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福岡ソフトバンクホークス4軍「必要とされる選手になる」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

春の日差しに包まれたグラウンドに、福岡ソフトバンクホークスのユニフォームを纏った、若き選手たちのかけ声が響き渡る。

 

背番号を覗くと、皆、100番台。彼らは、1軍の公式戦には出場できない、育成契約選手だ。最低年俸は240万円・・・ 厳しい環境の中、1軍に上がるチャンスを虎視眈々と狙っている。

 

 

ホークスは今年3月、育成契約選手で構成される【4軍】をスタートさせた。現在、ニューヨークメッツに所属する千賀滉大や、先日のWBCで活躍した甲斐拓也、周東佑京など、多くの育成契約出身の選手を育て上げた実績を持つホークスが、2011年の3軍創設に続く、プロ野球史上初の試みに踏み切ったのである。

 

4軍の選手は20名程度。他球団と比べても数の多いコーチやトレーナーが、その成長に目を光らせている。小川史(ひろし)4軍初代監督は、創設の意図を『分母を広げるため』と語る。分母の埋もれていた原石を増やせば、おのずと分子の磨き上げられたダイヤモンドの数も増えると言う。育成に実績を持つホークスの自信の表れだ。

 

目指すは第2、第3の千賀、甲斐、周東の発掘。その4軍が練習の拠点とする、福岡県筑後市の≪ホークススタジアム筑後≫で、ひたむきに汗を流すのは、地元福岡出身の高卒ルーキー・内野海斗(うちのかいと)投手。

 

昨年の育成ドラフト4位指名で入団した内野だが、大学や社会人野球など、多くの選択肢がある中で、なぜあえてホークス4軍を選んだのだろうか?

 

「大学とか先に行って、そこからまたここに呼ばれる保証もないので、それだったら今、挑戦してみたいなと、悔いの残らないように」

 

身長187cmの恵まれた体格から投げおろすストレートやスプリット、カットボールを武器に、高校では不動のエース。しかし中田賢一ピッチングコーチは、内野がプロの世界で輝くには、克服しなければならない課題が幾つもあるという。

 

「日によって、ボール球が増えたり、変化球でストライクを取れなかったり、まだ波がある状態なので。1軍で144試合戦うための体もまだありません」

 

それは内野自身も痛いほどに感じていた。彼の出身校は、県内有数の進学校でもあったため、文武両道の一環として、平日の練習時間は1時間程度に抑えられていた。その影響もあり、内野には体力的な裏付けが希薄なのだ。

 

そこで4軍での練習は、体づくり主体の基礎的なものが多くなり、そのきつさに悲鳴をあげる日々が続いている。取材の日、彼がボールを使ったのは、極わずかな時間だけだった。それでも・・・

 

「しっかり自分のことをしていれば、チャンスは回ってくると思うので、そこで自分のパフォーマンスを出せるように準備していきたいです。上に3軍、2軍、1軍・・・ 自分の上にしか選手がいないので、1つずつレベルを上げていきたいと頑張ってます」

 

同じ4軍には、もう一人の高卒ルーキーピッチャーがいる。内野と同期入団の赤羽蓮(あかばれん)だ。2人は普段から仲が良く、一緒にいると笑顔が絶えない。

 

だが、育成ドラフト1位の赤羽は、3月末の時点ですでに3試合に登板し、勝利投手にもなっている。大きく先に行かれている内野。その胸中は、さぞ複雑かと思いきや・・・

 

「赤羽がいることで、いい刺激になりますし、自分ももっとやらなきゃという思いにさせてくれる。ありがたい存在なんです」

 

巷でよく言われる『今どきの若者』なのかもしれない。2人の間にピリピリした空気は感じられないが、間違いなく、2人は厳しい練習に耐えながら、切磋琢磨している。ちなみに、寮での食事風景を撮影してもらうために、2人にカメラを預けたところ・・・ ずっと仲良くふざけていた。

 

ある日の練習日、内野にチャンスが訪れた。

 

入団後初めて、バッターを立たせてのピッチング練習が許可される。コーチの目に止まれば、試合登板の芽も出てくるはずだ。実際、数日後には、独立リーグのチームとの試合が組まれている。

 

「(試合のマウンドで)投げたいです」

 

心の底から絞り出すように、内野は答えた。

 

 

コーチの目が光る中、室内練習場でのピッチング練習が始まった。マウンドに上がるのは1週間ぶりだという内野。練習とはいえ、バッターとの対戦には自然と気合が入る。初球は伸びのあるストレート。前に飛ばされにくい重い球だ。

 

その後は、スプリットやカットボールを織り交ぜて23球。ヒット性の当たりは一本も許さない。連続で空振りを奪った時には、室内に中田ピッチングコーチの声が響き渡る。

 

『ナイスボール!』

 

毎日の苦しい基礎トレーニングでの体づくりに、成果が出始めているのだ。4軍は、ひたすらに己を鍛え、アピールしていく場所。内野の目がギラついていた。

 

3月25日、独立リーグ・大分Bリングスとの試合。

 

ベンチに内野の姿。これが2軍、3軍の試合であれば、育成の高卒ルーキーに登板の機会が回ってくることは、ほぼ無い。だがここは4軍、チャンスはある。その内野の前で、バッターボックスに立つのは、大分Bリングスの指名打者・内川聖一。昨年まで東京ヤクルトスワローズに籍を置き、2000本安打を達成。2009年WBCの優勝メンバーでもある、プロ野球界のレジェンドだ。

 

内川は、強烈な打球を飛ばして、貫禄の2塁打! 本物を目の当たりにした、内野の心が震える。

 

『マウンドに立ちたい』

 

そしてレジェンドを相手に、渾身の一球を投げ込んでみたい。4軍ならではの貴重な瞬間は、内野のみならず、全育成契約選手の心に火をつける。

 

試合は、内川の刺激を受けたからだろうか、ホークス4軍の打線が爆発し、19対3で圧勝する。結局、この日、内野に登板のチャンスは巡ってこなかった・・・

 

小川史4軍監督は、この先の4軍の展望は、まだ想像がつかないと言う。

 

「今はまだギリギリの人数でやっているので、それがどうなっていくのか・・・」

 

だが、その表情に不安は読み取れない。これから手塩にかけて育てていく楽しみと、自信の笑みが浮かんでいた。

 

一方、この試合で首脳陣にアピールすることが叶わなかった内野もまた、落胆の表情は無かった。

 

「今は4軍の勝利に貢献できるように頑張っているんですけど・・・ 1軍でチームが優勝するために、自分が必要とされるように、そういう選手になるのが夢です」

 

 

まだプロ野球人生は始まったばかり。体づくりを始め、夢を叶えるために、やるべきことは山積みだ。そして、その先にしか見えてこないものが必ずある。

 

福岡ソフトバンクホークス4軍は、磨かれるのを待つ原石で満たされている。

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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