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天理大学女子ホッケー部「新旧キャプテンの絆」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
スティックを手にグラウンドを縦横無尽に駈け、素早いパス回しでゴールを狙う。
その女子集団は全日本選手権優勝21回、大学王座24回を獲得する天理大学女子ホッケー部。まさしく大学ホッケー界の女王だ。
この春からもキャプテン・小林こゆきのもと、絶対的エースストライカーの村山裕香を擁し、誰もが伝統でもある最強の名を引き継いでくれると思っていた。
ところがフタを開けてみれば、ホッケーの肝である連係プレーが上手くいかない……。試合でも失点が増え、チームは思わぬ低迷に苦しんだ。
危機感を覚えた長谷部謙二監督は、非情とも思える決定を下す。
《キャプテン交代》
「それがベストな方法だとは思っていませんが、(劇薬を投じることで)うまくいかないときに踏ん張れる人間になってほしい。そして、みんなが協力し合えるような、そういう人間たちの集まりにしたいということです」
だが、それをすぐに飲み込めというのは酷な話だ。小林は当時を振り返る。
「自分を一番責めて、何で自分が持っているものを発揮できなかったのかな? 今までやってきたことは何だったんだろう? って。腐っちゃいけないと思っていたんですけど、どこか気持ちが乗らないというか、そういう感情になってました」
新キャプテンとなったのは、絶対的エースストライカーの村山裕香だった。
「小林のぶんも頑張るよって、小林が泣いている中で話しました。小林からも頑張ってほしいと伝えてくれて……」
複雑な思いが交差しながら、チームは新たな船出を迎える。
新キャプテンに就任した村山は、日の丸を背負って国際大会でも活躍してきた。試合ではフォワードとして、圧倒的なスピードと巧みなボールコントロールでゴールに切り込む。
だが、キャプテン業はそうはいかなかった。
ある日の練習。チームの動きはバラバラで、まともにボールがつながらない。長谷部監督は村山を呼び出す。
「(全員が)勝手なことばかりしてる。俺が決めるんじゃない、(村山自身が)こう思うからこうしてねって、ハッキリいえるのがチームリーダーじゃないの?」
指摘を受けチームメイトの元に戻る村山だが、簡単にはうま手くいかない。彼女は、決してチームの統制に剛腕を発揮するようなタイプではないのだ。
前キャプテンの小林は、それを横で感じながらも、やはり遠慮があるのか言葉数は少ない。新旧キャプテンの試行錯誤が続いていた。
練習後、1年生の井出選手が村山キャプテンに、足の不調の相談をしていた。村山は、言葉の一つひとつに丁寧に耳を傾け、アドバイスする。
「(キャプテンとして)寄り添いながら、引っ張っていってあげたいなと思っていて。やっぱり強くいったりとかうまくできないので、逆に(寄り添うタイプの)そういうキャプテンになりたいなと思っています」
少しずつ、自分の色が出始めているようだ。そんな村山のことを後輩に聞くと……。
「いつも笑顔で話してくれて、話しやすくて、何でも相談できる存在です」
横で聞いていた村山は、笑いながらその後輩を突っつく。
「いやだ、(取材スタッフの人たちに)いわされてるでしょ!」
合宿所での夕食。村山キャプテンの席は、小林前キャプテンの隣。
「(村山は)抜けているんですけど、いっぱい動いてくれて(何かあるようなとき、場所に)どこにでもいます。そのぶん、自分のことを忘れます」
思えば取材中、この二人が一緒にいるのをよく見かけた。ここに至るまでの非情な経緯はともかく、互いに支え合う関係はチームに良い影響を与えるに違いない。
それを証明したのが、数日後の練習前だった。誰よりも早くグラウンドに姿を見せたのは村山と小林。
他のメンバーがそろう前に、練習器具などの準備をする。その後は村山が率先して、グラウンド周辺の草むしりを始めた。
すると、他のメンバーたちが指示を受けたわけでもなく、自然と後に続いたのだ。
そんな様子に、後輩の一人がいう。
「ああしろこうしろって、指示だけ飛ばすような人じゃないんです。キャプテン自身が率先してやってくれるから、自分もやろうってなります。めちゃめちゃ良い影響をくれます」
旧キャプテンの小林も一時の負の感情から脱し、新キャプテン・村山に尊敬にも似た信頼を寄せる。
「村山にはライバル心を持てるようになりたいけど、自分はまだそこにはいけていませんね。教えてもらうことや見習うべきことのほうが多いので、その行動力とか、人としての部分も正直良いなと思ってます」
言葉よりも先に行動で示すのが、村山スタイル。その下で、チームは急速にまとまりを見せ始めていた。
2日後に関西学生ホッケー春季リーグ・第4戦を控えて、天理大女子ホッケー部に緊急事態が発生する。チームに村山キャプテンの姿がない。高熱で倒れてしまったのだ。
キャプテン就任から一ヵ月、心労が祟ったのだろうか?
チーム内に不安が広がる中、前キャプテンの小林が動く! 自ら率先してメンバーに声をかけ、試合に向けての精神を統一させる。
「村山の一生懸命な姿が、(自分を)変えてくれたのかもしれません。他の四回生たちも一緒に練習メニューを考えたりしてくれるので、やるべきことをやってみます」
キャプテンだったあのころよりも、小林が頼もしく見えた。
5月11日、試合当日。ベンチには欠場する村山の姿があった。
そんな中、湯田ひとみコーチがキャプテンに指名したのは、小林だった。彼女の左腕にキャプテンマークを着けながら、それをポンッとたたいていう。
「裕香がここにいるからね」
その重みを感じながら、小林は円陣を組んだ。
試合の相手は、最近メキメキと力をつけてきた、関西学院大学。
序盤、天理は相手の反則から先制点のチャンスを迎えるも、逆にカウンター攻撃を受けるなど、試合は一進一退の展開を続ける。
フィールドを走り続け、チームメイトを鼓舞する小林。前半は両チーム無得点のまま終了した。
後半、均衡を破ったのは天理だった。パスをつないでのチャンスに、ゴール前のスペースに飛び込んでシュートを決めたのは小林だ! 結局、天理はこの1点を守りきり勝利した。
キャプテン解任後、一時は腐りかけた小林はいう。
「今回、村山が体調不良じゃなくても、自分のやるべきことをやらなきゃいけないと思っていて、自分の中でも少しは変わってきているのかなと感じています」
あのとき、あえて厳しい決断を下した長谷部監督は、小林のゴールで勝利したことを高く評価する。
「キャプテンをやっていたときの自分と、キャプテンから外れて過ごしてきた時間を経て、村山がいないぶん、自分が何とかしなきゃと意識できているのは大きな成長です」
そして、ベンチで見守っていた村山も、チームの勝利に笑顔を零しながら小林の健闘を称える。
「ゴールを決めてくれたことはもちろん、試合全体でも彼女は意地を見せてくれたと思います」
たった1試合でチームが蘇ったとするのは、気が早いのかもしれない。それでも、新旧キャプテンを筆頭に、ホッケー部の面々は確かに変わった。大志に向かい、一つになって戦う、チームスポーツの真髄がここにある。
揺るがない心のつながりが、名門・天理を、試練に負けない最強チームへと成長させていくのだろう。
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