• HOME
  • 記事
  • その他
  • 樟南第二高等学校女子バレーボール部「涙の1勝」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

樟南第二高等学校女子バレーボール部「涙の1勝」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

ぜひ見てほしいと誘われた先は、牛小屋?

「これが家の闘牛牛です」

その巨躯に圧倒され、近づくのもためらわれる。だが、彼女は笑みを浮かべながら、その背をなでた。

 

 

その彼女・幸山真優葉(まゆは)が暮らすのは、鹿児島の小さな離島・徳之島。世界一、闘牛に熱い島として知られ、400年の歴史を誇る闘牛大会はいつも熱狂の渦を巻き起こしている。

この島で真優葉は、青春を懸けて挑んでいることがある。

樟南第二高等学校女子バレーボール部の練習。小柄ながらシャープなスパイクを決める真優葉の姿があった。

エースでキャプテンの彼女が望むのは、ただひとつ。

「勝ちたいんです、1回戦は」

このチームは、いまだ勝利の味を知らない。3年生の真優葉にとって、夏のインターハイ予選が[初勝利]のラストチャンスなのだ。

小さな離島から目指す、悲願の1勝。その行方は果たして……。

 

徳之島空港のすぐ近く、そこに樟南第二の体育館、女子バレー部の練習拠点がある。ある日の練習前、1年生部員たちが背伸びして、苦労しながらネットを張っていた。

部員は全員島育ちの15名。その平均身長は155㎝、全国的に見ても小柄なチームなのだ。それが[1勝]を阻んできたひとつの原因であることは否めない。

だが、2年前からチームを指導する鶴田大樹監督は、部員たちにそれをハンディだと感じてほしくはなかった。

 

 

決して焦らず、コツコツと彼女たちを基礎から導いて、背が高くないチームの武器として、守備の重要さを粘り強く説いてきた。

練習が始まると、すぐにそのことが分かった。監督の出す際どいボールに、全員しつこく食らいついていく。初勝利を目指して、チームの底上げは少しずつ着実に進んでいた。

 

休憩時間。鶴田監督の周りを真優葉をはじめセッターの友良優杏(ゆあん)、リベロの田平楓夏(ふうか)、そして守備の要・光れみなの3年生4人が囲む。まるで兄妹のように軽口を飛ばし合う。いつもの風景だ。

彼女たちの入学と同時に、教師として樟南第二に赴任してきた鶴田監督。ひいきするつもりはないが、思い入れが強いのも事実だ。

「頑張ってきた証しに、勝たせてあげたいんですよね」

鶴田監督はかつて石川祐希らと共に日の丸を背負い、リベロとして活躍してきた元Vリーガーだ。

現役時代、所属していたチームの縁で、徳之島でのバレーボール教室に招かれたのがすべてのきっかけだった。子供たちが心からバレーを楽しむ姿に魅了され、指導者としてこの島に戻ってきたのである。

 

 

そして巡り合ったバレー部の生徒たち。

「島の子供たちは小さくてもやる気があって、しかも体が強くて運動神経がいいんです。目に見えて成長してますよ」

守備練習が再開した。そして3年生4人がコートに入ると、にわかに鶴田監督のボールを打つ手が厳しくなる。

「やっぱり(一番成長しているのは3年生)、ね。全部拾われるのはシャクだから、意地になって本気で決めにいっちゃいます」

中でも守備の要となる、れみなと楓夏の成長は著しい。真優葉の攻撃とのつながりが整えば、初勝利は夢じゃない。

部活終わり、3年生4人はなじみの店で癒やしのひととき。店のおばちゃんが、孫娘を見るように目を細める。

「1勝したら、かき氷、おばちゃんおごるからね。1勝だよ、頑張れ」

島のみんなが見守っていてくれる。

夕方、原付きで帰宅する“れみな”についていく。彼女は帰るやいなや牛小屋に向かい、父・智範さんを手伝って牛のエサの世話を始めた。100㎏もあるエサの塊を、力を込めて転がしている。

週6日のバレーの練習に加え、家業の手伝いが、れみなの日課なのだ。

インターハイ予選が終われば、バレー部は引退。卒業後は島を出る予定だという。

「今年まで、ですね……」

智範さんの笑顔が、少し寂しげに見えた。

インターハイ予選を1週間後に控えた、その日の練習。キャプテンでエースの真優葉が、武器とするバックアタックの練習を繰り返す。決して高くない身長。当初は、自分がバックアタックを打つという考えそのものがなかったという。

