東日本女子駅伝・福島チーム「優勝へ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

11月12日。第38回東日本女子駅伝、スタート地点のスタジアム。福島チームの1区を務める社会人ランナー・鈴木葵が、号砲と共に飛び出していく。

 

毎年、晩秋の福島を舞台に開催されるこのレースは、全長42.195キロ、9区間。18の都道県チームで争われる。最大の特徴は、中学生から社会人まで、幅広い年齢層のランナーが襷を繋ぐこと。

 

 

福島チームは2021年の第36回大会で、6年ぶりとなる5位入賞を果たすと、昨年第37回大会は総合7位。そして今年第38回大会。3位表彰台はもちろん、渡部裕也監督は自信を覗かせる。

 

「今年のメンバーは、全員がエースクラス。優勝もゼロではないと感じています」

 

期待を背負って、鈴木葵がスタジアムから道路コースへ駆けていく。果たして、勝負の行方は―?

 

遡ることレース1週間前。福島チームは、福島大学の陸上競技場で、出場メンバーの選定を兼ねた練習会を行っていた。渡部監督は、選手ひとりひとりに声を掛け、メンタル、フィジカルのコンディションを確認していく。監督就任は昨年。それ以前もコーチとして長く福島チームと関わってきただけに、選手達からの信頼も厚い。

 

「前半が鍵ですね。1区、2区、3区辺りで先頭集団に入っていれば、粘っていけると思います」

 

一方で、実力者揃いの代表選手の中から、当日のメンバーを決めるのは悩ましいの一言。

 

「各人の疲労度などを診ながら、ベストの状態で走れるメンバーを選びます。難しいです」

 

後日発表された9人のメンバー。主だった選手を見てみよう。先行逃げ切りの鍵を握る第1区には、昨年まで2大会連続でアンカーを務めた鈴木葵。

 

「レースが決まる大事な1区なので、しっかり(上位で)襷を繋ぎたいです」

 

2区は、先の全国都道府県対抗女子駅伝で区間賞に輝いた、岩崎麻知子。

 

「葵さんは上位で来ると思うので、先頭に立てるような走りをしたいです」

 

さらに4区の中学生ランナー・丹野星愛は、昨年大会でも快走を見せた実力者。6区の高校生ランナー・木戸望乃実は、やはり先の全国都道府県対抗女子駅伝で区間賞を獲得している。そしてアンカーに選ばれたのは、チームキャプテンの社会人ランナー・石井寿美だった。

 

「みんなが繋いでくれた襷を、もっと上に持っていけるように走ってみせます」

 

その他のメンバーも、全員が各世代のエースクラス。周囲の期待は高まっていった。

 

レース前日の夜。渡部監督は、チーム全員の前で、自身の思いを伝える。

 

 

「色々な方から、今年の福島は優勝を狙えるんじゃないかと、期待されています。それをプレッシャーだとは思ってほしくありません。みんなは各世代のエース『私ならやれる』と自信をもって走ってください。そこに必ず結果は付いてきます」

 

大会当日の朝。スタート地点であり、ゴール地点でもある[誠電社WINDYスタジアム]に、福島チームを始め、18都道県の代表チームが集結した。目に止まったのは、彼女たちランナーが身につける、特別仕様のユニフォーム。レースのムードを華やかに彩っている。開発・デザインに携わったニューバランスジャパンの竹澤綾子さんが、その機能について教えてくれた。

 

「パフォーマンスの向上の面から、トップスにはNBドライという、非常に吸汗速乾性の高い素材を使っています。パンツの方は、風の抵抗を受けづらい、ショートタイツを採用しました」

 

デザインは、女性アスリートを、綺麗にスタイリッシュに見せる工夫が凝らされているという。その拘りは、カラーリングにまで及んでいた。

 

「(都道県別の)違いを出すのは難しいことでしたが、女性が着た時に『綺麗!』『可愛い!』と感じてもらえる色合いをポイントにデザインしました」

 

そして都道県別のチームカラーについては、郷土の特色をモチーフにした。

 

「例えば福嶋は、緑豊かな自然をイメージして、グリーンをベースにしました。差し色のゴールドは、開催県へのリスベクトです」

 

このユニフォームを纏って、各都道県の代表としての誇りをもって走ってほしい、竹澤さんはそう願っていた。

 

会場には、選手ひとりひとりに声をかける渡部監督の姿がある。

 

「全員に『楽しんで』と伝えました」
 

 

その先に待つものは、果たして・・・

1区を走る鈴木葵が、入念に靴紐を結び直していた。

 

こうして始まった、第38回東日本女子駅伝。レースは、第一中継所まで残り650m地点へ。鈴木葵が、先頭第一集団の中で好走を見せていた。そのまま順位上は6位で、2区を走る岩﨑麻知子に襷を渡す。予定通りだ。

 

2区の岩﨑は、期待に違わぬ走りで、先頭集団から抜け出す。

 

「(1区の)葵さんが良い位置で襷を繋いでくれたので、しっかり順位を上げようと思って、無我夢中で走りました」

 

スタジアムの関係者控室では、渡部監督がテレビモニターに映る選手達の力走を、食い入るように見つめていた。この大会は、チームスタッフのレース帯同は許されていない。監督といえども、いったんレースが始まれば、ただ離れて見守るしかできないのだ。そんな中、岩﨑麻知子がトップで襷を繋ぐ姿に、一瞬、感極まった表情を見せる。

 

その後、福島チームは上位をキープし、優勝争いを展開していく。アンカーの石井寿美が準備に入る頃には、福島は3位の千葉とは僅差の4位。表彰台はもちろん、まだ優勝の望みも残されていた。そして最後の襷が繋がれ、石井の激走がスタートする。

 

『順位変動がありました!3位争いの地元福島と千葉、1km近く並走が続いていましたが、福島が今、前に出ました!』

 

実況のアナウンスに、渡部監督が唇を噛みしめる。さらに・・・

 

『表彰台が見えてきた福島、さらにその1つ上、2位銀メダルも見えてきた!アンカー・石井寿美の快走が続きます!』

 

渡部監督は、たまらずスタジアムのアリーナに飛び出した。

 

スタジアムにトップの選手が戻って来た。昨年の覇者、東京チームだ。そのままゴールテープを切って、貫禄を見せつける。つづく2位で入って来たのは・・・激走の石井寿美が、それまで2位をキープしていた宮城チームとデッドヒートを繰り広げていた。それを目の当たりにした渡部監督は、あらん限りの声で叫び続ける。

 

 

「寿美、絶対イケるぞ!寿美!」

 

互いに譲らず、勝負の行方は判らない。だが、最後の直線、宮城チームのアンカーがわずかに抜け出る。そのまま飛び込むようにゴールした。

 

区間賞を獲得した石井寿美は、たった2秒及ばなかった・・・それでもチーム全員の力で、福島チームは16大会ぶりの表彰台を決めたのである。全力を出し切った石井のもとに、1区で好走した鈴木葵が駆け寄った。

 

レース後、渡部監督は選手全員、ひとりひとりを称え、労いの言葉をかけた。

 

「今回の結果に満足することなく、常に上位で戦えるチーム、その雰囲気づくりをしていきたいと改めて思いましたし、彼女たちなら絶対に出来ると確信しています」

 

最後は、全員メダルを掛けての記念撮影。笑顔のピースサインが印象的だ。メンバーの多くは、きっと来年もこの舞台に戻ってくる。より高みを目指し、彼女たちは未来に向かって駆けていく。

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

 

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