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女子バレー・バルデス メリーサ「私がこの道を選んだ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

満開の桜の下で・・・ カメラにポーズを取っているのは、身長180cmを越える長身の女性。モデルと名乗っても、疑う人はいないだろう。ところが!写っていたのは、おどけた“変顔”ばかり。そんな彼女が、バレーボール界の超新星と呼ばれていることは、俄かに信じがたい。

「チームでいる時は‘変顔’が一番好き!みんなが笑ってくれるのがうれしいから」

キューバ出身の19歳、バルデス メリーサ。Vリーグ女子ディビジョン1・2021-2022シーズンで、そのヴェールを脱いだ彼女は、驚異のジャンプ力から繰り出されるスパイクを武器に、リーグを席巻する!

この規格外のルーキーには、どうしても叶えたい夢がある。それは日本国籍を取得し、2024年パリオリンピックで、日の丸を背負って戦うこと。

「家族に会えないのは寂しいけど、私がこの道を選んだんだから、進むしかない」

遠くキューバからやって来た、日本女子バレーの救世主。若きアスリートの本当の胸の内とは?そして異国で戦う原動力とは?

石川県かほく市。この地を本拠地とする《PFUブルーキャッツ》に、バルデスは高卒ルーキーとして入団した。そして一年目から、2021-2022シーズンのコートに立つと、いきなりエースとして覚醒!鮮烈なデビューを飾る。

チームメイトであるキャプテンの堀口あやかは、そんなバルデスのバレーに取り組む姿勢を高く評価していた。

「プレーヤーとしての彼女は、本当にバレーが好きで、純粋に勝ちたい、上手くなりたいと思っているんです。そこが凄く良いといつも思っています」

当たり前のようにも思えるが、実は純粋であり続けることは難しい。だが、バルデスにとっては、幼い頃からの『常識』が、今も続いているだけなのかもしれない。

2002年、バルデス メリーサは、カリブ海に浮かぶ島、キューバに生まれた。父親がバスケットボールチームの監督を務めるなど、アスリート一家の中で育った故か、6歳で始めたバレーボールで、いつしか夢見るようになった。

「世界の舞台で活躍したい!」

チャンスが訪れたのは、中学生の時。日本のスカウトの目に止まったのだ。

「それまでキューバから出たことはなかったけど、高校バレーのレベルは日本の方が高いと教えられて、強くなるために日本に行きたいと思いました」

バルデスは、家族の元を離れ、宮城県の強豪校・古川学園への留学を決意する。そして15歳の少女は、一人海を渡り、12000キロ離れた日本へと旅立った。

「(日本では)すごいみんな優しい。安全で安心できる国だなと思いました」

だが、留学先の古川学園でバレー部の練習に参加したバルデスは、衝撃を覚える。

「(キューバとは)全然違う練習で・・・ これでまだ高校生レベルなのかと思うと、すごすぎると感じました・・・」

それでも『自分は強くなるために日本に来た』、その思いが変わることはなかった。現在も交流が続くチームメイトたちの存在も大きかった。仲間との絆は、日本式の厳しい練習を耐え抜く力を与えてくれたのである。しかしこの後、バルデスには日本に来て以来、最大の試練が待ち受けていた。

バルデスは古川学園での3年間、全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称・春高バレーでは、2年生時に準優勝、3年生時にベスト4をマークしている。だが、成績では上のはずの準優勝は、バルデスにとって苦い記憶であり、挫折を覚えた瞬間だった・・・

当時すでにチームのエースに成長していた2年生のバルデスは、獅子奮迅の活躍で、下馬評がさほど高くなかった古川学園を決勝の舞台に押し上げる。決勝の相手は、優勝候補の東九州龍谷高校。この一戦、バルデスは相手の徹底マークに遭い、まるで実力を発揮できないまま、敗北を喫してしまう。

敗因は明らかだった。自分の力を過信しての空回り・・・ 仲間の分も全て背負っているつもりで、その実、自分の個のプレーにのみ固執していたのだ。最後の春高バレーとなる3年生の先輩たちは、望外の決勝進出を果たしたことに喜び、チームを牽引したバルデスに笑顔で語りかけた。

「ありがとう」

自分がチームプレーのために機能出来なかったばかりか、試合をあきらめてしまった後悔、そして大好きな先輩たちと優勝の喜びを分かち合うことが出来なかった後悔・・・バルデスは涙を抑えきれなかった。

失意の中にいたバルデスだが、ここでもチームメイトの存在が、再び立ち上がるきっかけとなった。

「みんなで一つ。一人だけじゃ、バレーは強くならないって、解ったんです」

古川学園の岡崎典生監督の言葉も、バルデスのバレー観を変えてくれた。

「周り(チームメイト)を見る力が、自分の力となって返ってくる。その時に本当のバレーの楽しさが判るって、話してくれました」

つなぐバレー、あきらめないバレー、その醍醐味に目覚めたバルデスは、仲間と共にチームとして成長していく。3年生で迎えた春高バレーは、力を出し切ってのベスト4。結果としては昨年よりも一歩後退だが、悔いなく全員で闘い抜いた最後の大会が、今でも彼女の誇りとなっている。そしてこの頃、バルデスの中で大きな夢が芽生えてくる。

