神村学園サッカー部キャプテン・名和田我空「冬こそ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
九州鹿児島の夏の日差しの下で、彼は強烈なシュートを決めた。
全国大会常連の神村学園サッカー部の練習は、今日も活気づいている。
そんな中、キャプテンとして的確な指示で練習を仕切り、攻撃の要として自らシュートを決める――日本サッカー界の未来を担う次世代のエース候補、名和田我空(なわた がく)だ。
彼は世界も注目する逸材であり、昨年のU‐17アジアカップでは得点王とMVPに輝いている。
そんな名和田にはこの夏、どうしても手に入れたいものがあった。
「去年、一昨年と初戦で負けて、夏の神村は弱いといわれてしまっているので、初めての日本一をこの大会で決めたいんです」
7期連続で出場する、夏のインターハイ。最高位はベスト4で、いまだ決勝の舞台に進んだこともない(ちなみに冬の選手権も7期連続で出場しているが、こちらも最高位はベスト4)。
初の日本一のタイトルを、インターハイで! 3年生の名和田は最後の夏を迎え、静かに燃えていた。
初等部から高等部まで一貫教育制を敷く神村学園は、近年、スポーツ分野で目覚ましい成績を残している。
名和田も中等部から神村学園で育ち、その才能を覚醒させてきた。
インターハイ開幕10日前の練習。攻撃的かつ組織的なサッカーを武器とするチームの中で、名和田の存在はやはり抜きん出ている。
的確な指示でチームを動かしながら、自らも多彩なテクニックでゴールを狙う。
有村圭一郎監督は、初めて名和田を見たときの記憶を蘇らせる。
「一言でいえば、センスの塊だなと。点を取る、アシストする、ゴール前でゲームを決定づける仕事が、当たり前のようにできるんですよ」
しかも今の名和田は、点を取るためのさまざまなアイデアを、その場の閃きで発揮していけるまでに成長を遂げている。周囲の期待は高まるばかりだった。
2006年、宮崎県に生まれた名和田我空は、幼いころからサッカー少年だった。シュートを決めたときに湧き上がってくる興奮が、彼をサッカーにのめり込ませたという。
小学校卒業後は神村学園の中等部に入学。親元を離れ、寮生活を送りながら、サッカー漬けの日々を送ってきた。
名和田は宮崎県内の強豪校ではなく、神村学園を選んだ理由を教えてくれた。
「神村学園のサッカーに魅力があったのと、全国制覇、プロ入りの夢があったので、それを一番叶えてくれる場所だと思って選びました」
新たな環境でその才能を発揮した彼は、中等部3年生時にチームを初めての全国制覇に導く。
だが、高等部では1年生からレギュラーとして活躍するも、全国制覇には及ばず。名和田の神村学園での時間は、残り少なくなっていた。
「去年、一昨年以上に走り込んでいるし、試合でも前半からプレスをかけていけるし、それを最後まで続けられる力があります。チームとしても手応えを感じているので、(インターハイでは)強さを証明したい」
サッカーがチームスポーツである以上、名和田一人の力だけでは勝利はつかめない。当たり前だが、神村学園サッカー部は精鋭の集まりである。各自が自分の役割をまっとうできる実力者だからこそ、名和田が輝けるのだ。
そんな全幅の信頼が置けるチームメイトとは、中等部時代から共に寮生活を送っている。部屋にお邪魔すると、4人部屋のそこは各自の高校生らしい持ち物で埋め尽くされていた。
「勉強は全部学校で済ませているので、(寮では)やりません」
真面目な顔でいうので、信用しよう。
「仲間との寮生活は楽しいし、親元を離れての寂しさはすぐに乗り越えましたね」
基本、サッカー漬けの毎日だが、たまのオフ日はサッカーを忘れるようにしている。
「みんなで釣りに行ったり、夏は海で飛び込みをしたりしてます」
思い出も共有する、彼らの絆は深い。
夕食の時間。みんなそろって楽しく食べるのが部のモットーだ。
中等部から共に過ごしたチームメイトが、名和田を語ってくれた。
「普段は馬鹿なんですけど、試合中に見せるギャップがカッコいいです」
兄弟も同然のチームメイトとの爆笑タイム。名和田がふと真顔になった。
「6年間一緒だった仲間たちなので、このメンバーで日本一になりたいんです」
7月27日。福島県でのインターハイ・サッカー競技が開幕する。
無冠の強豪・神村学園の、頂点を目指す戦いが始まった。
初戦の相手は秋田県代表の西目高校。
円陣を組んだ神村学園。キャプテン・名和田の声が響く。
「全員で戦うぞ! 一丸になれ」
気合いが注入されると、チームは試合開始早々、力の差を見せつける。
前半だけで4得点。そして後半も4点を奪い、8対0で完勝。名和田も2得点を挙げ、上々の滑り出しだ。
続く2回戦、高知県代表・高知小津高校戦では、名和田の力が爆発する。一人で4得点をマークし、本領を発揮したのだ。だが、7対0の圧勝にも彼は油断しない。
3回戦は東北の雄・宮城の仙台育英高校を相手に、6対0で勝利。
そして準々決勝は、名門・静岡学園を3対0で退ける。ここまで無失点。圧倒的な強さを見せる神村学園。
鳥取の強豪・米子北高校との準決勝では、名和田のゴールが決勝点となり、1対0で初の決勝進出を決めた。無失点試合を続け。チーム力の高さを証明すると同時に、名和田自身もここまで9得点で、得点王を狙える活躍を見せたのである。
8月3日、インターハイ決勝の舞台・Jヴィレッジスタジアムに神村学園が到着する。キャプテン・名和田は一言、決意を口にする。
「あとは日本一を獲るだけです」
悲願を懸けた一戦の相手は、埼玉県代表の昌平高校。神村学園と同じく、全国大会常連の強豪だ。
運命のキックオフ。
序盤、攻撃を仕掛けたのは神村学園。だが、相手の徹底マークに遭う名和田にボールが通らない。
試合が動いたのは前半16分、名和田が相手デイフェンスを引きつけ、チームメイトが先制ゴールを決めた。
その後1点を返され、同点で迎えた後半。
徹底マークされる名和田が、強引に追加点を狙うが、やはり思うようには動けない。
それでも、膠着状態が続いた後の後半29分、神村学園に待望の追加点ゴールが生まれる! ここでも決めたのは名和田ではなかった。エース以外の得点力の高さこそ、神村学園の真の武器なのだ。
だが、歓喜も束の間……。2分後、昌平高校に同点ゴールを決められると、3分後には逆転ゴールを奪われてしまう。
そしてアディショナルタイム。後がない神村学園が、名和田を筆頭に怒涛の攻撃を見せ、幾度もゴールに迫る。
まだ終わりたくない……。あきらめずにボールを追いかけたそのとき、無情のホイッスルが試合終了を告げた。
悲願の日本一……、あと一歩が届かなかった。
試合後、大会の得点王となり優秀選手にも選ばれた名和田だが、無念の表情を隠さない。
「2位(準優勝)のことは誰も憶えてくれないので、悔しいです。(この結果は)自分たちの甘さです。チームの誰も、これで満足はしていないので、冬の選手権でこの借りを返せるように、また努力を積んでいきます」
後日、母校に戻った神村学園サッカー部の姿をグラウンドに見る。
まだ日本一を諦めてはいない。最後のチャンス、冬の選手権に向けて、早くも動き出していた。
チームを鼓舞する、名和田の声が響き渡った。
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