清水舞夏は、なぜセパタクローへ転向したのか? 決め手は「距離の近さ」
死ぬまでには日本がタイにかつ瞬間を見たい
——清水さんの今後の目標を教えてください。
日本一のトサーになりたいです。私のポジションはできないことをいかに潰していくか、ということが重要です。追求していけば果てしないポジションなので、嫌になることもありますが、そこを乗り越えないとうまくなれないと自分に言い聞かせています。
そして自分がプレーしなくなった後もセパタクローと関わっていき、死ぬまでには日本がタイに勝つ瞬間を見たいです。正直自分がセパタクローをやっている間に世界一になれるとは思っていません。なぜなら国の中でのセパタクローに対する理解や認知度、環境も違うからです。でも時間はかかったとしても、あらゆる角度から日本でもセパタクローをサポートして頂けるようにしていき、いずれは世界一になっているところを見てみたいです。
——やはり日本と比べて海外は競技面で進んでいるのでしょうか。
実際にタイに行った時に、私の中で今までのセパタクローの概念が覆されるくらいの衝撃を受けました。タイでは日常の中にセパタクローがあるんです。公園にコートがあり、おじさんが集まってきて突然始めるわけです。そこまで人々に根付いている競技を私が大学から始めたところで勝てるわけがないですよね。
そこに勝つためにはセパタクローをもっと日本でも広めていかないといけませんし、続けたい人が続けていける環境を整えていかなければなりません。競技だけで食べていけるようにもしていく必要があります。
セパタクローができなくても日本では生活していくことができますが、タイや韓国にはプロがあって、それを仕事にしている人がいます。生活がかかっているとさらに競技に対しての姿勢は違ったものになってくると思います。
——せっかく才能ある人が競技を始めたとしても続けていくことができなければ、競技レベルの向上に繋がりませんし、すごくもったいないことですよね。
平日仕事をしながらであれば練習時間も限られてきますし、土日に行われる大会に出るための休みを取ることに苦労しているような状況では、まだまだ難しいですね。
ただ同じ環境に行けば日本人の方がうまくなるのではないかと感じています。例えば今日本人が速いサーブを拾うことができないのは、速いサーブを打てる人がいないからであって、それをできる人が現れて、練習でもレベルの高い球を受けられるようになれば日本人の方が体も大きいので、勝てるようになると思います。トレーニングをする環境も日本の方が整っていますからね。
——より多くの人にセパタクローを知ってもらうためにはどうしたらいいと思いますか。
セパタクローはボールと靴があれば、すぐに始めることはできますが、私も楽しいと思えるまでは時間がかかりました。特にアタックなどを実際に見ると、敷居が高い印象を受けると思います。やってみると意外とできるものなのですが、それに気付くまでがなかなか難しいかもしれません。
だからまずは私達が結果を残して、大学から始めてもここまでできるのかと感じてもらい、もっと早くから始めてくれる人が増えるといいですね。気軽に参加できる試合やイベントも増やしていきたいです。そうすれば例えば土日の大会に出られない人も平日に行われる大会に向けてのモチベーションを保つことができ、プレーヤーが増えていくと思います。
——アクロバティックなプレーがたくさん出るので、まずは観るスポーツとして浸透していくと競技を始めてくれる人も増えるかもしれませんね!
確かにそうですね!最近は蹴~kelu~というイベントを定期的に開催していて、渋谷のライブハウスで音楽に合わせてセパタクローをやったりする取り組みも行われています。
——清水さんご自身で思う、自分の魅力を教えてください。
寝たら全部忘れるところです。何かあっても基本的に寝たら切り替えられます。でも起きている時はそのことをすごく気にするので、すぐに胃が痛くなってしまいます(笑)。
——大切にしている言葉や座右の銘はありますか。
中学生の時の受験期に数学の先生から「不安を無くすことはできないけれど、小さくすることはできる。そのためには努力するしかない」と言われた言葉はすごく印象に残っています。本当にその通りだと思いました。
——それでは最後に読者の方へメッセージをお願いします。
この記事を読んで少しでもセパタクローに興味を持っていただけたらとてもうれしいです! 応援よろしくお願いします。
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