聖光学院女子硬式野球部「初めての夏」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

甲子園が決勝の舞台、全国高等学校女子硬式野球選手権大会。

神戸広陵が連覇を果たした2024年大会の裏で、1年生だけの新生チームが灼熱の夏を過ごしていた。

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ある日の福島県のグラウンドで、高らかな掛け声と共に女子球児たちが各々のポジションに散っていく。

聖光学院女子硬式野球部。今年の春、新設されたばかりだ。ちなみに男子硬式野球部は甲子園で実績を残してきた、全国の強豪として知られている。

そして女子野球部に集まったのは、野球が大好きな1年生29人。

『明るく楽しく元気よく! 聖光、最高!』

それが毎日のように唱える、彼女たちの合言葉。

キャプテンの水野心を中心に、どんなことも深い野球愛で乗り越えていく。

目標はもちろん、甲子園。彼女たちの、熱い日々を追いかけた。

 

 

◆◆◆

女子野球部の1日は、朝7時に始まる。

「おはようございます!」

元気な挨拶で、部員たちが自転車登校してくる。彼女たちは全員が寮暮らし。登校も一緒だ。

すぐに着替え、朝の素振り練習が始まる。時間は20分程度と短いが、集中して臨んでいるためか、すぐに珠のような汗が噴き出る。

「テスト期間中を除いて、毎日やってます」

キャプテンの水野が、呼吸を整えながら教えてくれた。

汗を落としたら教室に駆け込む。野球部全員、普通科の中の専門知識が学べるスポーツ探究コースを選択している。野球も勉強も全力で取り組める環境が整っているのだ。

もちろん、誰も居眠りなんかしない、はず(未確認)。

全国大会まであと2週間。放課後の練習が始まる。

『足を止めちゃダメだ! 打球のほうから合わせてくれないぞ! キャッチングは丁寧に!』

ゲキを飛ばしながらノックバットを振るのは、松崎克哉監督。男子硬式野球部のOBだ。監督経験は豊富だが、女子の指導は初めてだという。

「純粋に白球を追いかける気持ちというか、野球が好きっていう気持ちは、女子のほうが伝わってきますね」

現実をいえば、男子と比べて女子野球の普及は追いついていない。だからこそ、そんな中で青春を懸けて白球を追う理由は、野球愛以外の何物でもないのだろう。

事実、この日の練習中、彼女たちにやらされている気配は微塵も感じない。野球が大好きだからうまくなりたい、強くなりたい。ただそれだけが伝わってきた。

松崎監督は、そんな彼女たちに敬意すら抱いている。

「失敗を気にしない、恐れないで野球を楽しんでますよね。例えばバッティング練習で空振りしても、誰も落ち込まない。次! 次! ってガンガン振っていくので、素直にすごいなって」

そして彼女たちは、びっくりするほど明るく仲がいい。

例えば、練習試合などの遠征は松崎監督が運転するバスで移動するが、静かにしている間は、ほとんどない。誰かが誰かを囃し立て、歌を歌わせようものなら、いつの間にか全員で大合唱! そして大爆笑!

「いつもこんな感じです」

苦笑いの松崎監督。しかしどこかうれし気だった。

「黙る時間なしで、ずっと声出し続けましょう!」

そんな中、練習で誰よりも声を出しているのは、部員たちの投票で選ばれたキャプテン、水野心だ。ポジションはサード、ピッチャー。

 

 

野球と同じくらい大好きな兄の影響で、9歳から野球を始めた水野。実は、中学を卒業したら選手としての野球も卒業するつもりだった。

「地元の高校でマネージャーになろうかなと思ってました」

そんなとき兄がいる聖光学院に、女子硬式野球部が旗揚げされることを知り、情熱の火が再び灯った。

「もうやるしかないって感じでした。やるからには『絶対日本一』って気持ちがあって、そのためにも自分がチームを引っ張っていかなきゃと思ってます」

だが、自分も含め全員が一年生。それは簡単なことじゃない。課題は山積みだ。

守備練習中、外野からの送球に対する内野のカットプレーで、ミスが連続する。水野はその原因に気づいていた。練習後の部員だけのミーティングで、彼女は自分の思いを告げる。