そんな彼女に鶴田監督は、『持ち前の体幹の強さとジャンプ力を生かすべき』と、根気強くテクニックを伝授した。

「先生(鶴田監督)が徳之島に来てくれたから、成長できました。挑戦することも教えられました。だから勝ちたいです、1回戦」

普段はおっとりとした真優葉に、決意の固さを感じる。

ある日の夕食時に幸山家を訪ねたときも、真優葉は同じ目をしていた。6人姉弟のにぎやかな食卓の中、バレー経験者でもある母の真理枝さんが涙を浮かべながら話してくれる。

「(真優葉がバレーを)続けてくれてうれしいんです。(インハイ予選が)最後だと思うと涙が出そうで。この子はずっと悔し涙だから……」

黙って聞いていた真優葉だが、その目は静かに燃えていた。

母・真理枝さん、そして鶴田監督。愛情を持って期待をかけてくれる存在が、彼女の背中を押すのだろう。

練習の後、真優葉、れみな、そして楓夏と優杏。3年生4人だけで、海辺の大好きな場所に集まった。

無邪気に駆け、クジラを見つけたと大騒ぎ! そんな4人の青春は、もうすぐ運命のときを迎える。

「あとちょっとか……、頑張らないとね」
「勝ちたいね……」

何だか離れがたくなって、日が暮れるまでしゃべっていた。

17時間の船旅で、鹿児島本土のインターハイ予選会場に乗り込んだ、樟南第二高校女子バレーボール部。

試合直前の真優葉。冷静になりたくても、気持ちがあふれてくる。
「緊張する……」
他の3人の3年生も思いは一緒だ。

「球際を大事にすれば、いけるからね!」

鶴田監督の言葉を背に、先発メンバーがコートに走る。運命の初戦の相手は、2年前には歯が立たなかった錦江湾高校。

3セットマッチの試合は序盤、真優葉のバックアタックでリードする! が、肝心のレシーブでのミスが続き、第一セットを落としてしまう。

キャプテン真優葉が、メンバーを鼓舞して迎えた第二セット。守備の要・れみながアタッカーとして奮い立ち、大事なポイントを奪っていく。さらにエースの真優葉が流れを引き寄せ、このセットを奪い返した。

 

 

勝負を決する第三セット。課題としていた守備と攻撃のつながりが噛み合い、樟南第二は錦江湾高校を突き放していく。そして17点差で迎えたマッチポイント。最後は真優葉のアタックで、樟南第二は悲願の1回戦突破、チームの公式戦初勝利を決めたのである。

「うれしいです、本当にうれしい!」

 

 

興奮冷めやらぬ真優葉が、まくしたてるように喜びをあらわにする。3年生たちは喜びをかみしめ、それを見る鶴田監督の目が少し潤んでいた。

続く初体験の2回戦。格上の強豪・鹿屋中央高校を相手に樟南第二は善戦するも、守備の要・れみなのレシーブは突破され、エース・真優葉のバックアタックもシャットアウトをくらう。

 

 

それでも持てる力は全て出し切った。0—2のストレート負け。

3年生4人の、熱い青春の日々が終わる。

「2回戦は悔しかったけど、目標の1勝ができて本当によかった」

試合後の真優葉の言葉を、そばで聞いていた鶴田監督。

「(悔しかったならバレーを)続けたらいいやん、やりたければやっていいんだよ」

冗談交じりに、本音をささやいていた。

会場の隅で真優葉、れみな、そして楓夏に優杏、3年生4人がずっとタオルで顔を抑えている。これで引退、なぜか涙が止まらない。

やがて、そこに後輩部員たちも集まり、このチームの最後のミーティングが始まる。

「やり切った? 3年生? よく頑張りました」

師として、兄として慕う鶴田監督の言葉に、4人の涙がさらにあふれ出る。

「やめろよ、そんなに泣いたら、俺まで何だか……」

言い訳しながら、鶴田監督は目頭を押さえた。

応援に来てくれた家族たちとの記念撮影が始まった。真優葉の母・幸山真理枝さんが、そしてれみなの父・光智範さんが、わが娘を笑顔でしっかり抱きしめている。

最後、バレー部の歴史に[勝利]の文字を刻んだ3年生4人を中心に、チーム全員の笑顔にシャッターが切られた。

この続きは、3年生を囲む後輩たちが紡いでいく。

 

 

 

 

 

関連記事