
高梨沙羅はなぜ謝罪した? 精神科医に訊く、北京五輪で失敗した選手の心の内
2月7日、北京冬季五輪のノルディックスキー・ジャンプ混合団体で、日本の一番手を任された高梨沙羅はスーツの規定違反で失格。続く2回目のジャンプで巻き返しを見せたものの、今大会から加わった新種目でメダル獲得に届かなかった。
翌8日、高梨は自身のインスタグラムに、黒い画像と共に“謝罪”を投稿した。
(引用:高梨沙羅Instagram|2022年2月8日投稿)
「私のせいでメダルを取れなかった」
高梨が綴った言葉のなかで特に強調されたのは、自責の念だった。
「この度は本当に申し訳ありませんでした」と伝えた投稿には、1週間余りで30万以上の「いいね」と6万件以上のコメントが並んだ。「高梨選手は悪くない」「もう謝らないで」。そんなコメントも数多く目にできる。
25歳の彼女は、10年以上も第一線で活躍し、世界をリードしてきた。これほどの選手が五輪で犯したミスだけに、この話題は大きな反響を集めることになった。
選手が大舞台でミスしてしまうことは、よくあることと言えば、よくあることだ。一方で、そのミスを本人が重く受け止め、SNSで謝罪することは、ほとんどない。
果たして、この対応はどうだったのか。我々は彼女の謝罪を、どう受け止めるべきなのか。アスリートが失敗したとき、周囲はどのように振る舞うべきなのか。
これまで、Jリーグクラブなどでメンタルアドバイザーを務め、スポーツメンタルに精通する現役精神科医・木村好珠さんに、高梨選手の行動の意味と、アスリートの失敗について話を伺った。
■目次
・一生懸命“ふた”をするようにSNSに投稿した
・「鎧」を着てかりそめの自信を手にした
・高梨沙羅の「ごめんなさい」は正しかった
・なんのためにスポーツをやっているのか?
一生懸命“ふた”をするようにSNSに投稿した
──高梨沙羅選手が投稿したインスタグラムをご覧になってどう感じましたか?
木村好珠(以下、木村) 高梨選手は、「私の失格のせいでチームが負けてしまった」と強調されています。ですが、例えばサッカーの試合でゴールを外して負けた話とは少し違います。焦点は明らかに彼女自身にあります。
高橋選手は以前、“メイク問題”で非難を浴びたことがあります。ファッションもメイクも好きですし、必然的にSNSが身近にあると思います。ですから、アスリートとSNSの問題という側面も含まれています。改めて、距離感がすごく難しいと感じますね。
──距離感ですか?
木村 SNSの使い方です。高梨選手は、頻繁にSNSを活用していますし、おそらく日頃からいろんな投稿を目にしているはずです。「競技の魅力を伝えたい」という率直な感情もあると思いますし、SNSの活用自体はいいことだと思います。「使わなければいい」という話ではありません。ですが、付き合い方は本当に難しいなと。
アスリートは、監督やコーチなどの評価によって、出場機会が変わりますよね。つまり、周囲の評価を気にしているものです。とは言え、アスリートだからといって他の人よりメンタルが強いということはないですし、逆に繊細な人も多いくらい。そういった人がSNSを活用する際には、本当に気をつけないといけないと感じています。
以前は、メイクの件ですごくたたかれました。一方で今回は、「私の失格のせいでみんなの人生を変えてしまった」と、謝罪しました。その結果、周りは「謝らなくていいよ」と。世論がすごく変わった。私は、これが本当に怖い部分だと感じています。
──どういうことでしょうか?
木村 仮に、高梨選手が謝罪を掲載しなかった際に、「謝らなくていい」とコメントしていた人たちはどんな反応をしたでしょうか? 私は「あなたのせいで負けた」とたたいている人が一定数いると思います。以前、メイクの件で非難した人もいるでしょう。
そこが引っかかる部分。正直に謝ったのは正解のように感じます。ですが、そもそも一番責任を感じている彼女自身が、多くの人に謝らなければいけないと感じてしまったのは、あまりいい感情を持たれていないと、自分で認識しているからかもしれません。
──いい感情を持たれていない?
木村 人は、いい情報より悪い情報のほうが入ってくるものです。メイクの件でたたかれた際には、「悲しい」という思いをきちんと発信できませんでした。たたかれたことに対して、悲しいとかつらいと思っていても、そうは言えずに「なんでたたかれなきゃいけないの?」というような態度を取ってしまう。「成績を残している」ことを盾にして、自分のマイナスな気持ちを表現することが苦手なのではないかと思います。
前回も今回も、一生懸命“ふた”をしました。発信しなければいけないと感じたのかもしれません。ただそれは、自分で自分の実績や結果を傷つける行為。選手生命にも関わってきます。ではどうすべきか。今は誰の言葉も入ってこないくらい落ち込んでいるはずです。
「鎧」を着てかりそめの自信を手にした
──パーソナルトレーナーやメンタルコーチがついているのでしょうか?
木村 今のこの状況下においては、スペシャリストの存在が必要だと思います。スポーツメンタルがさらに向上するためではなく、ディプレーション(鬱状態)までいかないためにどうするべきかというところですね。
私は「キュア」「ケア」「ブースト」という言葉を使います。治すことが「キュア」で、そこまでいかないまでも、スポーツができない状態にならないようにするのが「ケア」。そこの介入はスペシャリストがつかないとダメです。
メンタリストがどこまでできるか分からないですが、少なくともチームメートに対しては「ごめん」という気持ちしかないでしょうし、もちろん、彼女の仲間や近しい人たちも、ファンの方々もSNSで励ましています。それは大事なことですし、必要だと思いますが、ここからもう一度真剣に向き合おうとするには、プロの力が必要だと思います。
──高梨選手の性格は「ネガティブの塊」だという分析があります。
木村 はい。彼女はもともとコンプレックスがあったと思います。あれだけメイクをする行為も、自分のコンプレックスを改善しようとする努力の一つです。あらゆるコンプレックスは、アスリート自身がどう感じているかに関係なく注目され、ピックアップされてしまうものです。「美人アスリート」といった取り上げ方も、よく目にしますよね?
いずれにせよ高梨選手は、コンプレックスや不安を抱えた状態だと思います。仲間と不安をシェアできるかというと、団体種目とはいえ基本的には個人競技ですから簡単ではありません。飛距離を競うものですし、自分自身との戦いですからね。その際に不安をどのように解消するのか、その術がなく、不安が溜まっていくタイプだと思います。ネガティブとは、そういうことですね。頭がいいからこそ、いろいろと考えてしまう。
──自分のマインドやモチベーションで練習や試合の内容が左右され、着るものや身につけるもので気分が左右されると、彼女はインタビューなどで話していますよね。
木村 ですから、メイクは彼女にとって「鎧」なんです。強気な発言も、鎧をまとっているからこそ言えるものであって、決して自然体の発言ではないように感じます。メイクを始めたことで周囲からも「キレイ」と言われるようになり、それが本当の自信かというと難しいですが、そうやって彼女は“かりそめの自信”を手に入れました。
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