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東海大静岡翔洋高校・女子野球部「笑顔で日本一!」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

女子高校野球の一戦。東海大静岡翔洋高校は、3点ビハインドで最終回を迎えていた。2アウトランナーなし。バッターボックスに入ったのは、3年生の岡村妃菜。最後の夏。まだ終わりにはしたくない—

少し時を遡る。その決勝戦のみが甲子園球場で行われる、女子高校野球全国大会まで、あと2週間。三保の松原の海岸でトレーニング中の、彼女たちを訪ねた。苦しいはずの練習を、笑顔でこなしている。現在では全国有数の部員数を誇るが、2年前の発足当初は、たった3人のみ。チームを作ることさえ出来なかった。

そして今、その発足時の3人が、3年生として女子硬式野球部を牽引している。チームの合言葉は『笑顔で日本一!』そのために・・・

「もう一本!」

きついダッシュを繰り返す。

グラウンドに場所を移して、なおも練習は続く。指揮官は、かつて同校の中等部を全国優勝に導いた、弓桁義雄監督。その経験豊かな指導力を頼って入部した生徒は数多い。特徴は、勝利至上主義の徹底排除。無論、時には厳しさも見せるが、愛情に裏打ちされたそれは、素直に部員たちの心に染み渡る。だから練習でも部の士気は高い。猛暑を吹き飛ばすような元気な声が響く。率先して声を出しているのは、もちろん一期生の3人だ。

彼女たちの胸に、2年前のあの頃が去来する。3人での野球部発足時、まだ正式な部活動として認められず、それは同好会でスタートした。しかも野球経験があるのは、ピッチャーの岡村妃菜だけ。残る斉藤美咲と中村めいは、男子野球部のマネージャー志望だった。ルールも判らず、3人では試合も出来ない。それでも、弓桁監督にイチから育まれて過ごす毎日は楽しかったと、口を揃えて言う。そんな中でも、彼女たちはいつも思っていた。

「来年は、新入部員がたくさん入ってきますように」

翌年の春、その願いは叶った。28人の後輩が加わったのだ。

(これで野球ができる・・・)

だが喜びの一方で、3人には試練も訪れた。新たに加わった後輩は、ほとんどが野球経験者。激しいポジション争いが始まったのだ。元々ソフトボールの下地があるキャプテンの美咲は、レギュラーの座を掴むため、志願して、セカンドからファーストに転向。ピッチャーの妃菜は、サイドスローに変え、全国大会のマウンドを目指すことを決意した。弓桁監督の言葉を旨に、フォームを固めていく。

『勝負だと思って投げないと、勝負球は投げられないんだよ』

まったくの素人から野球を始めためいは、他の2人と違って、ベンチ入りするために必死だった。この日も、熱のこもったトスバッティングを、納得がいくまで続ける。努力の量は半端じゃない。それは他の2人だけではなく、部員全員が知っている。弓桁監督も、その努力を見逃していない。

「最初はバットに当たらなかったのに・・・高校から野球を始めても、ここまで出来るようになるんですよ。本当に凄い」

練習の終わりに、一期生の3人が、大切な場所へ案内してくれた。それはグラウンドの隅に作られた、小さな練習場。

「最初はグラウンドを使わせてもらえなかったから、自分たちでここを作ったんです」

父兄の手も借りて、整地から始めた。支柱を埋め込むために、3人でコンクリートを捏ねたと言う。

「ちゃんとした野球の練習が出来るようになって、それが楽しいんですよ!」

無邪気に笑う一期生。この手作りグラウンドは今、後輩たちが遅くまで残って自主練をする場となっている。3人は、それが嬉しい。

全国大会まであと5日。最後の練習試合が行われる。試合前、弓桁監督から思わぬ提案があった。

「3年生は最後の大会だから、今日は3人全員にチャンスをあげようと思う」

後輩たちからは、何一つ異論は出なかった。みんな、一期生を心から慕っているのだ。

花巻東高校との練習試合。一期生3人が揃ってスターティングメンバーに名を連ねた。特にめいにとっては、ベンチ入りがかかる大事な一戦だ。

試合は、静岡翔洋が2点先行を許して迎えた2回の裏、美咲が送りバントで、ランナーを2塁へ進める。この絶好のチャンスに、打順はめい。すると、シャープなスイングで、ライト前にタイムリーヒット!1点を返した。結局めいはこの日、ヒット2本。ベンチ入りに望みが出てきた。美咲と妃菜も随所に良いプレーを見せ、ポジション獲得をアピールした。

