十文字高校サッカー部「全員で強くなる」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

春の青空に、高く響き渡る掛け声。グラウンドでは、女子高サッカー部員たちが、ひたむきにボールを追いかけ、青春の汗を輝かせている。東京都の十文字高校サッカー部。これまで夏のインターハイや、冬の選手権で全国の頂点に立ってきた、女子サッカーの名門。

 

 

だが、昨シーズンはこの2大選手権で、いずれも準優勝。悔しさを残していた。総勢60名。今、夏のインターハイでの全国制覇を目指して、新チームが躍動する。

 

「もっと元気出していくよ!」

 

中高一貫校である十文字高等学校で、サッカー部員たちが授業に集中している。サッカー部の理念は、部活動の部の字を使った、文部両道(ぶんぶりょうどう)。部員の多くが、学年トップクラスの成績をキープしているという。

 

放課後になると、彼女たちは練習の前に顔を突き合わせ、事務仕事に精を出す。サッカー部の運営は、部員たち自らの手で行われているのだ。。試合のための移動手段や宿泊先の手配もお手のものだ。

 

そんな自主性の和の中で、いつも中心にいるのは、キャプテンの3年生、三宅万尋(まひろ)だ。中学時代から数えて、十文字サッカー部歴は6年目。ポジションは、チャンスを作り出し、得点を狙うMF。プレーヤーとしてもチームを牽引している。彼女は、昨シーズンの悔しさをピッチ上で味わった一人。だからこそ、勝利への思いも人一倍だ。

 

「練習はもちろん、気持ち作りも、自分がみんなを鼓舞していくべき立場だと思うので、全員が同じ方向を向けるように引っ張っていきたいです」

 

そしてもう一人、チームのキーパーソンになり得る3年生がいる。新チームでレギュラー入りを目指す、岩田理子(りこ)。十文字高校サッカー部に憧れ、単身徳島から上京してきた。

 

「(全国大会優勝という)目的を全員で共有しているので、私自身もチームも、もっともっと強くなれると思うし、強くなりたいです」

 

この岩田をはじめ、親元を離れて暮らす部員たちは、共に寮生活を送っている。同じ志を持つ仲間たちとの間には、いつも笑顔が絶えない。しかし、そこはまだ高校生。岩田は部屋の目立つところに、離れて暮らす家族からの手紙を貼り、それを見ては心の支えにしている。18歳の等身大の姿が、そこにあった。

 

「中学まで親のサポートがあって、何も不自由なしに出来てたっていうのが、当たり前の環境じゃなかったんだなって、改めて気づくことができました。だから色んなことに感謝して、スタメンに入ってチームに良い影響を与えられるようになりたいと思ってます。最後の1年を悔いの無いよう過ごして、笑って終れるように頑張りたいんです」

 

今年2023年のインターハイは、北海道で行われる。その出場権を賭けた関東予選を10日後に控え、チームの調整は急ピッチで進められていた。

 

指揮をとる石山隆之総監督は、27年前、十文字にサッカー同好会を発足させ、以来、チームを全国レベルの学校へ導くと同時に、なでしこジャパンの代表選手を始め、後のプロ選手を数多く育て上げた名伯楽だ。その彼が、今のチームに危惧を抱いている。課題の克服が間に合っていないからだ。

 

十文字高校サッカー部が目指すのは、細かなパスを繋いでゴールへ迫る『ポゼッションサッカー』。これには、パスやトラップの正確無比な技術に加え、高度な連携能力が必要不可欠なのだという。瞬時に状況を分析し、仲間と意思疎通を図り、攻撃を組み立て実行すること・・・これこそ、彼女たちが今必死に取り組む、最大の課題だった。

 

 

練習中、選手だけで集まり、フォーメーションや動きの確認をすることで、徐々にその力を養っていく。果たして間に合うだろうか? キャプテンの三宅は一人責任を感じていた。

 

「自分のリーダーシップが足りないなって、日々思わされていて・・・関東予選には間に合わせたいんです」

 

この日の練習後、三宅キャプテンの口から、登録メンバーの25人が発表される

 

