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東日本女子駅伝 チーム福島「アスリートファースト」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

11月14日、2年ぶりの号砲と共に、東日本女子駅伝がスタートを切る。中学生から社会人まで、世代を越えた選手たちで構成される、18の地域の代表チーム。彼女たちは力の限りを尽くして、チームの、そして大会を支える大勢の人々の思いを乗せたタスキを繋いでいく。

選手控室のモニター越しに、祈るように戦況を見守るのは、開催地・福島県チームの阿部縁監督。この数年、低迷を続ける福島県チームにとって、6位以内の入賞は悲願だ。そのための準備も怠りはない。事実、モニターの向こうでは、第1区を走る社会人の石井寿美が上位をキープしている。それでも、祈らずにはいられなかった。

東日本女子駅伝は、1985年の第1回大会を皮切りに、今年で36回を数える。毎年、東北福島県を舞台に、9区間、全長42.195キロのコースで繰り広げられる熱い闘い。過去には、東京オリンピックで活躍した新谷仁美など、幾人もの名ランナーを輩出している。しかし、昨年2020年大会は、コロナ渦によって中止を余儀なくされてしまった。福島県チームの阿部監督は、2年越しの思いを背負って大会に臨む。

「みんな走ることも儘ならない難しい時期を過ごしてきたからこそ、選手にはベストパフォーマンスを発揮させてあげたい」

自身も、第一回から第三回大会までは選手として、その後もボランティアスタッフとして大会を支えてきた。そして5年前に監督に就任。走ることの喜び、タスキをつなぐことの重みを誰よりも知っている。

「我々も気持ち新たに頑張っていきたいと思っています」

大会前のある日、レースのスタート地点であり、ゴール地点でもある信夫ヶ丘競技場に福島県チームの姿があった。高校生組と中学生組の合同練習が行われている。高校生組は全員、学法石川高校陸上部。県下有数の陸上強豪校だ。そして中学生組も将来を期待されるランナーが集められていた。この合同練習が、ある意味阿部監督の思惑通り、大きな化学変化を起こす。

そもそも福島県チームには、高校生組が中学生組の面倒を見る、良き伝統が存在する。練習では、格上の高校生が、中学生の前を走って引っ張り、中学生は先輩の走りに食らいつくことで力を付けていくのだ。そしてこの日、トラックでの3000mタイムトライアルで、中学2年生の湯田和未がとんでもないタイムを叩き出す。

「非公認だけど、中学新記録だよ・・・」

コーチングスタッフが驚きを隠せない。阿部監督が、我が子の成長を見るかのように、目を細めていた。

大会前日になると、18の出場チームが福島入りし、信夫ヶ丘競技場で最終調整を行っていた。そんな中、福島県チームは、全9区間のオーダーを発表する。大会の規定では、中学生は2名、高校生は3名以上が義務付けられている。すると第4区には、中学2年・湯田和未の名が呼ばれた。驚異的な記録の伸びを評価されての抜擢だ。全区間の発表後、阿部監督は、サポートに回ることになった選手も含め、みんなで一つであることを強調した。

「チーム福島で戦うからね」

第2区を任された、高校3年生の大河原萌花は、自分が選ばれた意味を噛みしめる。

「苦しい時を支えてくれた人たちへの、感謝の気持ちを忘れずに走りたいです」

福島県チームは、中学生2名、高校生5名、そして社会人2名の布陣でレースに臨む。

夜、宿泊先のホテルでの、最終ミーティング。他の17チームのオーダー表を見て、ライバルの確認をする選手たち。その上で、各自で定めた目標タイムを、みんなの前で発表していく。湯田和未の目標タイムには、阿部監督が思わず自分の耳を疑う。達成すれば、区間記録の大幅更新だ。

(この子なら、ひょっとして・・・)

最長10kmの第9区、アンカーを務めるのは、社会人の鈴木葵。他のチームのオーダー表に並ぶ、有名選手の名に不安を口にするも、その目は確かに燃えていた。

「入賞という形でゴールテープを切って、福島県チームに貢献したいです」

ミーティングの最後は、阿部監督の言葉が〆る。

「1秒を大切に、次の選手に気持ちも託して、タスキを繋げてください」

選手たちが2年分の思いをタスキに乗せる一方で、東日本伝統のレースもまた、苦難の時を経て、これまでにない進化を遂げようとしていた。特に目を引いたのは、全18チームの一新された大会仕様のユニフォーム。従来のショートパンツから、スパッツスタイルという新しいデザインが際立っている。盗撮など、昨今の心無い視線から女性アスリートを守るだけではなく、機能的にも優れた効果を発揮すると言う。

さらに、選手のコンディショニングをサポートするアイテムも提供されるなど、東日本女子駅伝は“アスリートファースト”の先駈けとして生まれ変わる—

11月14日、大会当日の朝—地元のボランティアも含め、1000人を越える人々が大会の成功を期して、すでに働いている。競技場周辺が慌ただしさを増す中、福島県チームも準備を進めていた。全員がペンを手に取り、タスキにそれぞれの想いをしたためる。第1区を走る社会人ランナー、キャプテンの石井寿美は、そのタスキを手に語る。

「2年分の思いを強く持って、全員でベストを尽くしたいと思います。最初の私が良い流れを作って、次の若い子たちにタスキを繋ぎたい」

スタート2時間前、選手たちは各区間のスタート地点へと移動していく。阿部監督は、そのひとりひとりに声を掛け、送り出す。ここから先、監督は選手を信じて見守る事しかできない。スタート地点に並ぶ、第1区の走者たち。石井寿美の姿もある。そのタスキは、熱い思いが乗った、走る原動力。

そして、2年ぶりの号砲と共に、東日本女子駅伝がスタートを切る。

レースは第1区から、大きく動く。一新されたユニフォームの影響もあるのだろうか、ハイペースで展開していく中、優勝候補の群馬が区間新記録を叩き出す快走で、一気に突き放しにかかった。福島チームの石井も好走し、入賞圏内の6番手でタスキを繋ぐ。そして2区、3区は高校生がタスキを繋ぎ、4区は中学生区間。成長著しい湯田和未が、東日本女子駅伝、鮮烈なデビューを飾る。

7位でタスキを受けた湯田は、異次元の走りで、瞬く間に順位を上げていく。第四中継所に彼女が飛込んできた時、福島チームは3位へと躍り出ていた。

その後もチーム全員が、支えてくれた全ての人たちの為に、感謝の気持ちを抱きしめ、ベストを尽くす。レース終盤。タスキを待ち受ける、アンカーの鈴木葵。8区の中学生、木戸望乃実が、最後の力を振り絞ってスパート!5位で運命のタスキがつながった。

競技場では、ゴール地点の近くに阿部監督が陣取っている。トップの選手が入って来た。群馬チームのエースであり、全国区のランナーでもある、大学一年生の不破セイラが、予想通りの快走を見せている。福島チーム、アンカー鈴木の姿はまだ見えず・・・その時!

4番手宮城チームとの差を詰め、鈴木が競技場に飛び込んできた。阿部監督の言葉通り、一秒を大切にし、一歩でも速く、前を走る宮城チームを追う。

「あおいー!」

最後まで諦めない彼女の名を、阿部監督は叫び続けた—

福島県チームの最終成績は第5位。念願である、6年ぶりの入賞を果たした。阿部監督は、激走の鈴木葵を、しっかりと抱きしめる。

「チーム福島は最高でした」

“アスリートファースト”を旨に、これまでにない進化を遂げた、東日本女子駅伝。その中で福島県チームのタスキは、さらなる輝きを目指し、これからも繋がれていく。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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