柔道・宮木果乃「世界一を獲るための生活」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
彼女は、大学進学後のデビュー戦、全日本選抜柔道体重別選手権女子48kg級の舞台に立つ。昨年のシニア国際大会・グランドスラム東京を、高校生で制した宮木果乃、18歳。会場の視線は、阿部詩以来の快挙を成し遂げた新星に注がれている。
宮木は、2022年全日本ジュニア準優勝の林佑美を相手に、延長にもつれ込む熱戦を繰り広げるが・・・一瞬の隙を突かれ、番狂わせの初戦敗退。ほろ苦いデビュー戦、嗚咽しながら、途切れ途切れに語る。
「実力不足の所があって、一回戦負けっていう姿を見せてしまって申し訳ありません。グランドスラムで優勝して、そこからの自分を見つめ直せていなかったと思うので、しっかり逃げずに向き合いたいと思います」
大粒の涙が零れ落ちた。
屈辱の敗戦から数日後の日本武道館。宮木は日本大学の入学式を迎える。新たなスタートを切る将来有望なアスリートたちと共に、笑顔を見せていた。
「新しい仲間と一緒に、4年間を過ごすことにワクワクしています。世界一を獲るための生活にしていきたいです」
そう、まだすべては始まったばかりだ。
宮木の、大学生として、そして柔道部員としての1日に密着した。始動は早朝、7時前。まだ完全に目が開いていない彼女が、ランニングのスタート地点にやって来る。
「朝は弱いです。いつも同級生に起こしてもらってます・・・」
ところが・・・大学近くの公園の周回コースでランニングが始まると、彼女の様子が一変する。約2kmのコース。柔道部は、毎回全員のラップタイムを計測している。
『8分40秒・・・速ぇえ・・・』
ストップウオッチを持つ坂東篤コーチが、思わず声を漏らした。宮木が練習に参加するようになってから、トップタイムは常に彼女のもの。柔道では、瞬発力に並んで重要視される、持久力。才能の片鱗が窺える。
ランニングの後も朝のトレーニングは続くが、ここで坂東コーチが部員に声をかける。
『残ってやりたい人だけね!1限から授業のある人は行って。後は各自、自分の体と相談して!』
宮木には新鮮な、自主性を重んじる日大柔道部の方針。練習参加当初は、戸惑いを覚えたという。
「高校までは、みんなで一緒にやろうって感じでしたけど、自分次第でサボることも出来れば、真剣にやることも出来るんですよね。自分で選択することが一気に増えました」
それが一番難しく厳しいことを、彼女は日々実感している。
大学の授業が始まる。宮木が専攻するのは、スポーツ科学。自身の課題のひとつである、メンタル強化のためもあって選択した。事実、先日の全日本選抜柔道体重別選手権での初戦敗退は、そのメンタルの弱さが起因していたのだ。
「色んな競技の人たちが集まるので、その人たちのトレーニング方法やトレーニングメニューを学べる、良い機会になってます」
講義では、調子の良し悪しを感覚ではなく、データとして残すことの重要性が説かれている。スランプなどに陥った時の、脱出の手立てになるという。宮木にとって、今までにない考え方だった。メモを取る手が止まらない。
授業の後は、柔道着に着替えての練習。ここで宮木は、たゆまず己の技を磨いている。彼女のストロングポイントは、小柄な体格を利用した担ぎ技。特に背負い投げは、柔道を始めた頃からの得意技だ。
それでも改善点はある。マンツーマンで指導するのは、西田優香コーチ。現役時代は宮木と同じ背負い投げを得意とし、2010年の世界選手権を制覇したレジェンドの一人だ。
そんな西田コーチとの出会いは、宮木が高校3年生の夏。動物関連の新しい夢が生まれ、柔道を辞めようかと悩んでいた頃だった。西田コーチは、悩める少女が類稀なる才を持っていたことを、すでに見抜いていた。
「東京都ジュニアという大会で、彼女は負けたんですけど、物凄い泣いていたんですね。辞めたいと思ってる子が、こんな泣き方しないよって、声をかけました。ウチで(日大で)一緒にやろうって」
この出会いが、宮木の運命を変えた。
続いて宮木は、親元を離れて暮らす、寮の部屋を案内してくれた。
ドアの向こうはぬいぐるみで溢れ、趣味で集める帽子が所狭しと並んでいる。そして、冷凍庫の中には・・・
「お母さんが用意してくれた、1食分で使えるお肉とか・・・これは、ご飯と一緒に食べられる焼き鳥です」
寮での食生活は、基本的に自主管理。母からの食の定期便には・・・
「ほんとに感謝です」
2005年、二人姉妹の次女に生まれた宮木は、5歳で柔道を始めた。
「勝つと誉めてもらえるのが嬉しくて」
どんどん柔道が好きになっていった。それにつれて成績も上がり、柔道の名門・修徳中学2年の時には全国大会優勝を果たす。高校に進学しても常に全国大会の優勝争いに絡み、昨年は全国高校選手権優勝。そして冬には、件のシニア国際大会・グランドスラム東京を制し、世界の頂点に立ったのだ。
後日、再び宮木を訪ねると、ちょうどランチ時。女子柔道部の1年生9名全員が学生食堂に揃っていた。特に決められているわけではないが、ランチはいつも全員合流して一緒に食べている。実は、宮木の密かな楽しみのひとつらしい。
同期の近松麻耶は、宮木を評して言う。
「柔道と私生活のオンオフがハッキリしてます。柔道の時は真剣で強いオーラが出てる感じですけど、私生活は人が変わったように妹感満載です」
ちなみに、同じく同期の岩見志都紀にも同じ質問をしたが、予め宮木に仕込まれていたらしく『可愛くて優しい』としか言わず、全員爆笑となっていた。これでまだ入学して一カ月ほど。驚くほど仲が良くて、微笑ましかった。
午後の練習は、ウエイトトレーニングから始まる。
「ウエイトは高校時代にちゃんとやったことがなかったので、まずは基本的な事からやっています」
その通り、柔道のすべての基盤となる、下半身の強化が中心だ。少しずつだが、その効果が現れていると言う。
「自分の技の時はもちろん、相手の技を耐える時の踏ん張りが違ってきているように思います」
柔道選手・宮木の体には、まだまだ伸びしろがありそうだ。
この日は、多くの実業団の選手が出稽古に来ていた。実力者と立ち合える、絶好の機会。宮木は本気で挑むが、さすが簡単には技が掛からない。すると、すかさず西田コーチの元に走り寄り、指導を仰ぐ。
「相手の組手が独特だったので、対処の仕方を教えてもらいました」
大学デビュー戦での初戦敗退後、自分は変われたのか、変わるきっかけを掴めたのか?
挽回したくて、逸る気持ちがあるのは否めない。だが、西田コーチと共に、壁をひとつひとつ確実に乗り越え、理想の柔道を追い求めていくと心に決めた。もう揺るがない。
宮木に2つの質問をしていた。
ひとつは、今現在の目標。
「世界ジュニアで優勝することです」
その先に、パリ、ロサンゼルス・・・オリンピックへの道も拓けるはずだ。
ふたつ目は、悩んでも挫折を覚えても、結局畳に戻ってくる宮木。その彼女にとって、柔道とは?
「離れたくても離れられないもの・・・つらくて辞めたくなることがあっても、結局は続けたいって気持ちにさせてくれるもの・・・なんだかんだで楽しいんです」
練習に戻った宮木の掛け声が、道場の中に木霊する。すると気合一閃、得意の背負い投げが、綺麗に入った!
TEXT/小此木聡(放送作家)
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