「・・・・・・18番、岩田理子・・・」

 

レギュラーを目標に精進を続けてきた岩田が、メンバー入りを果たした。その表情が引き締まる。

 

「選ばれたからにはチームを背負って戦わなきゃいけないと思いますし、最後の夏のインターハイになるので、自分が悔いなく戦いきれるように頑張っていきたいです」

 

石山総監督は、メンバー入り25人を中心に全員を集め、檄を飛ばす。

 

「1回戦2回戦3回戦ありますけど、ポイントは? 1回戦、当たり前だよね。120%で当たるんだよ。(1回戦の相手は)去年も勝ったしなって、なめたらダメだよ」

 

熱を帯びた言葉は、全員の心に火を灯す。残りの日々も課題克服に全力を尽くすことを確認し合った。

 

5月27日、インターハイ関東大会1回戦。この日は季節外れの暑さで、会場の気温は28度まで上がった。

 

十文字高校の面々が姿を見せる。ベンチスタートになった3年生の岩田理子が、率先して先発メンバーに戦術の確認をしていく。ピッチに立つのは11人でも、戦うのは全員。これも十文字流のサッカーだ。

 

そしてキックオフ。初戦の相手は、昨年の関東予選で対決した、星槎国際高校湘南。この時は、十文字高校が3対0で完勝している。

 

だが、試合開始間もなく、先制したのは星槎国際だった。十文字ディフェンス陣の一瞬の隙を突いてのゴール。ベンチの岩田が、唇を噛みしめる。ピッチにいない自分が歯がゆい。その後十文字はボールを支配して攻め続けるも、点には繋がらない。リードを許したまま、前半を0対1で終えた。

 

十文字高校は後半、キャプテンの三宅万尋を中心に、猛攻を仕掛ける。だが1点が遠い・・・残された時間は、アディショナルタイムの4分。暗雲が立ち込める中、いまだピッチに立つことができない岩田に、涙が溢れる・・・

 

もう後が無い・・・十文字のラストワンプレー。

 

ゴール前へのパスに、キャプテンの三宅が飛び込んだ!値千金の同点弾!

 

ピッチの11人、岩田達ベンチメンバー、そして登録メンバーから漏れ、観客席から声を枯らして声援を送っていた全部員たちが、雄叫びをあげる!まだ終わりじゃない、終わらせない。キャプテン三宅、ベンチの岩田の目に光が蘇る。

 

土壇場で試合を振り出しに戻した十文字は、逆転を狙って攻め続ける。だが、その後延長戦でも決着はつかず、勝負はPK戦にもつれ込む。

 

PK戦は運に左右されるところが多く、番狂わせが起こりやすい。この時の十文字が正にそれだった。キャプテン三宅が外し、絶体絶命のピンチ。そして星槎国際の5人目。放たれたボールがゴールネットを揺らし、勝敗は決した・・・

 

昨年のインターハイ準優勝、十文字高校は関東予選の1回戦で、まさかの敗北。ある者は茫然と立ち尽くし、ある者は泣き崩れた。出番の無いまま、最後のインターハイが終わってしまった岩田理子。いったい何が起こったんだろう? なぜ、なぜ、なぜ・・・岩田は自分に問いかけ続けた。

 

 

試合後、学校に戻って、部員全員でのミーティングが始まった。石山総監督が、厳しくも優しい眼差しで語りかける。

 

「今日は思い切り泣いて良いと思う。それから、もう一度立ち上がろう」

 

まだ、冬の選手権が残っている。キャプテンの三宅も、ベンチリーダーの岩田も大粒の涙を零しながら、声を絞り出す。

 

「全員で強くなっていきましょう」

 

涙に暮れた敗戦から1週間後・・・ 練習グラウンドでボールを追いかける、岩田理子の姿を見つけた。

 

「あの敗戦があったから、自分たちは強くなれたよねって言えるようになりたいんです」

 

十文字高校サッカー部。未来のなでしこたちの戦いは、まだ終わりじゃない。最後の岩田理子の言葉が、今も心に響く。

 

「過去は変えられないので、未来を変えるしかないんです」

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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