「自分はこのチームをちゃんとした一つのチームにしたいと思っているのね。たまに外野と内野で分かれちゃうときがあるの、みんな感じない? 内野が(カットプレーを)できなかったら、できない理由を外野も一緒に考えてあげようよ。そうすれば、チームがもっと一つになって、もっと強くなれるのかなって思うから」

全員が真摯に、水野の言葉に耳を傾ける。こんな本音の積み重ねが、チームを一つにして、みんなの絆を深めるのだろう。

授業中の校舎。その一室で、松崎監督がペンを走らせていた。

春のチーム発足以来、欠かさず続けていることがある。部員全員が週に1度提出する、野球ノートへの返事だ。

「その日の練習で何を感じたのか、ミーティングで何を考えたのか、彼女たちが毎日書き記してくれるので、僕なりのアドバイスを返してます」

全員のノートに丹念に目を通し、彼女たちと同じ熱量で返事をしたためる。

加えてキャプテンの水野は、野球ノートとは別にキャプテンとして思い悩むことを記した別冊を提出してくる。

かつて聖光学院野球部のキャプテンとして、甲子園の土を踏んだ松崎監督。誰よりもその責任の重さを理解している。

「水野の場合は一年生からキャプテンという特殊な状況なので、より大変なんですよ。だから少しでも気持ちを楽にしてやりたいですね」

寮に帰ってからの自主練習を日課にしているのは、チームの4番を担うキャッチャーの高崎彩音。まるで試合本番のように、集中して素振りを繰り返す。

彼女は中学時代、全国優勝の経験がある。だからこそ全国で勝つ厳しさを、誰よりも分かっていた。

「他(全国大会出場他校)は3学年そろっている中で、1年だけだと不安や緊張もあるけど、今はチームみんなのことを信じているので、ワクワクが止まりません」

現実的に、どこまで戦えるかはまったくの未知数。それでも勝つことだけを考えて、高崎はバットを振り続ける。

全国大会出発を直前に控えたその日、聖光学院女子硬式野球部の練習終わりの儀式を目撃した。

全員でグラウンドに整列すると、高らかに校歌を合唱する。

本番の予行練習を兼ねたこの儀式の中で、いつのころからか、みんなの小指と小指がつながれていた。

第28回全国高等学校女子硬式野球選手権大会。

その開会式で選手宣誓を務めたのは、聖光学院のキャプテン・水野心。

「宣誓!」

堂々としたその声が、その場にいた女子球児すべての気を引き締めた。

聖光学院の初戦の相手は、島根中央高校。かつてベスト16に入った強豪だ。

試合は序盤からリードを許す、苦しい展開。0対4で迎えた4回の裏、聖光学院の攻撃。ランナー1塁で、バッターボックスには4番の高崎彩音。

 

 

自主練の成果といわんばかりに、鋭い打球が左中間を深々と破る。1塁ランナーが一気にホームへ帰り、待望の1点を奪う。

その後も聖光学院の反撃は続き、1点差に追い上げての6回裏の攻撃。ノーアウト、ランナー2塁。ここで打順が回った水野は、正確な送りバントでランナーを3塁に進める。押せ押せのムードに、ベンチの盛り上がりは最高潮に達していた。

 

 

だが……、その1点は遠かった。聖光学院は初戦で惜敗。自分達の校歌を歌うことはできなかった。水野の頬に光る、一筋の涙。

「みんなで絶対に勝つって気持ちは強かったので、悔しいです」

涙する彼女たちに、松崎監督が声をかけた。

「みんな、短い期間で頑張りました。でも、甘くなかったな。またここからスタートです」

そう、まだ全員1年生。伸びシロしかない彼女たちは、その言葉に涙を拭った。

初めてのチャレンジが終わってすぐ、グラウンドで走り込む彼女たちがいた。キャプテン水野の掛け声に、全員が呼応する。

聖光学院女子硬式野球部の夏は、まだ始まったばかりだ。

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