに二人前はある。菊池が教えてくれた。
「これが東女(とんじょ)盛りです」
東京女子体育大学学生限定、ご飯の大盛りメニューだ。
「体形維持とかしたことない……。これダメだ、いっちゃったら」
アスリートとして、芸能人としてあるまじき発言。菊池はカットを願い出たが、残念ながら採用させてもらう。杉山が一応フォローしてきた。
「普段からリアクションも大きいし独特なんですよ。ちょっと天然ですみません。私が側にいるから、今日は余計に」
菊池にとって杉山は、友だちを超えて家族のようなもの。自分が素でいられる大切な存在なのだ。
菊池が卓球と出会ったのは、中学1年生のとき。軽い気持ちで入った卓球部で、一気にそのとりこになった。
高校は、青森の全国大会常連校へ。学校の寮に入り、卓球一色の日々を送った。恋愛はもちろん、SNSやメイクも禁止だった。
「周りの子は小さいころから(卓球を)始めていたので、部内や外の試合でなかなか勝てなくて本当につらかったです」
だが、卓球愛の深さだけは譲れなかった。そのことが、後に思わぬ形で菊池の人生を一変させる。ボールガールを務めたときに撮られた写真が大きな話題となり、いつしか芸能活動の道が開けたのである。
「全然慣れないです。慣れることなんかあるのかな?」
そんな芸能界の道に敢えて飛び込んだのは、やはり卓球への愛が故だった。
「卓球は他の人気競技と比べると、まだまだマイナースポーツに見られがちで、そのイメージを変えられるんじゃないかと思ったんです。私がそのきっかけの一つになれたらうれしいですね」
だが、その芸能活動が競技の妨げになったのでは本末転倒だ。
「絶対にそれだけはイヤです」
卓球選手としての強烈なプライドが顔をのぞかせる。
連覇を狙う全日本卓球選手権予選大会は、数日後に迫っていた。
菊池が出場するのは、高校時代を過ごした青森県の予選会。
迎えた決戦の日。彼女は思いの他リラックスしていた。
「昨日もパスタとカレーを2つ食べて、ぐっすり寝てバッチリです」
会場に菊池が姿を見せる。パートナーは、インカレ常連大学で活躍する実力者・鈴木生吹喜(いぶき)。
出場68ペアの中で、優勝ペアのみが全日本選手権への切符を手にする、厳しい戦い。
その初戦から、菊池ペアは強気のプレーで攻めた。ここを難なく突破すると、磨いてきた3球目攻撃を駆使して勝利を重ね、準決勝へと駒を進める。
決勝進出を争うのは、初出場ながら勢いのある大学生ベア。簡単な相手ではない。
試合は終始拮抗した展開を見せた。第一ゲームを僅差で落とした後の第二ゲーム、菊池ペアは開始早々3球目攻撃を決め、主導権を握る。
だが、勝負の世界は時に残酷だ。一度は先にゲームポイントを迎えるものの、相手ペアの緩急を交えた戦術にペースを乱され、逆転で第二ゲームも奪われてしまう。
そして第三ゲーム。一進一退の攻防が続いた末、菊池ペアは敗北を喫した……。
「相手の勢いに飲まれた感じですね。もう一度、自分から攻めていく形を徹底的に練習して、リベンジしたいです……。すみません、優勝できなくて」
敗戦直後のインタビューに、菊池は笑顔で答えてくれた。間違いなく、それで悔しさを隠していた。
直後、うれしい再会が、彼女の心の底からの笑顔を蘇らせる。高校時代、苦楽を共にした仲間が2人、声をかけてくれたのだ。菊池の二足の草鞋の活動はすべてチェックし、応援しているという。
「うれしいです……」
あとちょっとで、泣きそうになった。
改めて、菊池が最後のインタビューで語る。
「卓球が本当に人生を変えてくれたって思っていて……。残りの一年は悔いが残らないよう、一試合一試合絶対に勝つって気持ちで挑んでいきたいです」
実は、競技者としての卓球は大学までと決めている。
残された日々全部が真剣勝負。菊池日菜は惑わない。
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