その2日後、弓桁監督から、ベンチ入りするメンバー一人一人に背番号が渡される。果たして、3人の一期生は・・・

キャプテンの斉藤美咲は背番号3、ファーストのレギュラーに選ばれた。岡村妃菜は控え投手の10番を獲得。残るは中村めい。だが、その名はなかなか呼ばれない。すると、発表終盤・・・

「背番号19、中村めい」

緊張が一気に解けた。でも、泣くのはまだ早い・・・

「素直に嬉しい!出られない2年生の分まで頑張りたいです」

ベンチ入りメンバー発表の後、めいの自宅を訪ねた。さっそく玄関口で、硬式ボールを見せてくれる。

「家で、お父さんにキャッチボールの相手をしてもらう時に使ってます」

最初から使っていたボールは、すでに真っ黒。彼女の努力が垣間見える。

3年間、陰に日向に見守り続けてくれたお母さんが、もらったばかりの背番号をユニフォームに縫い付けてくれる。

「大変なんかじゃなかったです、楽しかった!だから後ちょっとなんだなと思うとね・・・」

いつも、家での自主練に付き合ってくれたお父さん。『どう?』背番号の付いたユニフォームを着て見せると、涙腺が決壊寸前・・・

「私の好きな野球を、3年間努力し続けてくれて、ありがとうって言いたいですね」

7月25日— いよいよ、甲子園球場での決勝戦を目指して、女子高校野球全国大会が幕を開ける。

静岡翔洋高校は、日本ウエルネス高校との初戦に臨んだ。1点リードで迎えた5回の表。1アウトランナーなしで美咲の打順・・・ センター前にクリーンヒット!この美咲のヒットを機に、チャンスを広げた静岡翔洋は、この回3点を追加。勝利に大きく前進する。

最終回、代打に、めい。緊張する姿に美咲が声をかける。

彼女は積極的に打ちに行き、強烈な打球を飛ばす!が、サードのファインプレーに阻まれた。それでもチームの士気は一層盛り上がり、試合は5-0の快勝。一期生3人が、笑顔のハイタッチ!まだ、次も一緒に戦える。

だが、その2日後、ベスト16をかけた秀明八千代戦は、序盤から苦しい展開。2回に、2点の先行を許してしまう。静岡翔洋がチャンスを掴んだのは、4回の裏。2アウト2塁、3塁。一打出れば同点。バッターボックスには、後輩の2年生。しかし、鋭くバットを振り抜くも、サードゴロで得点ならず・・・

試合は、相手に追加点を許し、最終回へ・・・ 2アウトランナーなし。打席には、途中からマウンドに立っていた妃菜。ボールに食らいつく姿に、美咲とめいが力の限り叫ぶ!

「妃菜!一本!」

相手エースの速球に、妃菜のバットが空を切り、一期生3人の最後の夏が終わった。

試合後、後輩たちが人目もはばからず、キャプテン・美咲の胸で泣きじゃくる。美咲も涙を流すが、その表情には笑みを浮かべていた。

「最後にこうして泣いて、ありがとうって言って終われたことに、3年間頑張ってきて良かったなと改めて思えました」

美咲の声かけで、妃菜とめい3人がしっかりと抱き合い、これから一生つづくだろう絆を確かめ合う。

「ありがとう」

たくさんの笑顔の花が咲いた3年間だった。

最後は、チーム全員揃って、笑顔の記念撮影。一期生3人の夏は終わったが、その抱き続けた夢に終わりはない。ずっと受け継がれていく。合言葉はもちろん—

『笑顔で日本一!』

TEXT/小此木聡(放送作家)

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