『日本代表でオリンピックに出たい!』

そんな彼女が、次のバレーの舞台に選んだのが、現在所属するPFUブルーキャッツだった。

「古川学園で学んだ、つなぐバレー、あきらめないバレーの心が、ブルーキャッツにも感じられたから、次はここでもっと強くなりたいと思いました」

若き才能をチームに迎えた坂本将康監督は、彼女への期待を隠さない。

「諸外国の選手と比べても、アタック、スピード、ジャンプ力、全てにおいて優れています。留学生から直接Vリーグに入るのはバルデスが初めてで、未知数な部分も多いですが、僕はバルデスでいくと腹を括っています」

Vリーグの規定で定められている、数少ない外国人選手枠を、高卒ルーキーのバルデスのために割く・・・ 異例の決断であり、最大限の期待の現れだった。

シーズン開幕までの半年、そして開幕後も、バルデスはチームの一員として急成長を遂げていく。磨き上げたバックアタックは、ルーキーながらリーグナンバーワンの決定率だ。そしてその努力は、夢の実現のために、バレー以外にも向けられていた。彼女を訪ねたその日、チームのマネージャー・菊地紀子さんによる、日本語の特別授業が行われていた。日本国籍を取得するには、避けては通れない道だ。

「最初は難しかったけど、やっていたらどんどん簡単になって、好きになっていました」

努力の甲斐あって、少しずつだが漢字の読み書きも出来るようになっている。

チームの寮で生活するバルデス。彼女の部屋にお邪魔すると、先輩と買い物に出かけて購入したというトレーニングウエアを、嬉しそうに見せてくれた。古川学園時代と同様に、ここでも仲間たちとの交流が彼女の支えになっているのだ。

「判らないことがあると、みんなが教えてくれるから、ありがたいと思う。寮生活は楽しいです。何かあれば、みんな来てくれる。みんなと朝から会うのが楽しいです」

そして、毎日欠かさないのが、遠く離れた家族とのビデオ電話。

「毎日しないと怒られる。私が何をしているか、両親は心配しているから。だから電話した方が良いかなって思いまして」

おどけて話す彼女だが、家族や故郷を思い、どうしようもなく寂しくなることもある。そんな時は・・・

ある日、寮の近所のスーパーに、バルデスが姿を見せる。オレガノやクミン・・・キューバではお馴染みのスパイスを買い込んだ。

「お父さんと、お母さんから教えてもらった、フリホーレス・ネグロスを作ります」

部屋に戻ると、まぁまぁ手慣れた手つきで調理が始まる。フリホーレス・ネグロスとは、シチューに似たキューバの定番料理。柔らかく煮込んだ黒豆に、トマトソースと数種類のスパイスで仕上げていく。そして、思わず『フードファイターの方ですか?』と尋ねたくなる大盛りご飯に、これまたたっぷりとかけ回し、幸せそうにかぶりつく。その姿に、彼女の原動力を垣間見る。

「キューバにいるみたいだから、キューバにいる人や応援してくれている人を思い出すから、頑張らなきゃって元気になれる。うまい!」

4月3日、PFUブルーキャッツのシーズン最終戦。

リーグ首位のJTマーヴェラスを相手に、バルデス メリーサは強烈なスパイクを幾度となく叩きこむ。だが、地力に勝るマーヴェラスは、最大限の警戒と敬意を払い、バルデスの攻撃を封じ込めていく。結果は、ブルーキャッツのストレート負け・・・ チームは、リーグ8位で2021-2022シーズンを終了した。

バルデスは、チーム最多の527得点をマークし、Vリーグの最優秀新人賞を受賞。だが試合後、彼女からは持ち前の笑顔が消えていた。

「みんな凄いと言ってくれるかもしれないけど、私から見たらまだまだ足りない。もっとみんなで、みんなのレベルを上げられるはず。夢は日本代表でオリンピック。1番にならないといけないから、これからも頑張らないといけない」

バルデスのこの1年の急成長を支えた坂本将康監督は、彼女の可能性の大きさを信じて疑わない。

「まだまだ出来ると思います。彼女のオポジットというポジションを務める選手は、海外では敬意を込めて『スコアリングマシーン』と呼ばれますが、彼女は正しく『無敵のスコアリングマシーン』になれると思っています」

バルデス メリーサ、19歳。

真に、あきらめずにつなぐ日本のバレーを彼女が身につけた時、パリオリンピックの舞台で『無敵のスコアリングマシーン』が躍動するに違いない。

早ければ1年後、彼女は日本国籍を取得する。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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