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「3週間の出張で得られたのは一言のみ」。木崎伸也が語るスポーツライターという仕事

本田圭佑を取材したことで感じたこの仕事のやりがい

今回、本を出した本田圭佑選手と初めて会ったのは2008年の1月です。オランダのVVVフェンロに所属しているとき、試合後に挨拶をしたのですが、超オープンな人で。『名前は何と言うんですか?』と聞かれて「木崎です」と言ったのですが、『いや、下の名前で!』と。いきなり来た僕に対してヨーロピアンな態度をとっていて、「なんだこの人は!」と思いました。そこが付き合いの始まりです。

僕よりもっと本田選手と仲の良いライターさんもたくさんいたんです。でも2010年のW杯以降、急に喋らなくなった彼に対して、『なんで喋らなくなったのかを※モスクワに行って聞いてきてくれ』と僕がNumberの編集部に言われました。これが、今回出版した本のそもそもの始まりでもあります。

※当時、本田選手はCSKAモスクワというロシアのチームに所属していた

その中で色々、ありました。モスクワに行こう思ったらリハビリで彼がバルセロナに行っていたことがあって、それでも編集部からは『探してきてくれ』と言われたんです。でも、具体的な居場所についての全く手がかりはない。ただそれでも、全てのジムにいけば会えるはずだと思ったし、最悪、病院に張り込んでいれば治療に来た時に会えると思いました。

そこで、ある病院に張り込んでやろうと思ったら、スポーツ選手っぽい人が出入りするところがあったんです。そこを覗いてみたら本田選手がバーベルあげてトレーニングをしていたんですよ。そういうこともありました。ただ、彼が喋らなくなって以降は連絡先も知らなかったですし、事務所ともコンタクトはとっておらず、突撃で取材したことを書いていた感じです。正式なインタビューは一回もしたことがないですね。全部、練習終わりで待って聞いたり、空港で待って聞いたり…。すべて直撃取材でした。

本田圭佑

CSKAモスクワの練習場で本田圭佑選手を直撃取材

話さない選手に話してもらうためには、もうひたすら粘るしかありません。そこで得られるものは多いけど、失うものもあります。色々な仕事を断っていかなければいけないですから。例えば、モスクワに3週間滞在して一言しか喋ってもらえないこともありました。その間、他の仕事はできない(笑)。喋ってもらえない人に対して、すべてを捧げられるかというところです。 毎回、捨て身でした。 モスクワに滞在する3週間では観光くらいしかできない。一応、毎日練習場へ行くんですけど、練習場は遠いから疲労困ぱいになるし、行ってもほぼ喋ってくれない。よくやっていたな、と思います。

その滞在で言われたのがたったの一言だけです。最終日に車のウインドーから顔を出して、『俺のコメントなしの原稿を楽しみにしているよ』と言われたんですよ。でもそれで書いたNumberの原稿はけっこうインパクトがあったようで、今でも多くの人から『あの記事を読みました』 と言われます。

2011年にカタールで行われたアジアカップで日本が優勝したとき、ドーハの空港から本田選手はCSKAの合宿に向かったのですが、旅立つ直前、1人でラウンジにいて、彼の前に座ってコーヒー飲をみながら話をしてくれたときがありました。その大会で彼はMVPになったこともあって、空港のスタッフも入れ替わり立ち替わり記念撮影を申し込んでいました。大会MVPとなった選手を独占取材出来ているその瞬間はものすごく幸せだったというか、絶世の美女とデートしていると例えると変ですが、それよりもすごく特別な空間でしたね。この仕事をやっている中で、そういった瞬間にやりがいや達成感を感じます。

スターに依存しないスポーツメディアが求められている

今後、スポーツライターという世界には、元プロ選手が入ってきてもいいと思っています。ドイツには4部や5部でプレーしていた記者がたくさんいます。 “こういう人に目指して欲しい”という話で言うと、この仕事は究極的には誰でもなれると思いますが、自身の強みを仕事の中で生かせる人が良いかなと。すごい人当たりが良いのであれば選手に食い込むのが上手くいけるし、あまり人が得意じゃないけど粘り強くやれるのであれば取材ができる人がいる。全方位的に人と仲良くなれるという人も、そういうやり方で選手と繋がれることもできると思いますし、僕みたいにほぼ一人に深く突っ込むということもあります。ただ、その場合は得るものがあれば失うものもあります。

問題点と合わせて言うと、スポーツはスターに依存する部分がどうしてもあって、スターがいないと雑誌が売れなかったり、視聴率が稼げなかったりします。スターがいないと結局自分たちがどうにもできないものがある、というのが今の日本のスポーツメディアです。でもヨーロッパのサッカーメディアを見るとスター依存ではなく、選手に関係なく成り立っている部分があります。そういう世界を作れる人材が入ってくるといいかなとも、感じています。

木崎伸也氏

僕は長谷部選手や本田選手の良さを最大限に引き出す仲介役というか、そういう役割に徹していたし、僕らスポーツライターはそういうものだと思っていました。ただ、そうじゃない、スターに依存しない人がスポーツライター界に出てくると、日本スポーツ界ももっともっと成熟するかなと思いますね。具体的にこれ、ということは明示できないのですけど…。

選手とともにライターもステージからフェードアウトしていくべきだということは少し、思っているんです。というのも、新鮮な感覚がどんどん失われていくから。例えば金子(達仁)さんが中田英寿選手を追って、金子さんが中田選手の文章を書くと。その文章はすごく好きでしたし、一時代だったと思います。次に本田選手が出てきて僕だけじゃなくいろんな人が書いている中で、多少縁の深い書き手がいたら、次にまた新しい選手が出てきたときに、塗り替えていかないといけないと思うんですよね。NewsPicksに参加したのもそういう理由がありました。そして、2014年を自分が取材する最後のW杯にしようというのは思っていました。そこで、新しいことに挑戦をしたいなと。

また、メディアの規模がすごく小さくなっていっているのを感じていたというのもあります。だからこそ日本市場じゃなくて海外市場に目を向けたメディアをやりたいなと思っていて、選手に食い込んでドキュメントを書くというのはここで一区切りしようかなと思ったんです。次世代の選手は次世代の書き手がやったほうがいいと思っているので。今の抱負は、オーガナイズする立場として海外を市場としたメディアに挑戦したいという部分ですね。

読者プレゼント

今回取り上げた木崎伸也さんの著書「直撃 本田圭佑」を抽選で3名の方にプレゼントします! 応募方法はAZrenaのtwitterアカウントをフォローし、本記事をコメント付きで引用RTして下さい。応募期間は12月5日(月)10:00までです。たくさんのご応募、お待ちしております!

直撃 本田圭佑

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